第二十話 運び屋さんで風邪をひく?
「……」
マドック先生は、一瞬、黙ってから、
「ああ、そうだ。それだけわかってりゃ、もう俺から言うことは何もない」
その言葉通り、それ以上の説明は控えました。
こうして。
本日最初の――そして私にとっても初めての――お客さんとなったルビーさんは、お会計を済ませて、帰っていきました。
「……と、まあ、こんな感じだ。ウチの商売は」
ルビーさんの姿が見えなくなったところで、総括するように述べるマドック先生です。
「お嬢ちゃんには、まず、こうやって客の相手をしてもらう」
「はい、わかりました」
当然のように頷く私。
だって私は、マドック先生とは違って、この世界の人間です。マドック先生のような特殊技能はありません。だからポーション作りは手伝えませんし、ならばお店の商いを手伝うしかないでしょう。
……無菌箱の滅菌係という話は忘れていませんが、それだけでは、仕事としては少な過ぎるでしょうから。
「だが、あくまでも『まずは』ということだ。将来的には……」
いやいや、マドック先生。あまり先のことまで、いっぺんに話されても困ります。
彼の頭の中では、色々と計画があるのかもしれませんが……。先走るマドック先生を制止する意味で、私は、質問をしてみました。
「ところで、マドック先生。ウイルス・ポーションを扱う冒険者って、健康な人たちばかりですよね? ウイルス・ポーションには、ワクチンの役割はないんですよね?」
マドック先生は、少しキョトンとした表情になりました。とりあえず、彼の話を止めることには成功です。
「ああ、そうだが……。ひょっとして、俺が転生前の組換えウイルスの話をしたせいで混乱させたか……?」
いいえ、混乱はしていませんが。
あくまでも、確認のための質問です。
「もう一度言っておくが、免疫系の遺伝子を組み込んで、組換えウイルスのワクチン開発をしていたのは、あくまでも向こうでの話だ。こっちでは、ウイルスそのものはベクターとして使っているだけだぞ」
「ベクター……?」
むしろ、こうやってあちらの世界の用語を使われると、かえって混乱します。まあ何となく意味はわかるような気もするのですが。
「ああ、すまん。ベクターというのは『運び屋』って意味の言葉だ。この場合は、ウイルスを利用して目的の遺伝子を細胞内に送り込む……。ウイルスの役割は、それだけだ。だから病原性の極めて低い、万一発症しても軽い風邪程度なウイルスを、組換えウイルスのベースにしてる」
そう言って、マドック先生はニッと笑いました。
だいたい私の思っていた通りですが……。でも「万一発症しても軽い風邪程度」って。いくら冒険者には頑丈な人々が多いとはいえ、彼らだって風邪なんてひきたくないでしょうに。
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