動き始める歴史
「プレイヤー様・・・、今更なのですがお名前をお聞きしても宜しいでしょう?」
「これはまたいきなりですね。」
ふむ、世間話をしに来たといった雰囲気ではないと思ったのですが、最初がこちらの名前を聞くことですか。
ふむ、彼女ならいいかもしれない?
「いえ、今まで誰もプレイヤー様のお名前を聞かない事は不思議だったのですが、状況が状況でしたので、中々お伺いすることが出来ず。」
「まー、そうだろうね。」
ここに来るまでの道中、主に話していたクリスタであれば、名前を聞くタイミングなどいくらでもあったとは思うがね。
「でも、その質問には答えられないんだよ。名前を忘れてしまってね。」
いやはやといったアクションを取り、如何にも困っていますといった雰囲気を纏う。
「そ、そうだったのですか。」
「そうなんだ、だからこちらから名前を言わなかったんだ。」
「皆はそれを察して、聞かなかったのでしょうか。」
「ん~、それはどうだろうか。流石にそれを察するというのは無理があると思うけど。」
なんだ、俺としては俺個人に興味が無いと仮定・・・、いや結論した訳だが。
「ですが、これから先もずっとプレイヤー様と御呼びし続けるというのは・・・、」
「それもそうだね。そこでだ、エルネスティーネ。なにか良さげな名前は無いかな?」
「良さげな・・・ですか。」
いきなり名前を忘れた相手の名前を決めろと言われても困るよな~。
「いきなりはさすがに厳しかったか。じゃ、この国でポピュラーな名前で何か咄嗟に思いつくのはあるかな?」
「そうですね。」
やや俯き視線を彷徨わせつつ考える。
「メアリ・ネルケ様でしょうか。先代のプレイヤー様のお名前で、百年以上前までこの王国を支えて下さった方です。一番最初に思いつくのはやはりこの方のお名前ですね。」
ふむ、語感からしてヨーロッパ方面の名前だと思うが、どの国かまでは解らないな~。聞いた話だと多分俺と同じような経緯でこの場所に来たんだろうけど。もう亡くなっているという話だしな。
それはそれとして、ヨーロッパ方面か~。ぱっと思いつくとものしては北欧神話・・・、確かノルン・ミトロジーだったか。それでいこう。
「ふむ、では今後はノルン・ネルケと名乗ることにしよう。先代のプレイヤーの姓を名乗ることは何か問題になるかな?」
「いえ、特に問題は無いかと。王国内でも数こそ少ないですが、ネルケを貴族名として登録している者はいますので。」
「では、明日以降何処かのタイミングでいきなり私の名を読んでみてください。」
「いきなりですか?」
訝しみながら聞き返してくる。
「ええ、そうです。ちょっとした悪戯心と言うものですよ。」
さて、どんな反応をするものかな?
「さて、それはそれとして、これが本題という訳ではないのでしょう?」
「はっ、私をネルケ様の騎士にして戴けないでしょうか?」
騎士か・・・。
「出会って間もない上に、この様な場所でいきなりと思われていると思います。なので、返答は落ち着いてからで構いませんので。」
ふ、我ながら単純だよな。名前を聞かれただけで良いかとか思うんだら。
「そうだな。いきなり騎士とするのは憚られる。なので従士という事で一つ貢献してみてくれないか?」
「はっ!喜んで!」
プレイヤーか・・・、この国の人達にとって、エルネスティーネにとってどれだけの期待を捧げられる存在なのだろうな。
「エルネスティーネ。貴方を私の従士として認めます。」
そして、お互いの間にパスの様な何かが繋がる感覚。
それは彼女も感じたのだろう。一瞬驚いたような表情を覗かせたが、その後すぐに頭を下げ。
「有難う御座います。」
こうして、このサピエ王国に於いて実に百年以上振りとなる、プレイヤーの影響下にある存在が誕生した瞬間であった。
次の日の朝、エルネスティーネは俺が言った通り、朝餉の支度が整えられる中で、俺の事をネルケ様と呼ぶが三人の騎士達は気にも留めなかった。
あー、これは予想以上に興味が無いのだと、彼女達の態度を見て急速に冷えていくのを感じた。
三人の騎士たちは相も変わらずプレイヤー様と呼んでくる。
それに比べベンヤミンを筆頭にした使用人達は、エルネスティーネが何気なく言った俺の名前を直後から言うようになった。
三人の騎士達があのような態度なのを考慮してかどうかは分からないが。
ん~・・・、これは単に彼女達だけの問題なのかな?
まっ、あの三人との付き合い方は考えないといけないか。
そんな事を思っている中、ベンヤミンと何やら話をしていたインガが近づいてきた。
周囲にいつもいる令嬢の騎士達が出立の準備を整える為、俺から少し離れている中、申し訳なさげな表情を隠す気配も見せずにだ。
「ネルケ様申し訳ありません。」
「何のことかな?」
さて、この後どうすのかな?
