【3】夢の中の世界
「きゃああああああああ!!!」
叫んだときには、もう遅かった。
すでに1人と1匹はベランダの塀を難なく飛び越え、下へ下へと急降下しているところであった。
高層階から下に降りていく超高速エレベーターよりも速く、ジェットコースターで頂上から一気に急降下していくよりも鋭く冷たい風が、全身を包む。
『あー、言い忘れてたんだが』
「え?なに?なに!?」
『大事なことだから、耳の穴かっぽじってよく聞けよ?』
「頭の中に聞こえてくるから、耳必要ないじゃん」
『あ、それもそうか。って、そんなことどうでもいいわ!』
「大事なことなんじゃないの?いいから、早く言って!」
『地面にぶつかりそうになっても、目だけは絶対に閉じるなよ』
「えっ…なに?」
『目を開けたままじゃないといけない場所なんだ。閉じると、最悪は時空の
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飛び降りてから地面まで、ほんの数秒だったに違いない。
しかし、落ちていく途中、さまざまな情景が脳裏を駆け巡る。
クラス担任が、週明けには期末テストだからな、と叫んでいたこと。昨年の文化祭ではお化け屋敷が禁止され、仕方なくメイド喫茶の制服を着させられたこと。高校の入学式のとき、遅咲きの桜が見事に咲き誇っていたこと。ちょうど1年前に愛猫の白猫が失踪するその日まで、常に一緒にいたこと。修学旅行で行った沖縄…家族で行った世界各国…日本に初めて来た日のこと。思い出がゆっくりと
《これが走馬灯ってやつなのかな…》
『バカか!』
間髪入れずに黒猫に怒鳴られ、樹里はハッと我に返る。危うく目を閉じそうになっていた。
『それが時空の狭間の恐怖だ。覚えておけ』
「危なかったぁ…猫さん、ありがとう」
『ほれ、そろそろ地面だ。歯を食いしばって目を見開いとけよ?』
黒猫と少女は、一斉にカウントダウンを始めた。
3
2
1
これでもかというくらい目を見開いて、樹里は目の前に広がる大地を迎え入れた。
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樹里は体ごと大地に飲み込まれるかと思った。しかし、体は地平線を素通りし、地中に埋まるわけでもなく、どこか別の場所に一瞬で移動したように景色が一変した。
地面を越えた先に広がるもの…
そこは巨大な空間…空であった。
自分達のよく見る
敢えて言うならば、夜明け前のほんの一瞬だけ拝むことのできる、黒にほど近い闇にかすかに光が射したような幻想的な空。そこから、太陽が昇り始め、ほんの数十分の間だけ望める夜明けの空に似ている。そこに光のカーテンが薄く幾重にも連なり、ゆらゆらと光を揺らめかせている様が見える。
これは、そう。一生に一度は見たいと思っていた、オーロラに似ている。
鮮やかなパステルカラーの空に、
気づくと足に地面の感触が当たる。
《空に落ちていたような気がしたんだけど…》
『似たようなもんだ。ここはジュリのいた場所とは、正反対に位置するところだ』
「正反対?裏側にある世界?」
『ま、そんなもんだ。つまり、上下左右すべてが逆さまな世界なのさ』
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それってつまり…
「パラレルワールドってことね」
『残念!!ちょっと惜しいけど、だいぶ違う』
「じゃあ、どういうこと?」
『そんなに知りたいのかぁ?』
この猫は可愛いやつだが、もったいぶるところがあるようだ。
ぷぅ
樹里はマンガの主人公のように、頬を膨らませてふてくされた。
『すげー顔!まぁ、オレからは詳しく説明してやれないから、後は夢喰様に聞いてくれ』
“ 何を ”と言おうとしたが、あまりの威圧感に押し黙ってしまった。
目の前にはこの世のものとは思えないほど美しく荘厳なきゅうで…もとい。みすぼらしい小さなBARがあった。
建物は今にも崩れ落ちそうな有り様だし、看板なんて何が書いてあるか判別できるのは店主くらいであろう。
「…いちおう聞くけど、まさかここじゃないよね?」
『いちおう言うが、まさかのここだぜ』
樹里はまったくの期待外れだと思った。それどころか、完全に期待を裏切られた。
目の前の建物の
『さらに言っておくと、何もかもジュリのせいなんだからな』
言いがかりである。
少なくとも、このときの樹里にはそうとしか考えられなかった。
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