母さんは"侵食形"アイドル!?
腹筋崩壊参謀
第1話 過去完了形アイドル
それは、とある夜――世間一般に『ゴールデンタイム』とも呼ばれる時間の事。
とある閑静な住宅地にある一軒家で、1人の青年が大画面のテレビに映る光景を真剣に、ですがどこか楽しそうに眺めていました。
『『『『『『『『『『みんなの心を侵食しちゃいまーす♪』』』』』』』』』』
(……やっぱりいいよな……ずっと昔のアイドルでも……)
画面に流れていたのは、個性豊かな少女たちがリズミカルな歌と共に笑い、踊り、観客から大きな歓声や拍手を貰う、彼が生まれるより少し昔のテレビ番組の映像でした。お揃いの衣装で満面の笑みを見せる彼女たち10人は、多くの人々から『テラ☆ドゥ』と言うグループ名で呼ばれていたアイドルたち。流星の如く現れ、恋愛のみならず嬉しさや悲しさ、時に人々の進むべき道を教えるような様々な曲を歌い上げ、その明るさやひたむきさは多くの人々の心を掴み取り、彼女たち曰く『侵食』していきました。でも、それはずっと昔の話。まるで大嵐が過ぎ去っていくかのように、彼女たちは突然の引退宣言ののち、惜しまれつつ芸能界から消え去っていったのです。加熱する報道によるスキャンダルで消えたのか、ファンとアイドルの一線を越えすぎた結果なのか、その原因は誰も分からないまま。
彼女たちなら間違いなく現在に通用する、引退が今も惜しまれるアイドルたちだ――番組の司会者が熱弁するのと同じ感情を、テレビの向こうで青年――
ただ、健斗にはもう1つ、このアイドルグループに対し複雑な思いがありました。その理由は、メンバーの中で彼の目に一番入ってしまう、真っ白のカチューシャと温和な笑顔、黒い長髪をたなびかせながら大きな胸を揺らすメンバーでした。センターで華々しく目立ち人々の喝采を真っ先に浴びる他のメンバーとは異なり、後ろから温かく優しく見守る『大黒柱』のようなポジションだったという彼女でしたが、『テラ☆ドゥ』の中で最もスタイルが良く、胸も大きく、母性愛に満ちた最高の存在だ、という当時のファンの熱い言葉が、その魅力を見事に表現していました。勿論ケント自身もある程度はその強い思いに賛同はしていましたが、それを全て受け入れる事は出来ませんでした。
(……まぁ人気があったのは分かるけどなぁ……悔しいけど、滅茶苦茶可愛いし……でも……)
そんな思いなんて、恥ずかしくて口に出せる訳がない。自分はそんな立場じゃない――そう思い詰め、顔を真っ赤にしてしまう理由は、単純明快なものでした。
「あらケンちゃん、懐かしい映像ね♪」
「!?!?か、母さん!?!?」
帰ってきたならただいまぐらい言ってくれ、と慌てて文句を言う息子に、テレビに夢中なのを邪魔するのは悪いと思ったから、と明るく返す彼女こそが、かつての『テラ☆ドゥ』の大黒柱、現在は1児の母である『
「あ、見てみてー♪この曲、私がメインボーカルだったのよね♪」
「わ、分かってるよ!そんなに近づくなって!」
テレビの画面の中で静かな曲に思いを込め、優しく歌い上げるアイドル時代の阿斗里と、第一線から退いて以降も母として、そして芸能界の裏方として日々奮闘し続けている現在の阿斗里――長い月日が経ったはずなのに、息子である健斗の目には、自分の母がそれだけの年齢を重ねているようには思えませんでした。それは決してお世辞でも皮肉でもなく、グラマラス、女神、聖母のような存在だ、とかつてのファンから誉めそやされた頃以上に、年を重ねてむっちりさが増した現在のほうがより美人度が増しているように彼は感じていたのです。ですが、そんなマザーコンプレックスな素直な気持ちを、年頃の男子に成長した彼が言葉に出せる訳はありませんでした。そして、どこか楽しそうに過去の映像を眺める母に対し、過去の栄光に浸りすぎだ、とつい悪口を告げてしまったのです。
「あら、そうかしら?」
「そりゃ母さんがアイドルだったってのは俺だっていやというほど認識してるよ。でももう昔の話だろ、それ?」
「うーん、でも『昔』も『今』も変わらないものってあると思うけど?」
「そ、そりゃ『テラ☆ドゥ』は人気だぜ?リバイバルブームも起きてるし……でも結局全部過去のものだっつーの」
「まあ酷い、どうしてそんな事言うの?」
ふくれっ面で顔を近づける母を目の当たりにしたケントの口から、ついこんな言葉が口走ってしまいました。
過去の栄光にしがみつく『おばさん』に、現実を見せただけだ、と。
「もう……ケント!」
怒る母の言葉に背中を向け、自分の部屋へ向けて駆けて行った健斗でしたが、その顔はすっかり赤く染まり、心拍数も上昇し続けていました。最後に告げた言葉は彼自身ですら思いもしなかった、勢いだけのものだったからです。
幾ら何でもあれは酷すぎたかもしれない、と反省した彼でしたが、扉を開いて母に謝る事は出来ませんでした。頬を膨らませながら顔を近づけたあの時の母の顔は、懐かしの映像の中で観客に笑顔を見せ続ける伝説のアイドル・山城阿斗里そのもの、いやそれ以上の魅力に満ち溢れているように感じてしまったからです。またあの表情を見せられた時、冷静に謝罪なんてできるだろうか――後悔する度に悶々とする彼の脳裏には、更にその心を惑わせる画像の数々が浮かび始めていました。ある日偶然、ネット探索で見つけてしまった、若い頃の自分自身の母が笑顔で様々なポーズを決めながら、全てを包み込むような魅力を制服に似たアイドル衣装から存分に見せつける、たくさんのグラビア写真を。
(……あぁぁぁぁ!!!)
