第二十一話 怖そうなお客さん

   

「……これくらいの説明で、大丈夫か?」

「はい、わかりました」

 私は頷いてから、

「マドック先生にはウイルス改造の技術があるから、遺伝子の運び屋としてウイルスを用いているだけで……。別に『ベクター』は、ウイルスじゃなくても構わないのですよね?」

 そう付け加えました。十分に理解していると伝えるためには、これくらい言っておく方が良いでしょう。

「おお、そうだ。俺の元の世界では、他にも様々なベクターがあったぞ。特にプラスミドベクターなんて、遺伝子工学には欠かせない道具で……」

 少し遠い目をしながら、マドック先生は、語り始めたのですが。

 視線を私に向けると同時に、自分で話を止めてしまいました。今する必要のない説明だと、思い直したのでしょう。

「まあ、それは、ここでは無縁な話だ。……それより、お嬢ちゃん、やっぱり頭の回転は速そうだな。うむ、これなら期待できる。この先、お嬢ちゃんにやってもらいたいのは……」

 どうやらマドック先生、頭の中にある計画を――私に後々やらせたいことを――、何としても今ここで語りたいみたいです。

 仕方ありません。どこまで覚えておけるか、わかりませんが。

 とりあえず彼の話を聞いてあげましょう。

 そう私が観念した時でした。

「邪魔するぞ!」

 叫び声と同時に、バンッという激しい音。

 お店の扉が、荒々しく開きました。


 本日二人目のお客さんのようです。

 先ほどのルビーさんはマドック先生が対応してくれましたが、あれを見本にして、いよいよ私が接客する番です。

 しかし……。

 見るからに、怖そうなお客さんでした。乱暴者っぽい雰囲気で、お店のドアもけっ放しです。

 武闘家タイプの冒険者にありがちな、薄手の革服。「それ動きやすそうだけど、本当に体を防御してるの?」と尋ねたくなるほどに、体を覆う面積は少ないです。

 ブラウン一色の武闘服ですが、おなかなんて肌色が剥き出しで、おへそが見えるくらい。手足も当然のように、ノースリーブで短パンです。

 でっぷりと太った体にお似合いの、丸っこい顔。頭頂部以外はツルツルなのに、そこから生えている髪は長く伸ばして三つ編みにしています。辮髪べんぱつと呼ばれる髪型ですね。

 そんな男性客が……。

 いかにも「俺は怒っている!」という顔で、こちらを睨んでいるのでした。


「おい、これは一体どういうことだ!」

 のっしのっしと歩いてきた彼は、マドック先生に文句を言いながら、何かをカウンターに叩き付けました。

 空っぽの小瓶です。

 ルビーさんが買っていったポーションの瓶と、よく似た形状です。

 おそらく、このお店で買ったウイルス・ポーション。それを使った後の、空き瓶なのでしょう。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る