第2話 夢幻増殖形アイドル

「おはよう、ケンちゃん♪」おはよう、ケンちゃん♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」…


「お、おはよう……ございます……」


 学校が近づけば近づくほど、外見も性格も、そして性的嗜好も全てごく普通であるはずの男子学生・山城健斗の全身は真っ赤に染まっていき、挨拶もしどろもどろになっていきました。当然でしょう、今朝起きてからというもの、周りに現れる人間は誰も彼も彼の母、山城阿斗里の若い頃の姿――人気アイドルグループの一員として絶大な人気を誇っていた美女に変貌していたのですから。その数は何とか家を抜け出してからも更に増え続け、今や彼の周りは一面若い頃の母の笑顔で覆い尽くされていました。しかも彼女たちは全員とも揃いも揃って、ずっと前に偶然その画像を見つけてしまい嫌でも心を奪われざるを得なかった、制服風のアイドル衣装だったのです。


 大量の母を掻き分けながらようやく学校が見えてきた辺りで、健斗は自身の考えに整理をつけようとしました。これは絶対、間違いなく『夢』の中だろう、と。自分の母が若返るわ、大量に増えるわ、しかもあのアイドル姿だわ、何もかも自分の都合良すぎる光景が広がっていた事も大きな証拠でした。昨晩はつい「おばさん」「過去の人」と悪口を叩いてしまったけれど、はっきり言って昔の母は相当な美人だったし、血縁者である事を抜きにしてもその姿かたちや性格はあまりに自分の好みに合致している。そんな事を考え続けていた結果、世界中が伝説のアイドル・山城阿斗里に『侵食』された夢を見てしまっているのだろう――何とか健斗はそう解釈をつける事ができました。


 そして、若い頃の母の大群と共に学校に着いた彼は――。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おはよう、ケンちゃん♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

「お、おはようございます……!」


 ――どうせこれは夢だからと覚悟を決め、笑顔で学校を埋め尽くす別の母の大群に向けて大声で挨拶をしました。


 普段慣れた学校も、四方八方どこを見ても自分の母――いえ、推しアイドルである『山城阿斗里』だらけだと新鮮そのもの。勿論教室の中も、辺り一面素の自分を見せつけるような服装に身を包んだアイドルでぎっしり満ちていました。朝のミーティングを終え、生徒の阿斗里たちよりも多い数の先生の阿斗里が大量に教室に押しかけてきた頃には、健斗も少しづつ慣れ始めてきました。折角こんな夢を見ているのだから、自分の気持ちに正直になって思いっきり楽しもう、と前向きに考え始めたのです。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「それじゃ阿斗里ちゃん、答えは?」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はーい、x=31、y=40です♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うふふ、よく出来ました♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」



(あぁ……これが天国っていう奴か……笑顔の『阿斗里さん』がこんなにいっぱい……)


 ビキニ越しからもはっきり見せる巨乳、滑らかな腰つき、何度も何度も彼を抱きしめ続けていた包容力ある腕、そして満面の笑み。あらゆる方面で好みに合致してしまうアイドルが教室をぎっしり埋め尽くしている光景は、そのアイドルが自分の母である事を敢えて忘れればまさに極楽、天国そのものでした。しかもその多さは教室の中に地平線ができてしまうほど。あまりに非現実すぎる様相は、ますますこの光景が『夢』である事を健斗に納得させるかのようでした。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「じゃあケンちゃん、この問題を解いてみて♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

「は、はひっ!!」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うふふ、ケンちゃんったら♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」



 ただ、ついにやけてしまった顔を無数のアイドルたちに聖母のような笑みで指摘されてしまっては、流石の健斗もばつが悪そうな顔を見せざるを得ませんでした。


 その後も健斗にとっての極楽な時間は続きました。


「「「「「「「「「ねえねえケンちゃん、『テラ☆ドゥ』の最新曲聴いた?」」」」」」」

「「「「「「「「「PVのダンスも最高だったわね♪」」」」」」」」

「「「「「「「「「やっぱり阿斗里ちゃんが一番可愛いわね♪」」」」」」」」

「そ……そ……そうですね……」


 休憩時間の校舎は、教室も廊下も職員室も、至る所が同じ姿形のアイドルでいっぱい。そんな中でさも他人事のようにアイドルとしての自分たちの話題を四方八方から持ちかけられた健斗は、突っ込む暇もなく無数の笑顔や無数の巨乳の中で顔を真っ赤に、でも心の中では満面の笑顔になっていました。


