無機質な出会い(2)


とりあえずカレーを食べ終わり、各自掃除道具を用いて散乱した食器からその他諸々を片付け始めた。


こうゆうのは、みんなで文句言いながらやると案外すぐ終わる。


「あの日朝倉さんと西野さんは、神社に何をお願いしたんですか?」麟ちゃんは掃除に参加してる風を装ってる。


「野暮な事は聞くもんじゃないぜ、若いの」箒を肩に担ぎ、時代錯誤な台詞で誤魔化す金髪。


いいから手を動かせよ。


「そういや元々ゲンブが教えてくれたんだよな。あいつ何願ったんだろ気になるな」


自分は例外か、それと西野に教えた訳じゃないよね。


「私の辞書に風流なんて言葉は無い」人生楽しそうでなにより。


そんで手、動かそうか。


「ラジオ代わりに話してやるよ、この喫茶店が出来たきっかけもあの神社ある」


それは気になる何があったんだ?


「俺は当時ストリートミュージシャンだった」


「開幕から胡散臭いけど大人しく聴いてた方がいい?」西野がちゃちゃを入れた。


「大人しく聴いてろ、回想入るぞ」


「俺は当時ストリートミュージシャンだった」


「そこからやるんだ」


いいから黙ってろ、そして手は動かせ。


俺は当時ストリートミュージシャンだった。

「……」

一言で言えば人気なんてもんは無かった。


いつも一人か二人少しだけ足を止めて、待ち合わせの間の暇潰しにされてた。


ギターと歌で世界取る気満々だった俺は、駅前で毎日歌った。


いつかレコード会社の目に止まるのを期待して。


そんなある日、突然土砂降りの雨に打たれて木陰で雨宿りしてた。


「今日はもう歌えないですね、これどうぞ」そう言って傘を差し出し、紙袋片手に走り去る見知らぬ女子。


雨で頭を隠してはいたが可愛かった。「恋したな」「恋ですね」「恋だな」何より俺のことを知っていた事に驚いた。


複数の驚きが瞬く間に過ぎ去りちゃんとお礼も言えなかった。


ただ受け取った傘にセロハンテープで貼られた名前。『ジャンガリアン・シャドー』今お前らが居る場所さ。


「ネーミングセンスヤバー私絶対働いてないわ」

「ゲンブさんのコーヒーも大概だろ」

続けるぞ。



押し貸しされた傘を差し家路に着く。


暦上は春だがまだそれらしい気配はない、桜が咲くのは1ヶ月くらい先だろう。


でも心の桜はもう咲きそうです。かもんすぷりんぐ!


ボロいアパートの一室に入る。


ジャケットをハンガーに掛ける時も、濡れたギターを拭いてる時も、窓辺でタバコを吸っている時も、何をしていても目が傘に吸い込まれる。


そして思い出す彼女の後ろ姿、長く黒い髪。

脳に刻み込まれたジャンガリアンシャドー。


明日返さないとノイローゼになっちゃうな。


隣の外国人夫婦の喧嘩よりこっちの方が原因的にはまだマシか。ぽやぽやと眠りに着こうと努力した。


雨戸を閉め忘れ全快の陽光が顔面に突き刺さる。昨日の冷たい雨を落とした空ではない。


あの子のせい、いやジャンガリアンシャドーのせいで、なかなか寝付けなかったがスッキリと目が覚めた。


いつも以上に軽快に出掛ける準備を済ませ、ギターを担いで外に出る。


外はしんとした冷気が潤いを含んだ空気を引き締めている。


傘を貸してくれた場所から走り去った方向に歩いてみよう、現場百回って言うしな。


しばらく歩いていると商店街を抜け、住宅街付近に近づいた。


商店や住宅が入り混じる雑多な場所にそれはあった。


ジャンガリアンシャドー。店の前には鉢植えにパンジーが植えられていた。


鈴の音が鳴るドアが開き誰かが出てくる。


「あっ路上ミュージシャン。今からオープンだから入って」そう言うと昨日の傘子はクローズをの札をオープンにひっくり返し俺を招いた。


困惑を隠しきれずにオドオドしながら招待を受けた。


ギターを入り口付近に立て掛けカウンター席にすわ……「何飲む」着席と同時かそれよりも食い気味に、気さくで明るく嫌味のない声が通る。 


コ、コーヒーで8割以上左脚に体重をのせたまま答えた。


「オッケー用意するね」手を洗う動作でさえなんかもう可愛かった。

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