6冊目 宮原 舞衣という女

「クソが!!!!!」

「どうどう、まいまい落ち着いて」

「クソ!酒!!飲まずにはいられない!!」


 これが落ち着いていられるのかというものだ。

怒りたくもなる、愚痴りたくもなる、酒だって飲みたくなる。週末だし。

 宮内みやうち 舞衣まい、ファッションにどうしても関わっていきたい、って思って選んだのがファッション誌っていう業界。

有り難いことにその才能があったらしく今春から発売の雑誌立ち上げに声がかかるほどだった。


「で、どうしたの?」

「アタシ、今新しいとこにいったじゃん」

「あ~、なんだっけ。LOOKS?」

「そう、それ。そこのさあ、新人モデルにクソ生意気なやつがいんの!!」

「男?女?ちょい待ち、つまみついでにLOOKS持ってくるわ」


 キッチンから瑞希が声をかけてくれる。は~、お前本当に料理上手よな!嫁にもらってやろうか~?!

 ぐい、とウイスキーロックを飲み込めば茜が「飲め飲め」とおかわりを注いでくれる。は~、本当に気遣いのできる女~!愛してるよ!

マジで酒飲まないとやっていけない。何があったかというと話は今日の昼に遡る。




 ――



「舞衣ちゃん、右と左、どっちの写真が良いと思う?」

「ん~……アタシなら左ですかね」

「だよねえ。だってよ、レオくん」


 文章を読むのが好き、と言った日にじゃあ簡易的な推敲も、とお願いされたのが異動してすぐのことだった。普通は校閲に回すものも、ここでは私がさーっと読んでみてちょっと直したほうが良いな、なんてところはペンで「ここ上手い言い回しにしたい」とか価格がちょっと違うとか、そういったメモ書きをしてから校閲に回してる。

 その中で声を掛けてくれたのはアタシを引き抜いたオネエの編集長、ミチルさんと"レオ"くん、と呼ばれた新人のモデルだった。


「えーっ、俺は断然右のが良いと思うんすけど。ミッチー分からん?このバキッとした感じ!」

「わからなくも無いのよ。でもウチのターゲットは舞衣ちゃんみたいな女の子だからねえ」

「……ターゲットの世代のアタシが左って言ってるし左だと思います」


 何回ブリーチしたんだよって金髪と、モデルってだけあって180cmは確実にあるスラリとした体型にすっと通った鼻筋の最近話題の塩顔。アタシのタイプでは一切無い。然し、こいつの物言いというか、言動にどうしてか腹が立ち普段なら言わないことまで口にしてしまった。礼儀が無い。そういう奴がアタシは単純に嫌いなのだ。


「そうよねえ、うん、やっぱり今は売上を大事にしたいから左で」


 そう言ってミチルさんはスタスタと去っていった。恐らくさっきの写真で記事を作るのだろう。誰に任されるのかわからないが、一部の決定を任されたのは少しうれしかった。


「え~……ミッチーも丸くなっちゃったのかなあ。で、アンタ名前は?」

「……自分から名乗ってもらっていいですか」


 嘘。本当は名前程度、知ってる。モデルの時はレオ。


「あ、そっすよね。立花たちばな 玲央れお、LOOKSでモデル任されてます」

「……宮内 舞衣、編集者やってます」


 人懐こい笑顔を向けられたら恐らくときめく女がいっぱいいるのだろう。最近メディアに露出がぐんと増えた、ミチルさんの見つけて来た男の子。

 今まで写真越しにしか殆ど見たことがなかったけど断言しよう。

 アタシ、こいつ、きらい。以上。


「へー!舞衣さん、凄いスタイルいいしセンス有りますよね。そのシューズだって最近出たやつでしょ?」

「仕事があるのでもう良いですか?」

「あ、そか。すんません、じゃあ俺もこれで!」



 ――



「なるほどね、まいまいそういう礼儀がないやつ全部地雷だもんね」

「社会人の解釈違い起こすわ……」


 マジで本当にたった数分、数十分。

 こんなに地雷を踏み抜かれるとは思わなかった。たったそれだけ、と思うかもしれないけれどアタシにとっては重大だったのだ。

 あとは単純に仕事のストレスや疲れもあるのだろう。酒がうまい。つまみもうまい。


「立花玲央かあ、う~ん、どっかで聞いたな」

「マジ?茜が知ってるの凄くない?まいやん、どのページよ」

「あ~……ああ、ここ。花見のページ」

「……ああ、知ってるわこいつ。大学の後輩だ」

「はあ?!!」


 今日一番の大声がでた。

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