第三話 秘密の小部屋は広かった

   

「よろしくお願いします、マドック先生! 私の名前は……」

 握手しながら、私は自己紹介しようとしたのですが。

 店主さん――マドック先生――は、バッサリと遮りました。

「いや、名乗る必要はない。そういうのは全部、この紹介状に書いてあるだろう?」

 そうでした。たった今マドック先生が見た中に、私の基本情報は、全て書かれているのですね。

「では、お嬢ちゃん。客じゃないというなら、ここではなく、奥で話そうか」

 マドック先生は、店の奥にあるカウンターの、さらに奥の方を指し示しました。

 今まで気づきませんでしたが、奥には、準備室らしき部屋があるようです。ぽっかりと暗い入り口だけが見えるので、ここからだと、秘密の小部屋といった感じです。

「でも、開店準備中だったのでは……」

「ああ、構わんよ。まだまだ、店を開く時間じゃないからな。それに、お嬢ちゃんと話すのも、そんなに時間かからんはずだ」

 そう言って、マドック先生は早速、店の奥へと歩き始めました。

 ならば、従いましょう。

 ひとつ頷いてから、私も彼に続きました。


「うわあ……」

 思わず、声が漏れました。

 秘密の小部屋は、全然『小部屋』ではありませんでした。店の奥にあった準備室は、思った以上に広いスペースだったのです。

 ガラス器具やポーション瓶。それらが載った棚やテーブル。そして、大きな装置がたくさん。

 やっぱり雑然としているのですが、でも、おもての店とは少し雰囲気が違うように思えます。では具体的には何が違うのだろう、と心の中で少し不思議に思っていると。

「きれいだろ? こっちは、きちんと掃除してるからな」

 ニヤリと笑うマドック先生。ちょっと得意げな顔にも見えます。

 彼の言葉で、私は「なるほど」と納得しました。

 あまり整理された雰囲気はないのですが、確かに、掃除だけは行き届いています。

 チリひとつ落ちていない感じです。衛生面では『きれい』と言って構わないのでしょう。

「無菌操作をするには、それなりの場所が必要だからな。お嬢ちゃんも、覚えておいてくれ。無菌操作は、ウイルスを扱う場合の基本だ」

 無菌操作。

 聞きなれない言葉ですが、なんとなく意味はわかりました。バイ菌の入らない、クリーンな環境で作業する……。そんな感じでしょう。

 そういえば。

 魔法学院の就職斡旋窓口では『特殊なポーションを売っているお店』と言われましたが……。

 この準備室で、その『特殊なポーション』を作っているのですね!

 ならば。

「マドック先生。その『ウイルス』というのが、お店で売っているポーションのことですよね?」

 そう言ってみました。

 おそらく、この時の私は、教師に問われる前に答えを述べる生徒のような顔だったでしょうね。

   

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