死に寄り添う悪食(2)



何か大きいモノが壁に叩きつけられる音がした。しばらくして、満足そうな笑顔で厨房から顔を出す金髪。


「朝倉、ゲンブさんから除霊師の居所聞き出したぞ」

夜の女王になった方がいいと思いました。


散らかった店と顔の腫れたおっさんをほったらかして、除霊師に連絡。


ゲンブさんのポケットから連絡先の書いたメモが出てきたのは、こうなる事を予想していたのだろう。


ぶん殴られて剥ぎ取られるとは、思ってなかっただろうが。


除霊師にはすぐアポが取れた、今日はもう既に夜の帳が下り切る頃、後日会うことになった。


よくある、"すぐに来なさい"的な事は無く、営業マンが、取引先に会う約束をするが如く、日程が組まれた。



時は流れ、未だ片付かない喫茶店で、俺と西野はうなだれている。除霊とは名ばかりのよくわからない、じいさんのせいで……。



数時間前の事

「払えないね」開口一番、俺たちは死刑宣告を受けた。


店の復興も1ミリとして進まないまま、ただ怯え散らかす時間はこれからも続くと言うのか。


いや待て、居るの確定なのか。金髪は涙を堪えて必死。


看板に書かれてた、ヒーリングセラピーの時点で引き返すべきだった。


目の前にいるおじいちゃんはきっと偽物に違いない。そもそもこれは現実ではないのさ、きっと。


「助かりたいなら助けなさい、この女性の方も被害者だから、助けてあげれば大丈夫……だと思う。そもそも悪さをするモノじゃないから」大雑把な解答を授かりました。


助けるって具体的にどうすれば。

「殺した犯人捕まえればいいんじゃない」

素人に刑事の真似事をやれと言うのか。


「はい、五千円」

ぼったくり過ぎる!!!



死刑は免れたものの、現状どうすればいいのか検討もつかん。悪さしなくても嫌だ。


「どうするんですか朝倉さん、声の主を助けないと幻聴紛いの症状に一生悩まされるんですけど。日常生活に支障をきたすんですけど、ついでにわけわからん助言に五千円ってぼったくりだろ、返せよ朝倉」口をパクパクさせながら無気力のダレた女が解答(エサ)を欲している。


地図も無ければ、ゴールも何処かわからないじゃ、動きようがないだろ。

五千円は少し待て。


もう聞こえないふりして生きて行くしかない。拳を作り起き上がった。


「現実の全てを無いことにしてる、ニートには容易いかもしれないけど、私には無理」拳を作り起き上がったパンクロッカー。


こんの猿真似ロッカーが。

「私とヤろうってか。捻り潰してやりますよあのマスターのように」指をポキポキさせる西野。


あのマスター……ゲンブさんの事かー。

「これは五千円の分」グーパンがソフトに腹に刺さる。


それ俺のやつ。

「くだらねぇ事やってねぇで本人に直接聞きゃいいじゃねぇか」顔の腫れもすっかり治ったゲンブさんが例の如く厨房から登場。


俺たちが引きこもってるのと同時に、ゲンブさんも引きこもり、顔の治療に専念していた。


「それと俺は死んでねぇ」

「「知ってるよ。」」ローテンションな所まで金髪とハモる。


「本人に直接って何、私に殴られすぎておかしくなったの」哀れな人を見ながら、内心笑っているのだろう肩が震えていた。


「笑ってられるのも今のうちだ」倒れたテーブル起こし、その上に文字の書かれた紙を広げた。


ゲンブさんこれ……狐狗狸さんだよね。

「これで本人呼び出して聞けば一発だろ」爽やかな笑顔で親指を立てるあご髭。


バカだ。

と思ったが面白そうなので乗って見ることにした。時間的にも放課後感あるし、西野やるぞ。


「お前らバカだろ、やるなら二人でやれ」怖くてやりたくないのか、後ずさりしながら拒んでいた。


嫌がる西野を取り押さえる。

ゲンブさんが数発殴られたが、なんとか金髪を捕獲した。


いやいや席に着く金髪も、顔の腫れたゲンブさんも、ニートの俺は当然、誰一人10円すら持ってない始末。


仕方なしにゲンブさんがレジの中から10円を持ってきた。


ウキウキしながら準備してるあご髭に苛立ってる様子の金髪。


三人とも席に着き、鳥居に置かれた10円を全員の人差し指で固定した。


「じゃあいくぞ」少し緊張感のある雰囲気に変わった。


「これで終わりが始まるなら仕方ない」深呼吸をする西野。


「「「こっ……「こ……」こ」」

「息を合わせろ」やれやれ顔のゲンブ。

「「せーのくらい言えよ」」呆れ顔の呪われコンビ。


「「「せーの」」」

ちょっと待った。


なんで、"はい、いいえ"が"YES、NO"なんだどうしてここだけ英語にしたんだ。

はっとしたゲンブ。「ご愛嬌って事で」続行。


「改めまして、いくぞ」緊張感が完全に失われた店内。


「「「せーの、狐狗狸さん狐狗狸さんどうぞおいでください、もしおいでになられましたらYESにお進み下さい」」」


指を乗せた10円が動き出した。


「い」


「え」


「す」


「おい、このこっくりさんアルファベット理解出来てないぞ」焦るゲンブ。


間違いなく現代の義務教育を終えた人間じゃないな。


「朝倉が見たのって現代風の女だよな、違うなら早く終わらせよう、もう帰ってもらおうよ」震えんなよ。


10円を通して振動が伝わってくる。

「と、とりあえず一つ質問してみよう」勿体ない精神のゲンブ。


「あなたは何かの事件の被害者ですか」


「ち」


「が」


「う」


別人じゃねぇーか。

「人違いなら、もういいじゃんやめようよ」

「か……帰ってもらおう」

勝手に動き出す10円。


「NO」


学び始めている。

「学習した上で拒否すんな、どうすんだ朝倉、帰らないじゃん」指先の振動が収まらない。


どうにもなんねぇよ。

「力ずくで強制送還しかない」爽やかにパワープレイを決めようとするあご髭。


「かーえーれ、かーえーれ」

小学生のイジメか。


「こっちが呼んだのにこの仕打ちじゃまた祟られるんじゃないか」動かない10円を震わせながら、鳥居まで無理矢理戻した。

これでいいのだろうか。


………………


「指離すぞ」それぞれ目を合わせコクリと頷き、せーので離した。


糸が切れたマリオネットのように、椅子に身体を預けた。


「あっ」安心したのも束の間、ゲンブさんが何かに気付いた。


「狐狗狸さんした10円ってその日のうちに、使い切らなきゃいけないんだよな、レジの持って来ちゃった」

俺と西野は目を合わせ出口へ向かった。

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