第20話 今年の授業参観①
そして、今日、四年生の秋の授業参観日。
三年生の時と大きく違うことが二つある。
一つは恭子さまの父親である長田ヒルトマン氏がこの世にもうおられないということ。
二つ目はここは東京ではなく神戸だということ。
今日の参観日の授業は三年生の時のような作文などではないことに少しホッとしている。
教師が「じゃあ、みんな、机を並べ替えて!」と号令をかけると普通に並べられていた机を生徒たちは教室の中に浮かべる島のように四つの机で一組になるように並べ替えだした。
これはグループ学習の体制だ。
父兄の前で机を並べ替えるところから始めるのも意味がある。
授業の内容は道徳の授業の一環みたいなもので一つの短い物語を読み、その主人公のとる行動が正しいか、間違っているかをグループで議論して発表し合うという内容だった。
この形式では恭子さまにアドバイスすることもできないし、予習のしようもない。
これは班分けしたグループで団体適応力また道徳なども養う授業だからだ。
班の中で話し合われた結果が答になる。
四人一組の班でみんなそれぞれ「私はこう思う」とか「僕は主人公は間違いやと思うで」などという声が飛び交っている。
恭子さまは?恭子さまの班の方を見る。
他のみんなと議論をされて?・・
何度目を凝らしても恭子さまは誰とも話してはいなかった。
恭子さまの班は教室の一番前だから生徒たちの声はよく聞こえない。
それでも断片的な言葉はわずかながら耳に届く。
「私たちが・・」「長田さんは・・」「私たちが」「大丈夫」「心配しなくて・・」「考えなくていい・・」「私たちが」「答えをだすから・・」
「私たちが」という他の生徒の言葉だけが何度も聞こえた。
恭子さまの声は一度も聞こえない。恭子さまはその合間合間に小さく頷いているだけだ。
全て繋ぎ合わせると私にはこう聞こえる。
「長田さんは考えなくていいよ。心配しなくても。私たちが相談し合って答を出すから」
私の推測は間違っているだろうか?
間違っていて欲しいと思うけれど、おそらく私の推測は当たっている。
「いいグループね」
同じ班の人たちは周りの人たちにそう思われて欲しいとでも思っているのだろうか。
話し合いが終わったのか恭子さまは小さく「ありがとう」と言っているように見えた。
恭子さまは他のクラスメイトとのコミュニケーションがとれていないし、恭子さまにはそうする気もない。
他の子たちも恭子さまとコミュニケーションをとる気など毛頭ない。
私はそれまで恭子さまは他の誰よりも綺麗で可愛く、他のみんなも憧れている羨望の的だと思っていた。
私の大きな勘違いだ。
私は恭子さまとテラスで語らったことを思い出していた。
恭子さまは漫画の本のことを知りたがっていた。
確か「魔法」とか「結婚」とかの単語を言われていた。あれは漫画を知りたいのではなく、クラスメイトの心を知りたかったのではないだろうか?
そして同じ興味の対象を持つことによりコミュニケーションをとることを考えていたのではないだろうか?
「さあて、二班は誰が発表するのかなあ?」
恭子さまの班が発表する番が回って来た。
物語の内容は、主人公の少年の親友がある日、他の子たちに虐められているのを見つけて、親友を助けるか、助けないか、という設問形式の話だ。
普通なら助けると思われるような話だが設定が少しひねってある。
この親友は遊んではいけない、と堅く学校から禁じられている場所で普段から遊んでいた。主人公はいつも親友に注意をしていたが、この親友は耳を貸さなかった。
それを見たクラスの子たちが虐めているのだ。しかも入ってはいけない場所だ。親にもきつく言われている。
親友を助けるのにはこの場所に入らなければならない。
入ることは学校の校則も親との約束も破ることになる。
この親友は主人公が何度忠告してもこの場所に入ることをやめなかった。ある意味、この親友は主人公を裏切っていたことになる。
結局、主人公は親友を助けなかった。
おそらくこの問題には正解というものはない。みんなに考えさせることに意味がある。
私の予想では「助ける」と言う人が7割、「助けない」と言う人が残りの3割だと推測する。
恭子さまが手を上げた。
「では長田さん、大きな声で発表するのよ」
恭子さまは小さく頷くとすっと立ち上がった。
水を打ったように教室が静まり返る。父兄席までが聞き耳を立てている。
「私は主人公のとった行動は正しいと思います・・」
恭子さまはなぜそう思うのかを語りだした。
班の他の子たちに言われたセリフを一字一句間違えることなく。
それは恭子さまが考えた言葉ではない。
恭子さまがどう思っているのか本当のところはわからない。
クラスの子にとっては恭子さまがどう思っているのかも関係ない。
おそらく恭子さまは反対の意見だと思う。私にはそれくらいはわかる。
恭子さまとは二、三年くらいのまだ短いつき合いだけれど、いつも心のお優しい恭子さまの心は私にはわかる。
心優しい恭子さまは愚痴も言わない、つらいことがあっても私に何も言わない。
だから班のみんなの意見にも反対しなかった。悪く言えば自分の意見を主張することができない。
もし私の想像通り、恭子さまの考えていたことが発表したのとは正反対の意見だとしたら、恭子さまはみんなの前で嘘をついた。いや、嘘をつかされたことになる。
恭子さまは発表を終えると静かに座った。
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