本日の講義内容

キム

本日の講義内容

 授業開始五分前。

 教室のドアを開けると、そこには誰もいなかった。

「あれ? なんで?」

 まさか、と思ってスマホを取り出し、メールを確認する。


『二〇一九年四月二十五日

 講師の都合により、二限を休講とする』


「ええ……休みじゃないですか……」

 誰もいない理由を知り、思わず肩を落とす。

 今日は一限がなかったから二限のために登校してきたが、こんなことなら午前は家でゆっくりと本を読んでいればよかった。

 そんな後悔をしながら私は誰もいない教室に入り、入り口とは対角の位置にある隅の席に座る。

 鞄から取り出したるは、本日発売のライトノベルだ。ついさっき生協の書店で購入してきたばかりで、今日の帰りにでも読もうと考えていたものだ。

 表紙をめくり、口絵を眺め、いざ、本の世界へと没入する。


 ……

 ……

 ……


 バンッ!


 思わず肩がビクン、と跳ね上がった。

 突然の物音に驚き、意識は物語から現実へと引き戻される。

 音がした方へ目をやると、一人の男の子が教室のドアを開け放ち肩で息をしていた。


「はあ……はあ……? 誰もいない?」


 おにぎり体操でも始めるのでは? などと古いネタを考えていると、彼と目があった。

「なあ、あんた。今日の授業は?」

 そう言って近づいてきた彼に、私は休講のお知らせメール無慈悲な事実を見せる。

「はあ!? 休講って、マジかー……遅刻になると思って急いで来たのに」

 スマホの時計を確認すると、本来の授業開始時刻から三十分が経とうとしていた。どのみち遅刻である。むしろ休講になったことに感謝するべきでは?

 そう考えながらスマホをしまいライトノベルを読み直そうとすると、彼からなあ、と話しかけられる。

「あんた、何読んでるの?」

「ライトノベルですよ」

「そんなことはこの授業を取ってる人なら誰でも知ってるだろ。なんたってライトノベルについて学ぶ講義なんだから。なんの作品か、って意味」

 休講となったこの授業ではライトノベルについて学ぶことがある。ライトノベルについて説明するなど、確かにであった。

 そういうことですか、と頷きながら、私は今読んでいる作品のタイトルを口にする。

「あれ? それってもう出てたの?」

「今日が発売日です」

「あーマジか。あとで買いに行ってこよ」

 ようやく会話に一区切りがつき、ライトノベルへと視線を落とす。

「ところでさあ」

「……なんですか?」

 まだ何かあるのかな? と思い、続く言葉を待っていると。


「その耳と尻尾は何?」


 そう言われて、咄嗟に頭へと手をやる。そこにはふさふさな狐耳が生えていた。

 体を捻り、背中を見る。そこにはもふもふな尻尾が生えていた。

 本山らのの、本来の姿である。

 恐らく先ほど、物音に驚いた時に出てしまったのだろう。

 普段は人間に化けているため耳も尻尾も隠れているが、ふとした拍子に現れてしまうことがある。まだまだ修行が足りない身……。

「その耳と尻尾。そしてラノベを読んでる。あんた、もしかして……」

 正体がバレると面倒だと思い、どう言い訳をするかと頭をフル回転させていると、彼は目を輝かせながらこう言った。


「バーチャルYouTuberの、本山らののファンか!?」


 へっ? と変な声が出てしまう。

 もしかして、私がそのであることに気づいてない?

「可愛いよな!? らのちゃんってさ。可愛らしい声と一生懸命さ。そしてなんと言ってもあの巨乳! 堪らないぜ!」

 そう言って彼は自分の世界に入り、語り始めた。

 というか、あの、これは一体何の羞恥プレイですか?

 本人が目の前にいることに気づかず語られる本山らのわたしへの愛は、授業のチャイムが鳴るまでの一時間、止まることはなかった。


 本日の講義内容――

 本山らのに対する愛。

 しっかり学ばせていただきました。

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