第3話 大量増殖形アイドル
「「「「あら、ケンちゃん♪」」どこへ行くのかしら?」」
「あ、阿斗里さん……母さんごめん!!」
「「「「「「「きゃあっ!」」」」」」
右を見ても左を見ても、前も後ろもどこもかしこも、日本中から憧れの的であったアイドルという過去を持つ自分の母・山城阿斗里だらけ――そんな世界の中を、息子の健斗は必死に走り続けていました。確かに彼自身も母の若い頃の格好可愛い姿にそれなりに憧れの思いを抱いていたのは間違いないですし、そんな母がアイドル時代の姿で数限りなく増え続けるなんて天国や極楽そのものです。でも、だからと言って健康的な男子の目の前でアイドルが生着替えをするなんていう事態は、流石の彼でも理性と恥ずかしさが耐えられないものでした。たとえ自分の『夢』の中であっても、相手が自分の母だろうと――いや、自分自身の母親であるからこそ、彼は学校から逃亡するという決意を決めたのです。
無我夢中で逃げ続ける彼には、自分の手が阿斗里の腰や腕、果ては胸を鷲掴みにしてしまっている事を楽しむ余裕などありませんでした。そして気づいた時、彼は通学路から遠く離れたビル街の中で息も絶え絶えになって立ち続けていました。平日とはいえ街の中にはどこにも人影がなく、最近流行りのアイドルたちによる楽曲がどこからともなく流れ、大流行のアイドルたちのポスターが所狭しと貼られている――無言で取り囲むかの如く異様な状況の中、何とか息を整えようとした健斗の心の中には、ほんの僅かだけあの無数のアイドル=無数の美人かつ巨乳の女性=自分自身の母に囲まれる光景から逃げてきた事を惜しむ気持ちが生まれていました。
(……いやいや、そんなアホな事考えるな、俺……あれは母さん……俺の母さんなのに……っ!)
何とかその邪念を払い、心への『侵食』を止めようとした彼でしたが、辺りから次々に聞こえ続ける山城阿斗里の歌声のせいで、あの魅力に溢れすぎた存在は頭から消えるどころかますます溢れ続けました。例え自分の母でも、アイドルとして憧れているという強い思いを止めるにはあまりにも遅すぎたのです。彼の脳裏に浮かぶのは、ひらりとスカートを翻す姿、溢れる満面の笑み、長い黒髪から良いアクセントとなるカチューシャ、そして延々と響き続ける魅惑の声――。
「「「「「「「「「「「「「あら、ケンちゃん♪」」」」」」」」」」」」」」」
「……!?」
――後ろを振り向いた健斗は目を見開き、あっという間に顔を真っ赤にさせました。当然でしょう、アイドル時代の母が何千何万、いやそれ以上の数に増えながら、ずっと自分が逃げ続けていた道を無数の肉体で覆いつくしながら、こちらへ笑顔で走ってきたのですから。全く同じタイミングで揺れ動く胸につい目が行きそうになりながらも、彼は何とかそこから目を背けて慌てて逃げ始めました。
「「「「「「「ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」ケンちゃん待ってー♪」…
「うわああああああ!!!」
ところが、追いかけてくるアイドル姿の母は、後ろから迫ってくる大群だけに留まりませんでした。どこに隠れていたのか、彼の両側に伸びる道という道、ビルというビルから次々と新しい母の行列が現れ、数限りなく合流し続けていたのです。後ろから聞こえてくる声は逃げれば逃げるほどどんどん大きくなり、健斗の心をどんどん惑わせていきました。そして、とうとう彼の足が止まらざるを得ない光景が、目の前に広がってしまいました。
「「「「「「「「「「わーい、ケンちゃーん♪」」」」」」」」」」」」」
逃げ道を完全に防ぐかの如く、無数の母の大群が笑顔で待ち受けていたのです。
あっという間に四方八方を憧れのアイドルにして彼の母、山城阿斗里の笑顔と美しき肉体に取り囲まれてしまった健斗は、追い詰められたと言う恐怖と無数のアイドルに囲まれたという嬉しさを入り乱せ、目も顔も白黒させながらも何とか大声で謝りました。授業中で逃げたのは謝る、だから許してくれ、と。でも、着替えだけはせめて1人でさせてくれ、と大声で叫んだ瞬間、彼の体に大量の白く美しいアイドルの手が伸びてきました。そして彼からの懸命な頼みは、周りをどこまでも取り囲む無数の母によって一斉に却下されてしまったのです。息子の着替えなんて、今まで何度もやってるから心配ない、と。
「か、母さん……いやアトリさん……!!やめ、や、うわああああ!!」
「私たちが着替えを手伝ってあげる♪」手伝ってあげる♪」手伝ってあげる♪」手伝ってあげる♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」…
やがて、無数の温かな手や体、そして声に包まれながら、健斗は憧れのアイドル、そして愛する母の大群の中で静かに意識を失っていきました……。
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