第19話 高槻裕也の状況

 

***


俺はしばらく冷泉のことを叫び続けていた。しかし、途中から他にも人探しをする人が出てきたため、俺の声は自然にかき消されることとなってしまった。

そこで俺は仕方なく、冷泉を叫んで探す事を諦めた。


よく考えたら、俺はまだ必要な情報を十分に得ていない。最低限ここでかなり強い地震が起こったことだけはわかっている。

しかし、その地震の状況の一つでさえ、今俺がいる場所を除いては把握していないのだ。


そうこう考えを巡らせていたら、喉が乾いてきた。そういえば、俺はお金を持っていないんだった。

どうすれば良いのだろう。自動販売機を探して見つけたら、その自販機の下を念入りに探すか?


そんなことで見つかればそれはそれで良いんだが、それを繰り返すのは全くもって埒が明かない。


どうも解決案を見出せず、考えるのも少しばかり疲れたため思考を停止し、頭を留守にしていると一人の老人が肩を優しく叩いてきた。


「......年。...だい........ぶ...か?。」

「あっ、はい。なんでしょうか?」


俺はとっさに振り向いた。


「少年。こんな地震があった後だが、大丈夫かい?」


「ああ、実は僕もこの状況を把握しきれていなくて、それに喉が乾いてきて...」


光友さんの時のように一人称は「僕」に変えておき、あわよくばこの老人から今の状況に関する情報を聞き出せないかと期待しながら、返事をした。


「喉が乾いているのか、じゃあほれ。まだ口を付けていないけど、水でよければどうぞ。」


「あっ、いや、お気になさらず。」


正直めっちゃもらいたいが、ここはいったん引いておく。これがマナーと言い張るのだったらやっている自分もおかしいと言いたいが。


「いや、良いんだよ。困っているときは助け合わないと。」


「じゃあ、お言葉に甘えて、頂きます。」


俺は軽く老人に向かって会釈をして、飲み水をもらった。


なんとなくラベルを見てみると......


”この世界のものとは思えないほどとっても清らかで、尚且つとっても安くてあなたの家計にもとっても優しいとっても美味しい水”


いや、とってもがどんだけ入ってるんだよ。てかなんでこんな長いんだよ、名前。

まるでどっかの投稿サイトの異世界ファンタジーもののタイトルのあるあるみたいじゃないか。ははは...はぁ。少し調子は狂ったが、今の俺にはちょうど良いものでもあった。


「それで、あ、そうでした。

 お名前を聞いてもよろしいでしょうか。」


「そうだねぇ、ここでは「名乗るほどの者ではありませんよ」とドヤ顔で言いながら去るのが良いんだろうけど、この年寄りがそんなことやっても意味なんてないだろうからね。

 名前は「光友和夫」と言うよ。足し算の和に、専業主夫の夫。よろしく頼むよ。」


「はい、よろしくお願いします。」


このおじいさん随分と面白い事を言うな。専業主夫で説明するのか。

...うん?、今、苗字なんつった?


「えっと、光友...さん?」


「ええ、そうだよ。」


「そう...ですか...」


うん、たまたまだろう。自分に言い聞かせる。

よく考えてみろ、光友さんなんて全国にたくさんいるはずだ。うん、そうだ。たまたまだ。それよりもっと聞くことがあるんじゃないのか、自分。


「それで、光友さん。実は僕、探している人がいるんですけど、そう言う場合ってどこへ行った方がいいかとか分かりますか?」


「ああ、そうだったな。一応役所の方に行けば取り合ってくれるだろうけど、この状況だ。何時間待たされるかわからん。

 それだったら、ほら、あっちの方に建物が多く倒壊している場所があるだろう。その辺に行けば会えるだろう。

 そこまでここから大体、1,2kmだろうから、歩いてもそんなにかからないはずだよ。」


そうか、そうか。それにしても光友和夫さんは何故俺の探しびとの詳細さえ言っていないのに、そんなことがわかるのだろうか。


「ありがとうございます。それと、なぜあっちの方向に行けばいいとおっしゃったのですか?」


「ああ、それはなんと言うか、老人の勘だよ。特に気にすることはない。私の言うことが信じられなくて、心配だったら役所へ向かう方がいい。」


「いえいえ、そんなことは。色々教えていただきありがとうございます。」


俺は何故か光友さん(ややこしいな、老人の方ね)の言うことは信じてもいいと思っていた。だから彼の言っていた方向へ向かおうと、今後の方針を立てた。


「それでは、ありがとうございました。それでは、お元気で。」


「ええ、あなたも元気でね。」


僕は光友さんにお礼を言った後、その方向へ向かった。もしかしたら冷泉がいるかもしれない。その期待にかけて、できるだけ早く歩いた。


***光友和夫***


彼の持っている、スマートフォンのようで、少しだけ違う形をした連絡用の機械。

それを彼は取り出し、さながらスマートフォンのように耳に当て、なにやら電話をしているようである。


「ええ、はい。とりあえず彼らを助けるのはここまで、ですか?」


「...はい、...ええ、分かりました。ですが次は、かなり大変になるでしょうな。

 なんたって"この世界のものとは思えないほどとっても清らかで、尚且つとっても安くてあなたの家計にもとっても優しいとっても美味しい水"

の水が取れる世界であるし。彼らにサバイバルの知識があるのを祈ろう。」


そう言った彼は、老人に見せかけるためのマスクをとり、その姿を表す。

彼は、とても若い人で、一部の人にはイケメンとも言われるであろう容姿も持っていた。


「いやー、なんか外見が変わるとそれに合わせて自然と口調も変わってしまいますね。

 でもこの"光友優希"、彼らを支えるよう精一杯頑張ります。」


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