第九話 お前はすでに死んでいる

   


 ……そういうルールだから?

 真っ先に頭に浮かんだのは、それでした。

 でも「なぜ」と聞かれて「ルールです」では、思考停止ですね。

 だから私の口から出た言葉は、

「病原体は、回復魔法の対象だから……?」

 いやいや、これもダメですね。質問を言い換えただけで、これでは解答になっていません。

 それでもマドック先生は、一応は頷いた仕草を見せてくれました。ただし言葉は、それほど優しくありません。

「だから、なぜ病原体が回復魔法の対象か、その理由を考えたことはあるかい?」

 ありませんでした。魔法学院では、教わったことを素直に覚えるだけでした。

「お嬢ちゃんは、魔法系の医療士になりたいんだろう? だったら、そうしたことを、理由づけて考えるのも大事じゃないかな?」

 彼の言葉に対して、私はブンブンと首を縦に振りました。


 マドック先生の言う通りです。

 ならば、この場で考えてみましょう。

 回復魔法で回復できるもの、回復できないもの。その差は、いったい何でしょう?

 怪我や病気で苦しむ人を回復しようとしても、術者の能力次第では、上手く回復できないこともあります。でも『上手く出来ない』だけであって『全く出来ない』わけではありません。

 回復魔法で全く患者を治療できないのは……。

 ああ、そうです!

 患者さんが、もう死んでいる時です!


「もしかして……。病原体も魔法で回復されるのは、生きているからですか? つまり……」

 そもそもマドック先生は、何故こんな質問をしてきたのか。根底にあるのはウイルスの説明のためだろう、そう推測できます。

 だから彼の意図を汲み取って、さらに付け加えました。

「……ウイルスは最初から死んでいるから、回復魔法の影響を受けない。そういうことですか?」

 すると。

「面白い!」

 マドック先生は、手を叩いて笑い始めました。

 この人、こんなに陽気な人だったのか! そう私が驚くほどの、大げさな笑い方です。

「お嬢ちゃんは面白いことを言う! なるほど『お前はすでに死んでいる』ってやつだな!」

 もしも私がコメディアンならば、笑ってもらって喜ぶべきなのでしょう。でも私は、そんな立場でもないし、そもそも「質問に対する解答を笑われた」という状況です。

 この反応……。私の発言は、そんなに的外れだったのでしょうか。

 内心で私がションボリしていると、

「ウイルスは最初から死んでいる……。うん、ある意味、それで正解だな。なまじ俺みたいに最初から知識として教わるより、柔軟な発想かもしれんな」

 意外や意外! マドック先生の口から『正解』という言葉が飛び出しました!

   

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