月におはよう
@mama10
おはようの時間
チリリリン。
人を呼ぶ音は特定の人物を不愉快にさせる。
例えば、これから夜の営みだって時に職場から電話。シンデレラなら12時を告げる鐘。
自分でかけた朝のアラームが嫌いな人は相当いるだろう。
私は平日の昼過ぎに鳴るこの鈴の音が大っ嫌いだ。
仕方ないので対応しますよ。店員ですから。
ここは至って普通の喫茶店その名もゲンブさんのコーヒー。
4人掛けのソファー、テーブル挟んで椅子が4つのテーブル席。カウンター席は6人収まる。
カウンター内にシンクの流し、背後にはガラス張りの食器棚。
その中に綺麗に並べられたグラスとボトル、古びた手動のコーヒーミルは未だに現役、正直面倒だけど。
それより面倒なのが今目の前にいるこいつ。
いつも通り私はコーヒーを出した。愛想の粉一粒もくれてやりたくない。
いつもの服を着た、目が覚めて間もないであろうニートに。
平日の昼過ぎ、俺以外客の居ない喫茶店。いつものカウンター席で一服を嗜んでいた。
目の前には、金髪で黒いエプロン姿の女が、不機嫌そうに洗い物をしている。
「こんな時間に起きるくらいなら、いっそ永遠に目覚めない方が世界の為になりそう」水が流れる音と共に、嫌味が聞こえてくる。
心の声漏れてるぞ。ボソっと言い返す。
「聞こえるように言ったの、おかげ様で休憩行けなくなりました」キュッと蛇口が閉まる音。
それは……申し訳ない。目を逸らしていつもより少し苦いコーヒー啜った。
整ったあご髭の渋いおっさんが奥の厨房から顔を出す。
「ここ一応飯も出してんだ、犬も食わねぇ事してんなら外行け。」
「「誰が夫婦だ」」金髪ショートの女とハモる。
整ったあご髭のおっさんは、ニヤリと笑って引っ込んだ。
「「なんか言え」」またしてもハモる。
気まずさの漂う、いつも通りな喫茶店。"ゲンブさんのコーヒー"家の隣にある喫茶店。
タオルで手を拭きながら、玄武(くろうたけし)が出てきた。オーナー兼店長である。真っ白なコックコートに黒いエプロン姿、整ったあご髭が絶妙に渋い。
「お前もいつまでもニートしてねぇで嫁でも探せ」端のカウンター席に座りながら鋭い言葉を刺してきた。
「まぁ嫁探すより仕事探す方が楽だと思うけどな」金髪ショートにコーヒーをくれの合図をしながら、またも刺してくる。
金髪は不満そうにコーヒーを注いだ。
何も言い返せず、苦い顔をしながらコーヒーを一口飲む。
「まっ縁ってのもあるからなぁ」天井見上げたおっさんが諦め半分に続けた。
何か考えてる顔をして、こちらに向き直る。
「しゃーねぇなぁ、とっておきを教えてやる、神頼みだけどな」ここに通い始めて随分経つが何故今なんだ。疑問を抱きながらも耳を傾けた。
次の日、永久ニートの資格を得るため、俺はとある神社の前にいた。
教えてもらわないと、入る気にならないような森の中。知る人ぞ知る縁結びの神社って事なのだろう。
ちゃんと神主はいるようで、オンボロではないようだ。
昨日聞いた話では、この神社の参拝にはルールがある。
壱・一人で参拝する事。
弐・生涯に一度だけしか参拝してはならない。
参・二度目に訪れるのは問題ないが、その時は土産を用意しなければならない。
参に関しては神主の後付けっぽい気がしてならないな。
縁結びの効果の程だが、絶大らしい。
ただ必ずしも望んだ縁と結ばれる訳では無い。そう言っていた。
よし、小声で呟き、鳥居の前で一礼をして踏み出した。
手水舎でお清めをした後、拝殿に向かう。
足取り軽やかに進んでいると、見覚えのある"金髪"が拝殿側から歩いて来た。
「参拝直後に会ったのが朝倉か、これじゃ……ないよな」拝殿を振り返りながら、眼の輝きが失われていく金髪。
参拝直後に会ったのが、俺で悪かったな。バツの悪い顔をするしか出来ない。
西野も参拝しに来たのか。
社交辞令的な話を振ってみた。
「とっておきの縁結び神社って、気になるだろ。それに私も聞いてたし、盗み聞きじゃないし、ちゃんとルール守ったし」その後も少しもごもご言ってたが聞き取れなかった。
「とにかく私は参拝しに来ただけだ」西野もバツが悪いのか。会話らしい会話にならない。
去り際に「この神社、多分本物だ」そう言うと、足取り重く帰って行った。
あの金髪でロックな服装の女は、何の縁を結ぼうと思ったんだ。というかあんな露骨に乙女だったか。
意外な一面には触れず。背中で見送り、歩き出す。
独りきりの神社、少し雰囲気がある拝殿に到着。
鈴を鳴らして賽銭を投げ、二礼二拍手をした。直後「たすけて」
この神社には俺一人、そのはずだ。
そのはずなのに、か細い声が確かに聞こえた。周囲を見回すが誰も居ない。誰も居ないよな……。
今しがた西野も帰った。今助けを呼んだのは誰だ、落ち着け。明らかに誰かに対して言っている。
神頼みのような言い方ではなく、今現状、切羽詰まってるような。
時間の経過と共に、心臓が暴れだす。きっと気の所為だろう、そうに違いない。
「たす……」どぁあー!遮るように叫ぶ。背中からゾワゾワとした感覚が全身を駆け巡る。
ここから見える物全てが、恐怖するのに充分なシチュエーションだった。
幽霊出るとか聞いてない。あいつの言った本物ってこの事なのか。という事はあいつも何かを聞いたのか。助けを乞われた俺は助けを乞う。
西野ーーーー最後の一礼だけは忘れずに、年下の女の子に助けを求め走り出す。
走りながら一瞬、後ろを振り返った。視界の端に視えた女。
気が飛びそうになりながら、振り返った後悔という余計なものをぶら下げて、ひたすら走る。
鳥居を抜けた少し先に金髪の影が見えた。西野が金髪でよかったと思うのは、後にも先にもきっとこれが最後だろう。
金髪目掛けて全力疾走。
たった一度聞いただけなのに、頭の中で鳴り響く「たすけて」助けて欲しいのはこっちだ。もう声も出ない。日頃の運動不足が祟ってる。
希望の金髪に手が届いた瞬間、俺の記憶は途絶えた。
「……い」「おーい」「朝倉ー」遠くから誰かが呼んでいる。
なんだよ折角気持ちよく寝てるのに、起こすな、と文句を言おうと目を開けた。
起こ……ゲンブ……さん。
ゲンブさんが半笑いで俺のほっぺをペチペチ叩いてた。
「目が覚めたか、お前由紗に抱えられて店まで帰ってきたんだぞ」半笑いのままカウンターまで戻った。
西野が……。
身体を起こし、周囲を見ると見覚えのある室内、ゲンブさんのコーヒーだった。
ほとんど座る事のないソファー席に寝かされてたようだ。いつものカウンター席に目を向けると、そこに金髪が座っていた。
視線に気付いた西野が、椅子を回転させてこちらを見た。「いつまで寝てんだタコ、おはようの時間はとっくに過ぎてる」カップ片手にそう言った。
おはよう。
ソファー席を立ち西野の横に座りなおす。
ゲンブさん俺にもコーヒー。
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