死に寄り添う悪食(1)

月におはよう 1



第一話・死に寄り添う悪食(1)


出されたコーヒーを一口飲んで、西野に運んでもらった礼をした。


どちらかと言えば小柄な女が、170そこそこの男を抱えて、森を抜けられるのか。ふと疑問に思った。


お前一人で運んだのか。西野に問う。

「ゲンブさん呼んだに決まってんだろ」目をこちらに流し馬鹿にしてやがる。


おい、ゲンブ。カウンター越しのおっさんを薄目で睨んだ。


音の出てない口笛を吹きながら、自分のコーヒーを用意しているあご髭。


「それで……何があったんだ」話の逸らし方は下手くそらしい。


ふぅーっと一息。

天井を見つめ、西野と別れた後の話を聞かせた。

あの瞬間の恐怖は、喉元過ぎればなんとやらで現実味があまりなかった。


西野は少し震えて耳を塞いでいた。

ゲンブさんはあご髭を撫でて難しい顔をしてる。


変な空気の中、あご髭が口を開いた。

「お前が繋がった縁、幽霊、それか悲しみという名の感情なのかもな」西野がより一層震える。


耳塞がってないじゃんとツッコミたい。

「あの神社なぁルール通りに参拝した後、一番最初に関わったモノと縁を繋げるんだ」金髪が泣き出した。


「もうやだ」顔に袖を当て突っ伏す。

「怖い話聞かされた挙句、そんなもんと縁が繋がったお前と……」突っ伏したまま荒れだす金髪は、完全に呑んだくれのそれだった。


なんか、ごめん。

「謝って済むなら警察いらねぇんだよ」嗚咽混じりの声が響く店内。


ゆっくりと厨房の方に歩き出す金髪。

「由紗諦めるな、朝倉が繋がった縁が幽霊とは限らない。そこが判明するまで生きよう、だからその食器用ナイフ置こう」

なだめるゲンブさんは、大分慌てている。突発的なトラブルの対処も下手くそなのか。


「……朝倉さえ居なくなれば」

そっちかよ。てかいくらなんでも荒れすぎだろ。


食器用ナイフで刺される最後は嫌だ。西野から視線を外さずに立ち上がり後ずさる。


パニクるあご髭。そいつを止めろと訴えたが届いてない。


「たすけて」突然あの声が聞こえた。

今助けて欲しいのはこっちだ。つい口走る。

西野は引きつった顔で、振り上げたナイフを落とした。


「ゲンブさんなんとかならないの。そもそもこんなのと繋がったのも嫌なのに。オマケが

本命だよ」座り込んで涙を流す女の子を前に、男二人は何も出来ずに狼狽えていた。


悲しきかな、俺も突発的な物は対処出来ないようだ。


明くる日。いつもの時間にゲンブさんのコーヒーへ赴く、昨日は荒れ狂う金髪を置いて逃げ帰ってしまった。


店に入ると全てを悟り、諦めた顔で佇む西野の姿。暴れ疲れて泊まったのか、昨日と服が同じだった。


厨房から顔の腫れたおっさんがチラッと挨拶。とんだ人災で営業出来る状態ではなさそうだ。


どこから手伝うか悩んでいると。

「おい朝倉、私も聞こえた」金髪が割れたカップの破片を拾いあげ弄ってる。


「助けてって声、お前が神社から走ってくる少し前、私にも聞こえた」昨日荒れた原因がわかった。


お前も聞こえてたのか。

思わぬ仲間に小躍りしそうになった。

多分除霊した方がいいと思うんだ。このままだと危険な気がするし。一人じゃ怖いしさ、仲間が居ると安心するよ。


「一緒にすんなよ。元はお前が変なのと繋がったせいだろ。まぁ除霊に行くなら付いて行くけど、費用はお前持ちだからな」鋭い眼差しで微笑まれる。


霊的な恐怖からうって変わり生者の恐怖を叩き込まれ、小躍りなんてした日にゃ俺の顔面も腫れ上がる所だった。


「その前に、ゲンブさん一発殴ってくる」昨日散々殴ってたような気がしたが。まだ足りないのか。


普段の容姿端麗な顔からは想像つかない形相

で厨房へ向かう西野。


いや容姿端麗だからこそ、こんな顔がより恐ろしく見えるのだろう。


冷徹な真顔、瞳奥に慈悲のカケラも無い悪魔が宿っていた。

程々にな。

入り口から動けず、心の中でゲンブさんに謝った。

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