第36話 花言葉
◇
「恭子さま、あの、以前の奥さまの書棚に花言葉とか載っている事典が確かあったと思うのですが・・ご存じないですか?」私は恭子さまのお部屋に入って訊ねた。
香山氏の話を思い出した時、もう一つ気になっていたことがあった。
それは藤の花の花言葉だ。
「ええ、ここにあるわ」
恭子さまは勉強机のブックエンドに挟んであった本を差し出した。
私が探していたのはこの本だ。分厚い本「花の事典」
「この辞典、読んでらっしゃったのですか?」
「押し花を作るのに、どの花にしようかと思って読んでいたの」
押し花?
「でも、もうわかったからいいわ」
恭子さまは何かお調べものがあったようだ。
私は有り難く本をお借りして部屋に戻り、机の上に「花の事典」を広げた。
カラー写真入りの分厚い事典で花のことなら何でも載っているようだ。
和歌や万葉集に使われる花やその季語などの説明が書かれている。
花言葉の説明のある頁を繰る。
一ページに二つづつ花が紹介され大きな字で花言葉の説明がされている。
「梅」・・独立、澄んだ心・・
一つの花に対して十以上の言葉が並んでいる。
色んな意味があるものだ。羅列された言葉は互い同士が無関係に思える。
「桜」・・純潔、恋に酔う、美人
これは香山さんの奥さんから聞いた。けれど少し違う。
「水仙」・・うぬぼれ、自己愛
「水仙」(黄色)・・気高さ
「水仙」(白色)・・高貴な美人、飾らない心
同じ花でも色によって異なるものなの?
「菜の花」・・恋、歓迎
藤の花は?
頁をアイウエオ順に繰っていく。
あった!
「藤の花」・・一番最初に書いてあった言葉、それは・・
・・「外国人を歓迎する」・・
その次に「あなたを歓迎します」他に「女性の美」と書かれてある。
「外国人を歓迎」「あなたを迎える」・・
まさか、それって・・
胸の高鳴りを抑えきれずにその理由を続けて読む。
藤の花は古く平安時代より女性の美に例えられてきた。
藤棚に揺れる藤の花は女性の着物の袖の揺らぎに似ているとされ、「和」の美の象徴とも言われた。
その事もあって外国人に日本の「和の美」を伝える花の象徴となったらしい。
そして、藤棚を家の入り口に置いていると「あなたを歓迎します」という意味になる。
それが藤の花の花言葉の由来だ。
これは何かの偶然だろうか?
由希子さまは離婚後も別れた夫が家に来るのを待っていたのだろうか?
元夫であるヒルトマン氏はおそらく花言葉までは知らないだろう。
この事典がこの部屋にあったということは由希子さまは花言葉を知っていて、ご実家に藤棚を作った可能性はあるかもしれない。
そこで私はある人の言葉を思い出した。
庭師の上田さんの言った言葉だ。
「なんでまた、桜の木を入り口の方なんかに植えて・・どうせやったら、このテラスの前に植えとったら、花見ができるのに・・」と確かに上田さんは言っていた。
庭に通じる小道の両脇に桜の木を植えたのはヒルトマンさまの指示だ。
ヒルトマンさまの方も別れた妻を再び迎え入れる用意があった、ということだったのだろうか?
それではまるで元恋人がいつか来てくれるように願って大邸宅を近くに建てた、あの小説のギャツビーと同じではないか・・
けれど亡くなったヒルトマンさまの心は確かめようもない。
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