第50話 大掃除


 その日曜日は朝から大忙しだった。

 天気も良く晴れていたのでお布団を干していると奥さまが正月には東京から帰ってくるという電話があったので普段している家の点検も念入りにした。念入りにするとやはり不具合が見つかるものだ。また厨房のどこからか水漏れがしている。すぐに業者を手配した。

 玄関のドアの開け閉めが重いので稼動部に油を差す。油を差し終えると呼び鈴が鳴り郵送で東京の奥さまから漫画の本がどっさりと送られてきた。

「恭子さま、これ、どうしましょう?」

 恭子さまは驚いていたがその表情は少し嬉しそうにも見える。

「少しずつ読むわよ。全部私の部屋に持っていくわ」

 漫画の本は私も手伝って恭子さまの部屋の書架に並べた。

 少しは小学生の女の子らしい部屋になったかしら?

「あの、恭子さま、この漫画、読み終わったら私にも貸して下さい」と言うと「いいわよ、でも今度の漫画は魔法少女ものばかりみたいよ」と笑った。

「静子さん、お願いがあるの」

「はい、何でしょう?」

「お母さまが今度の出張から帰って来る前に、あの部屋を模様替えしたいの、重い物もあるから静子さんに手伝って欲しいの」

 恭子さまの声に何かに対する意気込みが感じられる。

「ええ、喜んでお手伝いしますよ、天気もいいことですし、恭子さまさえよろしければ今日にでも始めましょうか?」

「でも本だけは置いておくわよ・・そうねえ・・あの部屋はこの家の図書館にするわ」

「はい、わかりました・・本は恭子さまも私も読めますけど、さすがに他の寝具などはどう考えても変ですからね」

 部屋の中には本以外に由希子さまのクローゼットや三面鏡、お化粧道具なども残っている。綺麗に片づければ奥さまも「この家には亡霊がいるのよ」と言わなくなるかもしれない。

「ほとんど捨てることになると思うから、模様替えじゃないわね・・お片づけね」

「はい、では今日中にお片づけを済ませてしまいましょう」

 恭子さまは本当に決心されたのですね。

 あの人、奥さまが帰る前に「あの部屋」を・・前は「お母さまの部屋」と言っていたのに。

 あれ?恭子さま、さっき奥さまのことを「お母さま」とお呼びに・・

 たしか「お母さまが出張から帰って来る前に・・」と言っていたような・・

 あれほど恭子さまは「あの人、あの人」と呼んでいたのに。私も合わせて「あの人、あの人」と言ったのが少し効いたのかしら?

 そう、それでいい・・

 奥さまと恭子さまとの間に心の交流ができる日が来るまではまだまだ時間がかかるかもしれない。

 けれど少しずつでいい。前に進んでいけばいい。あとは私が二人の背中を押してあげる。


「これでよしっ!」

 部屋の片づけをし終えた日の夜、私はテーブルの上に二人分のオムライスを並べた。

「恭子さま、オムライス、作ってみました・・恭子さまのお口に合うかどうか・・」

 私はケチャップをかけながら言った。

 恭子さまは「いただきます」と言ってスプーンをオムライスに差してすくい一口食べると「美味しいわ」と感想を述べ「今日のは静子さんの味ね」と言って微笑んだ。

「わかりますか?」

 私が訊ねると恭子さまは「だって、そんなに甘くないもの」と答えた。

 甘くない分、卵のふんわり感がよけいに感じるのかもしれない。

 簡単なことだった。

 島本さんの虎の巻はかなり子供用、それも小学低学年の子供向けに作られていた。恭子さまはもうすぐ五年生になる。少し甘くしすぎていたのだ。島本さんの虎の巻は確かに口当たりはよかったのかもしれないが、成長されていく恭子さまの口にはだんだんそぐわなくなってきている。

「あの、これからは少しずつですけど、私のマニュアルで作っていきます。もし不味かったりしたら、その都度、言ってください」

「わかったわ・・静子さんのマニュアルね・・けれど、たまには私にもお料理を作らせて欲しいわ」

「いいですけど、私の仕事がなくなるのは勘弁ですよ」

 二人の服が片づけの後の埃で汚れているのが少し可笑しかった。

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