5冊目 伊藤 瑞希という女

「ええ、それ本当ですか?」


 伊藤いとう 瑞希みずき、22歳。職業 美容師。

 それが私の肩書き。池袋の東口側から徒歩10分圏内にある、立地もそこそこ良い美容院に勤務している。有り難いことにでそこそこ指名も貰えるようになった、……自称新人だ。


「本当ですよ〜、すぐブスっていうんです」

「有り得ないですね、こんなに可愛くしてるのに」


 そう笑うお客様はとってもチャーミングな笑顔を浮かべた。

 雰囲気は春陽ひなたに似ているものの、職業は警備員だというのだから人は見た目じゃ判断できないものである。

 私が美容師を目指したのは、自分がヘアメイクが好きっていうのも大きいけど女の子の可愛いを応援したいっていう気持ちが強かった。あとは高校時代はコスプレもしていたし、趣味と実益を兼ねましたといったところ。


「デートに行ってもすぐ今日も目が小さいとか、鼻大きいとか。コンプレックスなの知っててからかうんです」

「うわあ……、やめましょもう。女の努力を分からない男は本当にだめ」

「お姉さん優しい~、ほんとそう。こっちはお前に会うために今日は気合い入れてヘアメしてもらいに来たんだぞ!って」

「今日記念日とかなんですか?」

「付き合って3年目なんです」

「は~、長いですねえ」


 世の中の女子は偉い。ある日何を間違ったのかオタクへとすっ転んだ私は彼氏はいたとしても高校に入って春陽と仲良くなってからはからっきし興味がなくなった。

 セックスが好きだからセフレはいたけど、アレは彼氏じゃない。ていうか彼氏面されたくない。気持ち悪いからやめてくれ。オメーはセフレだ。

 とにかく。こうやって彼氏のためって可愛くしてくださいって来る女の子なんて健気なことだろう。私だったら「今日もかわいいね」って会うたびに言ってしまうぞ。私にしといたらどうだろうかと本気で思ってしまう。

 世の男性は理解すべきだ。

100回の可愛いより1回のブスのほうが心に重くのしかかることを。


「はい、こんな感じでどうでしょう」

「おお~……やっぱプロは違いますね。完璧です」

「それは何よりです。お会計の方お願いします」


 お会計を済ませてエレベーターの前まで見送れば私も上がりの時間。

 長引かなくて良かった、今日発売のシチュCDを受け取りに行かなくてはいけない。

 彩音あやねの推してくれたシリーズに自分の推しが出ると聞いて買わないオタクがいるのだろうか。いないわけがない。買うわ。1枚2500円で買える幸せな1時間と特典CDの45分。1枚組なのが惜しいところだが仕方あるまい。


「たでーま」

「おかえり~、今日はまいまい残業デーです」

「ひょえ~……ああ、そっか。今行き詰ってて吐くって言ってたもんね」

「ファッション誌の編集者は大変ですなあ。で、その青い袋の中身は?まえぬ?」

「そうなの~!お仕事ありがたい~!!」

「まえぬ今季はアニメも2本あるよね。主役と準主役」


 私の推し声優、前田まえだ 智久ともひささん。しっとりした大人の男性から爽やかな高校生役までこなしてしまう素晴らしい声をお持ちの43歳。

 もう本当に好きな声に可愛いって言われるんだから最高の文化だと思う、シチュエーションCD。


「そういや円盤女ひなたも今日なんか取りに行ってなかった?」

「見た。"かおゆ待っててね♡♡♡"だからアレだよ、スタハニのアルバム」

「なるほも」


 男性アイドル育成ゲーム、スターライトハニーデイズ……通称スタハニ。

春陽と舞衣が無心でプレイする大人気女性向けのソシャゲである。声優も大手から新人揃い、2人の推しは高レート――人気が高いキャラ――な為、イベントランキング上位報酬になろうものなら有給休暇も万単位の課金も辞さない。


「なんかさ~、こうやってオタク楽しいとやっぱ彼氏いらねーなってなるよね」

「わかり。マジでいらんな」

「は~今日まえぬ聴きながら寝るわ……」


 私ら5人の共通点、趣味が充実しすぎているが故に彼氏なんて金のかかるもん、舞衣の言葉を借りるならコスパの悪いものは必要ない様に思う。

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