噂のあの人
7冊目 八方美人の何が悪い
今日も今日とて死ぬほど眠いし仕事なんてしたくない。非課税で5000兆円欲しい。
「ひなち、これお願いしていい?」
「全然良いですよ、やっときますね」
「叶さん、こっちのダブルチェックよろしく」
「やっときまーす」
「叶、すまん!これ今すぐに頼む!!」
「えっ、嫌です。……嘘ですよ、明日までに終わらせておきます」
「マジですまん、助かる……」
マジかよ西田お前さ~~~~!!!!
私今日は20時からスタハニの生放送なのに!タイムシフトしたけど!そういう問題じゃあない!!
今日はスターライトハニーデイズ、通称スタハニの新情報公開の生放送の日。1週間前の事前告知からどれだけ楽しみにしていたと思ってるのか。もうすぐリアルイベントだってあるし、今日の生放送は恐らくそれに関連したものだろう。
何より、今日の生放送には私の推し、Swindler《スウィンドラー》の
やだ~~~~私は今日かおゆもきりちゃんも拝む予定だったのに~~!!
腕時計をチラリと見れば18時、定時だ。職場から家まで約45分。
夕飯、お風呂、明日の準備。それを考慮したら19時半には家に居たかった。
が、この量だと流石に1時間で終わる気はしない。ああ、私の愛しのスタハニ生……。
「叶ちゃん、手伝おうか?」
「いえ、このぐらいなら1人で終わるので」
「そう?じゃあ先に帰るね」
「お疲れ様です」
はあ、と溜息を付けば事務で残ってるのは私だけ。
遠くを見れば営業部も西田を含め数人残っていた。その中には新人で隣のデスクである桜庭さんの姿もある。営業部は大変そうだな、と思いつつ渡された資料のまとめ作業に入るのだった。
「お疲れ様です、叶さん」
「お疲れ様、桜庭さん。上がり?」
「はい。一応まだ新人だし、研修期間なので」
「そっか。気を付けて帰ってくださいね」
キスの件から早いもので1週間が経過した。
最初の数日はドギマギしてしまったものの、結局営業部に殆どいる彼女とは始業時間ぐらいにしか会話がなかった。なので、こうして会話する程度でもう緊張したりはしない。相変わらず好みの顔をしてるなと思うぐらいだ。
「叶さんって、西田さんと同期なんですよね」
「はい。西田さんのが3つ上ですけどね」
「へー。で、それ頼まれたやつですか」
「そうですよ」
「叶さんって八方美人ですよね」
「それのどこが悪いんですか?」
これは純粋な疑問だった。
誰にでも良い顔をすることの何が悪いのか。私は今のところそれで困ったことがない。そもそも、誰にでも愛想を良くしても文句を言われるし、相手によって態度を変えても文句を言われる。
それであれば、誰にでも愛想良く接した方が色々と上手くいくのではないか、というのが私の持論だ。
「別に悪くはないですよ、でも勘違いする人いるんじゃないですか?」
「勘違い……?」
「自分に好意があるんじゃ、とか」
「それは随分自分に自信がある御方だなと思いますね」
ていうか、声を掛けないで欲しい。
こっちは意地でも早く終わらせて帰りたい。明日に仕事を持ち越すのも持ち帰るのもごめんだ。もうやだあ、かおゆ……かおゆのために頑張るからね……。
そこから無心でパソコンに入力を続けて終えた頃には19時少し前。今からならワンチャンある。お風呂は後回しにするとしても夕飯ぐらいは適当に済ませられるだろう。
「あ、終わりました?」
「……まだ居たの」
「はい。一緒に帰ろうと思って」
「なんで?」
「一緒にいたいから」
何喋ってんだこいつ。と素直に思いつつも断る方法もなく一緒に駅まで向かう。
隣に並ぶとスタイルの良さが際立つから本当に嫌。
今日もブルーグレーのパンツスーツがよく似合うものだ。ていうかうち、オフィスカジュアルオッケーなんだしスーツじゃなくてもいいんだよなあ。
「多分、来週には営業にデスク出来ると思います」
「そうなんですか?良かったですね」
「何も良くないです。……あの、連絡先、聞いても?」
「えっ、ああはい、……敬語、苦手なら無くても良いですよ。私、あんまりそういうの気にしないし話しやすいように話して平気なので」
手早くラインを交換すると、アイコンが犬。案外動物が好きなんだろうか。
余談だが私は泣くほど鳥が怖いので鳥アイコンだったらブロックしていたと思う。
「そうか?それなら良かった、どうにも、ああいったのは性に合わん」
あ~~待って~~~その中性的な見た目でそんな喋り方が素ってお前はどこの萌キャラだよ。乙女ゲーからでてきたんか??完全にオタクが顔を出してしまう。マジで顔も好みなら喋り方まで好みじゃん。ちゅーの1回ぐらい許してしまうわ。
「私がこんなだからな、叶さんも話しやすいようにして欲しい」
「私は普段からこうなので」
大嘘である。敬語を外すと途端に口が悪くなるわ方言もオタクも丸出しになりかねない。なので敬語というか、丁寧語で喋るようにしている。そう伝えると面白くなさそうな表情のまま隣の彼女は納得した。
「桜庭さんは、」
「すまん、名字が嫌いなんだ。名前で呼んでくれないか?」
「……帝、」
「くんのほうが良い、さんだと落ち着かん」
「帝くん」
「うん、よく出来ました」
何だそのテク。
「じゃあ、私はこっちだから。また明日、叶さん」
「ええ、また明日、帝くん」
手を振りあって別れたところでハッと腕時計を見る。しまった、ゆっくりしすぎた。
今日の夕飯はもうコンビニでいい、私は足早に急行の電車に飛び乗ると20時からのスタハニ生放送へと思いを馳せるのであった。
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