第43話 花言葉のもう一つの意味
◇
小学校から戻ると私は出張先の奥さまに電話をかけ由希子さまにピアノコンクールの招待券を渡したことを伝えた。そのことを恭子さまには言わないことも付け加えた。
「それと、奥さまのおっしゃっていた通り、黒田先生はやぶ医者でした・・」
私は風呂屋さんの藤田さん夫妻が「・・の医者の薬は効かない」と言っているのを聞き、奥さまが「あの先生はやぶ医者よ」と言われていたこともあって、もしや、と思い夫妻にこの町の評判のいい医者、悪い医者を訊ねてみた。
私独自の視点で調べるのと違って古くからこの町に住んでいる夫妻は何でもよく知っていた。黒田先生は過去に頓服(とんぷく)薬を通常の内服薬として処方したことがあり、他にも患者とトラブルを過去に起していた。
私の調べ方が甘かった。町医者の調査は業者を使ったが業者側の見落としだった。
やぶ医者という呼び方が適切かどうかはわからないが少なくとも大事な恭子さまのお体を診る人として適切ではない。
―ね、言った通りでしょ。
奥さまはどうして私よりも早く黒田先生のことを知っていたのだろう?
私が訊ねると、
―私もね、自分で調べたわよ。会社関係で詳しい人がいるのよ。
だったらそう言ってくれればいいのに。
―遠野さんにまかせっぱなしもちょっと不安だったし。でも恭子さんに何も大事がなければ黒田先生でもかまわないけど。
電話の向こうで奥さまは少し笑っているようだったが、私が信頼されていないのが痛いほどわかる。
やっぱり私はまだまだダメだ。
それより、今、奥さまは「不安」だと言った。奥さまはずっと前から恭子さまのことを・・
「奥さま、お嬢さまを診ていただくお医者さんは、もう一度、私に決めさせてください」
今度は絶対に失敗しない。
―いいわよ、誰かの紹介をもらってもいいのだけれど、そうね。遠野さんにまかせるわ。
「奥さま、ありがとうございます」
―そんなことより、遠野さん、あともう一つ、私のお願いを聞いてくれるかしら?
◇
その夜、私は「花の事典」を改めて開いた。
藤の花言葉の頁を読むと代表的な意味を大きな字で「外国人を歓迎」「あなたを迎える」と書かれ、その説明に一ページを費やした後、派生した意味について半頁ほど記述されている。最初読んだ時には派生した言葉は気にも留めず素通りしていた。
藤の花には個人の花言葉がある。
それは「決してこの場所を離れない」「あなたと絶対に別れない」
「外国人を歓迎」が藤の花を象徴する代表的な言葉として捉えるなら、後の言葉は個人の思い入れの言葉だ。
その意味はその人自身の「決意」の表れともとれるし「恋」の言葉にもとれる。
この花言葉を神園家の藤棚と由希子さまに当てはめれば全然違う意味になってしまう。
何ということだ・・私は大きく息を吐いた後、本を閉じて目を瞑った。
この言葉の意味するところは恭子さまにとっては悲しい現実となる。
次の日、私は町の本屋さんに行き海外の専門書、リーダーシップに関する本、他に経営学や人生哲学の本を何冊か購入した。
大学では一般教養として経営学た哲学等も学んだことはあるにはあるが、学問と実践の経営とはまた異なる。
恭子さまにはまだ少し早いが、これからは私が学び、学んだこと全てを恭子さまに少しずつ分かり易く伝えていく。時間はかかるだろう。何年かかるかわからない。五年、十年かかるかもしれない。けれど、恭子さまなら私のやり方についてこれるはずだ。
将来、恭子さまには立派な事業家になってもらう。
この先、どれだけ辛い運命が待ち受けていてもそれらを乗り越えることのできる強い女性になっていただく。
成人されてどんな男性が恭子さまの伴侶になるかはわからないが、どんな状況になっても恭子さまには幾たびの苦難にも打ち勝ってもらう。
だがその前に一つ、ここに大きな問題がある。
それまで私が長田家に雇われているかどうかだ。
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