死に寄り添う悪食(10)



 普段着慣れない黒い服はジャストサイズで着られた。ネクタイの巻き方も案外覚えてる。


 香典の書き方をばーちゃんに教えてもらい準備は整った。


 8:30にゲンブさんのコーヒーに待ち合わせ。


 普段とは違うピシッとした西野の姿といつも通りのゲンブさんが、カウンターに座っていた。


店内は相変わらず荒れたまま。

ゲンブさん礼服は?


「着れなかった……身体作り過ぎたみたいだ」あれ以来、店も営業せず治療と称して引きこもり、ワガママボディに拍車が掛かっていた。


「仕方ないから運転手だけやらせるか、今日はツッコミたくない」


 西野がツッコミ入れてるの見た事ねぇけど。


 式場は同級生や友達がまばらに来ていた、告別式はその通り最後の別れを告げる場所。


箱の中で眠る麟ちゃんに、みんな語りかけていた。


 当の本人は、箱に語りかけてくれた達に言葉を返し、果たされることのない「またね」を繰り返していた。


「見てて辛いよ、私達何も出来ないのかな」

 もうないだろ……散々やったさ。


 辛いなら香典だけ置いて帰れ。

「それなら何のために出会ったんだよ!最初から悲しいだけの出会いなんて残酷過ぎるだろ!」


 知るかそんなもん!それでも麟ちゃんは晴れ舞台だって、これが最後だってちゃんとわかってんだよ。それを俺達が見届けなかったらそれこそ何の為に出会ったのかわかんねぇだろ!きっとこの出会いには意味があるんだよ。


「うざっ!くさっ!きもっ!見届ける事ならみんな出来るだろ!私達はあの子の声になれる」


 インチキ霊能者みたいな事しろってか!

 今この場でそんな事してみろ、頭おかしい奴だと思われて追い出されるわ!

 付き合いきれねぇ。


「喧嘩しないで下さい」白装束に身を包んだ麟ちゃんが接近していた。


「麟ちゃん、来てくれたみんなに伝えたい事全部言って、後で手紙にして届けるから!このやり方文句ないだろ朝倉」


 ……確かに麟ちゃんからの手紙って事なら大丈夫だろうけど、ホラーパニック起こるだろ。


「パニックが起きても届く気持ちがある!」

 本気か、お前バカだろ。

「私に巻き込まれたんだ、諦めろ朝倉」


 仏説〜


 お焼香始まったぞ、火葬まで約2時間くらいか全員分間に合うのか。


「やるしかない、というかやるしかない」

 ……麟ちゃんは、みんなに届けたい?


「よろしく……お願いします」申し訳なさそうな嬉しいような、そんなありがとうをもらった気がした。


 晴れ舞台とは……もう無茶苦茶だ。


 お焼香の列の邪魔にならないよう、外に出た。


「まずは親御さんに伝えたい事からにしよう」


俺必要?一人でメモ取れば十分だろ煙草吸ってくるわ。


「お焼香しなくていいのか!」


 目の前に居るのに無粋だろ。もう晴れ舞台でどうこうとか、そうゆうの無かった事になってるからな。バカに付き合ってたら脳細胞いくつあっても足りる気がしない。


 胸ポケットをまさぐり、煙草とライターを取り出す。ふーっと見上げた空に、手に届く雲は風に揺られて霧散していく。


 ふーむ、お焼香で涙ぐんでる親族や弔問客が少し滑稽に見えるな。

 そこに居ませんよって伝えてあげたい。


 ん!?ふと大切な事に気が付いた。

 麟ちゃんがみんなに伝えたい事があるように、みんなも麟ちゃんに伝えたい事がある。

 そこを計算に入れるともっと時間がなくなる。


 既に煙草は7本程減っており時間にすると1時間程経っていた。戻らなきゃ。


 ヤバい、これはヤバい。

「お母さんとお父さん、佐々木くん、やっと3人終わったね、次誰行く?」


 ノリが軽いわ!つーか1時間で3人!?

「違うぞ朝倉、佐々木くんでほぼ1時間だ」


 ドヤ顔で言うことじゃないだろ!佐々木くん誰だよ!


「麟ちゃんの想い人」

「西野さーん!それは言わないって言ったじゃないですか!」


 そんな重たいラブレター送ろうとしてんのかお前ら。


 "それでは皆様花壇の花を入れてあげて下さい。"


 なん……だと……。思ってたより早い。

 麟ちゃん、君がみんなに伝えたい事があるようにみんなも麟ちゃんに伝えたい事があると思うんだ。だからみんなの所へ行っておいで。お母さんとお父さん、それと佐々木くんにはちゃんと送っておくから。

 ここでさよならだ。


「待ってください、私みんなに伝えたいです。沢山のありがとうも、ごめんなさいも。私、もっと生きて色んな事したかった。

佐々木くんにも自分で言いたかった。私が……自分が悪い事はわかってるんです、それでも納得できません!」


「消えたくない……」そう言い残し麟ちゃんの姿は景色の中に溶けていった。


 初めから何も掴めない事知りながらも、手を伸ばさずには居られなかった。


 空を切るはずだった手は、西野の手とぶつかった。


「あぁ゛!?」


 あ゛ぁん!やんのかコラ!


 麟ちゃんが初めて見せた本当のわがままは、もう二度と叶わぬ願い、同時に自らの死を受け入れた言葉だった。



「本当は仲いいのに喧嘩ばっかりして、夫婦喧嘩は犬も食わないでしたっけ?私は食べたいですけど」




 死に寄り添う悪食



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