 そして次の授業で待っていたのは、アイドルだらけの音楽室。



「「「「「「「「「「「「~~♪」」」」」」」」」」」」」」

(やべえ、すげえ気持ちいいんだが……)



 大量の山城阿斗里たちによるヒット曲メドレーの大合唱は、彼にとってどんな音よりも美しく厳かな響きに感じられました。

 ですが、天使のような声の重なりを聞いているうち、健斗は明らかにアイドル=山城阿斗里の数が時間を経るごとにどんどん増えている事実に気づき始めました。確かにこれだけの数だけ憧れの存在がいるのは嬉しいですが、流石にこれは増えすぎではないか、という自制心のようなものが彼の中に浮かび始めたのです。しかしそう思ってもなお、彼の夢の産物であろう大量のアイドルはますますその数を増やしていきました。右を見ても左を見ても、前も後ろも阿斗里だらけ、既に流れに逆らうのは難しいほどです。


 でもこれはどうせ夢、このまま一緒に楽しんでしまえ――若干やけくそな思いともっともっとこの光景が続いてほしいと言う本心を抱きながら、そのまま大量の彼女とともに次の授業へ向かおうとした健斗でしたが、その授業に欠かせない部屋に入った直後、自分が大変な事態に巻き込まれてしまった事に気が付きました。音楽の次の授業は『体育』、体育の授業のためには服を脱いで体操服に着替えないといけない、つまり――!



「…………はあああああああ!?!?!?」



 ――大量のアイドル=若い頃の自分の母が一斉に服を脱ぐ更衣室の中に、健康的な男子である山城健斗は押し込まれてしまったのです!

 いくら夢の中とはいえ、このままでは完全に自分の心が耐えられないと考えた彼は、慌てて周りを取り囲む何千何万、いえそれ以上かもしれない数にまで膨れ上がった阿斗里たちに慌てて着替えをやめてもらうよう頼みました。流石の彼でも、アイドルの生着替えを間近で見るほどの蛮勇は持ち合わせていなかったのです。ところが、大量の彼女たちから返ってきたのはその気恥ずかしさへの疑問の数々でした。次は体育の時間だから服を脱ぐのは当然、どうして止めるのか、と。


「だ、だ、だって俺は男だよ!?男子だよ!?その前で……」

「「「「「「「「「「「「「うふふ、もう何度も見たじゃない♪」」」」」」」小さい頃……」」」私と一緒にお風呂に入ったときに、ね♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


「い、いやその時は……えっ!?」


「「「それよりもうすぐ体育よ♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」脱がないと♪」…


「……うわあああああ!!!」


 とうとう理性が限界になった健斗は、無我夢中で大量のアイドル、いや自分の母の大群を押しのけ、天国のような様相を見せる更衣室から逃げ出しました。そして一抹の願いを信じるかのように、周りの扉を見つめました。せめて『男子更衣室』ぐらいはあるはずだ、と。ですがその直後、彼は自分自身の深層心理に宿るドスケベな本性を恨みました。確かに近くには更衣室につながる大量の扉はありましたが、その全てに『女子更衣室』という標識が飾られていたのです。そして直後、扉という扉が一斉に開き――。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「さあケンちゃん♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「早く着替えましょう♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

  

 ――数えきれないほどの彼の母、山城阿斗里が満面の笑顔と共に現れました。


「……ああああああ!!!!」


 その光景を見た山城健斗は決意しました。幾ら『夢』の中でも限度はある。この天国のような光景から逃げないと、自分の体も心も持たない、と……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る