3冊目 田原 彩音という女

 あたし、田原たはら 彩音あやね春陽ひなたとは3歳から家族ぐるみの付き合い。

 マジであっという間に20年の付き合いで、お互いに嫌なところも良いところも知り尽くしている幼馴染だと思う。


「ほんっとーに疲れてるとこごめんね……」


 強くないくせにお酒を飲む春陽はとても珍しい。

その上、春陽が私たち5人組へと助けを求めるのもかなり珍しく普段なら2、3人のところが5人全員が揃って春陽の家にいた。

 春陽の家は一人暮らしするには広く、駅からもそこそこ近いしスーパーだって沢山あって便利なところだ。

 5人で春陽と瑞希の作った夕飯を食べて、おつまみにと出されたポテチを貪りながら春陽を見つめた。


「いいよいいよ、春陽どうしたの?」

「ひなが酒飲むって相当やばい新人だったの?」

「あんま飲まんようにな~、ひな弱いんだから」


 茜とは小学校から一緒で、瑞希は春陽の紹介で知り合った仲。舞衣とはTwitterで先に知り合った仲で、気が付いたら4人で一緒にいたのが5人に馴染んで今があるという感じ。

 あたしたちの中心には春陽っていう繋がりがあるから知り合えたんだと思う。


「いや、今日さ。営業に新人が増えて、営業の方に諸事情でデスクないから事務のわたしの隣の席なのね」

「へー、女?」

「女なんだけどマジでバリ顔が良い」

「なあんだ、春陽好みでやばいってこと??」

「いや、顔も好みでやばいんだけど……、……エレベーターの中でちゅーされた……」


 お酒で真っ赤なのか、羞恥で真っ赤なのか。

 元の肌が白いから赤みが際立って可愛らしい顔立ちが色っぽく女らしくなる。

 そうだよなあ、春陽は存外乙女だ。小さい頃の夢がお姫様だったのあたしは知ってるよ。多分他の3人は知らないだろうけど、未だにこっそりガラスの靴なんかに夢を見るような乙女なのだ。腐女子だけど。


「えっマジでちょっと連れてこい。顔が良くても駄目でしょ。セクハラじゃん」

「や~、ほんとみーちゃんはひな過激派~。おう呼んでこい」

「みーちゃんもまいまいも落ち着きなよ。ええ、その後は?大丈夫だった?」

「うん、ほら、大人だしなんでもないですって顔はした」

「つっても春陽はすぐ顔に出るから絶対周りは気付いたっしょ」


 本当に春陽は慕われているのもあるし、あたしら4人は春陽が好きなんだなって思う。多分あたしは春陽じゃなければ緊急招集に来なかったかもしれない。いやそうでもないな、舞衣でも茜でも瑞希でも行くわ。嘘ついた。

 広く浅くの付き合いが多いバスガイドで友達も多いほうだと自負しているけど、この4人ほど大切な友達はいないとあたしは思っている。


「新人さんとその後は?」

「一日中つきっきりで研修だし明日も明後日も、営業部が片付くまで一緒。死ぬんか?もうやだ~~、仕事行きたくないよお、非課税の5000兆円欲しいよ~~~~」

「ねえ、春陽。一つ確認したいのだけど」

「なあに、あっちゃん……」

「嫌だった?」

「びっくりしすぎてそんなもの無かった」

「そっか、いやそうだよね、それが勝つよね。でも私は春陽が嫌な思いをしたのであれば凄く怒ったなあって思ったんだよ」


 茜ってそういうとこ気が回るよな、と感心する。

 昔から周りの人が気付かない細やかな部分に気が回る。ありとあらゆることにどちらかといえば大雑把なあたしも春陽も助けられたものだ。

 だからこそ、女性ならでは?の職業であるウェディングプランナーでも成約数が多いのだろう。ちなみに本人は「結婚から一番遠い女が出来るから誰でも出来る」と言ってるけどそんなことないとあたしは思うよ。言わないけど。


「とにかく、ひな可愛いし難しいと思うけどあんまその新人と2人きりとかならんようにな。普通に心配する人が少なくとも4人はいるからね」

「なんかあったらハサミ持って乗り込むしいつでも話聞くから」

「うん、ありがとうお姉ちゃん……」

「この中で一番誕生日早いのひなだけどね」

「おっと聞こえませんわ」


 ようやっと素直に笑う姿を見てホッとしたのはあたしだけじゃないだろう。

 明日もあるから、と今日は解散。洗い物だけ手伝おうかと言うも大したことないからと笑って見送ってくれた。嫁力が高い。

 池袋まで一緒でそこから3人と別れた。春陽の家まで一番遠いのはあたしではあるものの、車出勤だったので気楽なものだ。帰りにスーパーに寄るのも忘れない。


「ただいま~……。……あ~、残業かな……」


 あたしの彼氏はいわゆるSEってやつらしい。正直そんなに興味がないといえばない。別に職業で彼氏を選んだわけじゃないし。

 背も高いし、笑った顔がキュートで頭も良くて、趣味に口出しもしない、とても優しくてよく出来た彼氏。

 然し、もう何年も不満がある。


「……あたし、魅力ないのかなあ……」


 冷蔵庫の中に買ってきた食材を片付けて、早急にシャワーの用意をする。明日は午後からツアーの仕事だ。洗面台の前に立って、改めてまじまじと鏡を見てしまう。

 確かに、春陽の様におっぱいが大きいほうが好みなら絶望的なまな板。

 背が低いし、スタイルだってみーちゃんみたいに細いわけじゃない。大きいお尻がコンプレックスだ。

 好きなファッションは90年代のアメリカの男の子みたいなポップな感じ。

 春陽や茜みたいなフェミニンさなんて欠片もない外ハネショート。

 けど、ファッションを変えるつもりないし、何着ても可愛いって褒めてくれる彼氏も悪い。お前本当に思ってんのか?と思ったことが無きにしもあらずだけども、似合うよ、とか、可愛い、と好きな人に言われてしまうとときめいてしまうのが乙女心というもの。

 それに、好きでしている格好を5人組のオシャレ番長、まいまいに「めっちゃいい!」と言われると嬉しくもなってしまう。


 田原 彩音、23年、彼氏アリ。同棲開始から約2年経過。

 未だに処女。セックスの経験が0でキスも恐らく両手で事足りる程。

 優しすぎる草食……否、もしかすると僧職系男子の彼氏への不満はこの数年これだけである。

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