正直滅茶苦茶可愛く綺麗だと思ったし、世の男性の心が『侵食』されてしまうのも無理はないと思ったけれど、どう足掻いてもあの黒髪・巨乳の美女が自分の母であると言う事実は覆らない。そんな母に思いを寄せるなんてどうかしてる。自分は完全に変態なのか、それとも――。
(……はぁ……もう寝よう……)
――自分自身の思いと格闘し続けた結果、勝手に疲れ果てた健斗はそのままベッドに身を委ね、その意識は深い眠りの中へと消えていきました。
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そして、カーテンから差し込む日差しを受けて目覚めた健斗の第一声は――。
「……はぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
――沸騰しそうなほど真っ赤になった顔から放たれた大絶叫でした。
確かに、アイドル時代から変わらず天真爛漫なところがある母が彼の部屋に勝手に入って起こし、恥ずかしがるという事はこれまでも多々ありました。ですがその日、彼を起こしに来た母・山城阿斗里の姿は、寝る前までずっと健斗が頭に思い浮かべて悶々としていた、あの制服風のアイドル衣装を身に包み、大きな胸をたゆんと揺らしながら笑顔を見せる、あの『テラ☆ドゥ』時代の若い姿そのものだったのです。
「おはよう、ケンちゃん♪」
「は、はぁぁぁぁ!?!?」
理解が追い付かず叫ぶ事しかできなかった彼の一方、アイドル姿の阿斗里はそれが当たり前と言わんばかりのごく自然な口調で朝ご飯の用意ができている事を告げ、楽しそうに部屋を後にしました。顔が火照り続け、鼓動も収まらない中ですが、時計は容赦なく学校へ向かう時間を示し続けました。仕方がない、と覚悟を決めて立ち上がり、リビングへと向かった健斗は、その光景を見て声すら出ないほど驚きを見せました。そこにいたのは、やはりアイドル衣装のまま笑顔で息子を見つめる『テラ☆ドゥ』のメンバーである山城阿斗里――。
「あ、ケンちゃんおはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」…
――それも、1人ではなく、何十人もずらりと並んでいたのです。
「な……な……な……何だよこれ!?」
ようやく驚愕と疑問の声を発する事ができた健斗でしたが、何十人にも増えた若い姿の母たちはお構いなしに彼を朝ご飯が用意されている席へ導きました。普段と変わらず美味しい朝食の味のお陰で少しづつ緊張が解けていった彼でしたが、それでも周りを取り囲む状況への困惑は収まりませんでした。著名なアイドルが大量に増えて自分を囲むと言う彼としては正直嬉しい状況でも、その美人がよりによって彼自身の母、しかもアイドル時代に若返った姿という常識では考えられない事態がすぐ傍で起きているのですから当然でしょう。
そして、大量の笑顔や胸元を視線に入れる羽目になりながらも何とか朝食を食べ終えた健斗は――。
「ふふ、ケンちゃん♪」もうすぐ登校の時間よ♪」制服を着なくちゃね♪」お母さんたちが着替えさせてあげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」あげる♪」…
「ひ、1人でできるっつーの!!」
――押しかけてくる母親たちを何とか退け、自室へ慌てて駆け込みました。
一体何がどうなっているのか、そもそも何で母さんが若返っているのか、納得できる考えを導き出そうとした健斗でしたが、結局何も解決策を見いだせないまま、無情にも過ぎていく時間を目の当たりにする羽目になりました。慌てて制服に着替えた彼は、廊下の左右に立ち笑顔を見せる水着姿の母と目が合う度に顔を更に硬直させながら、何とか玄関までたどり着きました。
ですが、行ってらっしゃい、というコーラスのような美しい大合唱に見送られながら扉を開いた彼を待っていたのは――。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おはよう、ケンちゃん♪」」」」」」」」」」」」」」」」」
――何十何百、いえそれ以上の数はいるであろう、アイドル時代の山城阿斗里――寸分違わぬアイドル衣装で自宅を何重にも取り囲み続ける、若い頃の健斗の母だったのです!
「はあああああああ!?!?!?!?」
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