「今までネルケ様をずっとプレイヤー呼びしてしまった件です。」
「それに関しては、名前を呼んでくれる様になった皆さんに対しては特にないですよ。ただ、この後に及んでまで変わらない彼女達三人は少し距離を離したいところですね。」
「はい、それに関しましては、こちらで行います。」
「で、エルネルティーネをその代わりとは言っては何ですが、なるべく近くに置くようにして下さい。」
「分かりました。出来うる限り自然になるように手配いたします。」
「よろしく頼みます。」
インガ達メイド達は短い間だが、かなり優秀と思える所作を今まで見せてくれている。この辺りの差配に関しても、当の本人たちに気取られないように動いてくれるようだし。その辺りの事はお任せしましょう。
でだ、これでエルネスティーネと過ごす時間を増やすことが出来るようになった。
彼女とは色々と確認や試したいこともある。出来る限り時間を取れるようにしていきたいな。
とは言えだ、昨日何も問題が無かった行軍時の陣形を急に変えるようなことはせず、俺の護衛として周囲に四名の騎士、その周りを使用人達で警戒する形で進んでいる。
そして、しばらくするとこの森の境目が見てきた。
そこには明らかに植生が変わっている森の境目があり、ある一定のラインから先は全ての気がトレントという魔物だという話。
この辺りのトレントは光合成をして活動している為、余程の事が無い限りこちらを襲うことは無いそうだが、このトレントと共生している魔物等もいるらしい。
その中には、肉食の魔物もいる為プレイヤーの森を抜けた瞬間と言うのはかなり危険だという事だ。
この植生が変わる所から、メアリが配置したアーティファクトの影響がなくなる為、今まで抑制されていた能力が解放される。
だが、それは魔物も同様・・・と言うか、こちらは装備が碌に整えられない状態の為、プレイヤーの森を抜けた直後が最も危険と言う話だ。
一応こちら側も森を抜けてしまえば能力の使用が出来るようになるという話だが、その上でさえかなりの緊張を以ってして、この境界を跨ぐ必要があるという。
パッと見では見慣れない木々が立ち並んでいるとはいえ、静かな森に見える一風変わった見た目の森だが、ここからは俺の知識にとは何もかも違う森。
そう、空想上の物語に存在するような魔物が跋扈する場所。それを肝に銘じて先に進まなければならないだろう。
そして、ここから出れば俺も本格的にメニューウィンドウの力の使い方を習得しないといけないだろう。
このメニューウィンドウ、この山脈に囲われた地域を納めているサピエ王国の国教では、内なる神と呼ばれる神聖なものと捉えられており、この力はプレイヤーの影響下に無ければ、王国民は成長が滞ってしまう。
なので、俺が確保できたという実績は王国の貴族間のパワーバランスを揺るがすことになるだろう。
はー、さっき散々ベンヤミンに脅されたからだろう。柄にもなく色々と取り留めもなく考えを巡らせてしまっていたが、先頭のメイドが境界面から外に出る様だ。
そして目の前には、透明のやや青みのある透明な水とも空気とも言えない、何とも形容しがたい膜を通り抜ける彼女は、向こう側・・・プープルの森に出ると直ぐ様装備を自らのインベントリから取り出し装備した。
何とも最早、すごい光景だな。自動装備機能とは。歩いている間や、野営中に色々と話を聞いてはいたが、実際に目にすると中々に違和感バリバリの光景だ。
ボタン一つ、クリック一つで装備できるゲームの中の光景を、実際に目にするとこの様な事になるのかと驚きながら眺めていると、メイド達は全員プープルの森の側に出て装備を整え警戒態勢を整えていた。
そんな中インガが声を掛けてくる。
「ネルケ様今のところ特に問題が無いようです。私たちもこの森を出ます。宜しいでしょうか?」
「あ~、分った。さっきベンヤミンに散々脅されたから、何も起こらないで拍子抜けしている所ですがね。」
「それは失礼しました。ですが、このプレイヤーの森と比較して、プープルの森はかなりの危険を孕んでいます。警戒しすぎるという事は無いでしょう。」
メイド達が不思議な境界面の向こう側で警戒している中、インガとベンヤミンと軽く言葉を交わしながらプレイヤーの森から足を踏み出していく。
周囲を峻厳な山脈に囲われ、周囲から隔絶した環境下に置かれている国、サピエ王国。
この国は二百年以上の昔、リュンクスと呼ばれる種族との闘争の果てにこの地を平定した、ヒューマンとそれを導いた時のプレイヤーに依って興された国である。
国が興って百五十年余り、それまでサピエ王国を支え成長の礎となってきたプレイヤーが突如崩御して以来、このサピエ王国の住民の成長は停滞してしまった。
そんな中。実に百年以上振りにこの地に降り立ったプレイヤーが新たに紡ぎ出す物語はどんな物になるのだろうか。
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