野営

 道中五時間ほどの行程は何事もなく進むことが出来、今はあと数時間で日が傾く頃合い。

 俺達はプレイヤーの森という、魔物の発生が抑えられている場所で野営をするべく準備を行っている。

 とはいえ、その準備自体はメイド達の手により進められ、周辺の警戒はベンヤミンと騎士達にお任せ。俺自身は手持ち無沙汰に用意された簡易な椅子に座りながらそれを眺めるだけであった。

 隣にはインガが当然の如く控えている。メイド達が野営の準備を行っている間、周辺の警戒が緩まっている為、この一行の中でベンヤミンの次に戦闘力が高いメイド長が傍に居る形だ。

 そのインガがこんな森の中でもお構いなしに、

「紅茶は如何ですか?」

 と、聞いてきたので。

「そうですね。一杯貰えますか。」

 と返す。

 騎士達が背負ってきた荷物の中から、簡便な形ではあるか紅茶を楽しむための準備に必要な物を揃えると、見事な手並みで以って森の中のお茶会が開かれる。

 外で飲む紅茶はこれはまた格別の旨さではあるのだが。インガを筆頭にメイド達の能力の高さに驚かされるばかりである。

 そして、四名の騎士達と一緒に、日が傾き初め茜色に染まり始めた森を絵画に見立て、紅茶を楽しむのであった。

 館を出る前は、逃避行に近い形になるので、緊張の連続を強いられるものと思っていたのだが、現状非常に穏やかな時間を満喫していた。

 この事から解る通り、今ここに居る使用人たちの能力の高さは折り紙付きである。

 貴族令嬢の騎士様方をこの様な僻地に派遣する理由が垣間見えるというもの。

 そう、俺がこの地に来てから最初に出会った四名の騎士達は貴族だったのだ。

 ただ、この国では騎士になる貴族は、貴族名を捨てるのが慣習となっているらしい。もちろん一時的と先に言った通り、騎士としての実績を積み上げた後に、家督を継ぐという事も可能で、この時に貴族位を返還する形となるようだ。

 また家督を継がなくても貴族位の返還は可能だが。この場合次男や三男などが殆どである。である為に貴族位を降下して家を出る事になるのだが、これに掛かる費用はなかなかに高いらしい。

 この理由は単純だ。貴族を無暗矢鱈と増やさない為らしいのだが、実は相続の方が法外な費用を捻出しないといけらしい。その額一億ウィン、大金貨一枚だ。

 降下や叙爵の最低限必要な費用が、貴族名と紋章の登録に二百ウィンという事を考えるとかなり高い。

 というか、領地を持っていない貴族では払うことが不可能な金額である。

 基本的に代々続いている貴族の家と言うのは、この国・・・サピエ王国では領地持ちという事になる。

 なので、ほとんど貴族は一代限りの貴族となっているようだ。

 サピエ王国ではこのような方法で貴族の家が増えることを抑制しているようだ。

 ただ、その代わりに領地を持たない貴族がかなり多いという話であり、この事を知っている各貴族家はたとえ資金に余裕があったとしても、家格が高くないとよほどのことが無い限り家の相続をしないという。

 このような話を、野営の準備が済む間クリスタ達貴族令嬢の騎士達としていたら、準備が整ったようだ。

 視界の隅で見えてはいたが、かなり手際が良い。

 ピンと張られたテントとその周囲に張り巡らせた糸と木の板を使用した警戒網。

「スキルが使用できないためにかなり簡便な物となってしまいます」

 などと、インガは言っているが。

 俺の感覚からすれば十二分だ。スキルが有った時どこまでできるのか、否が応でも期待が高まるほどである。


 夜の帳が落ち、夕食として食べた厚パンと呼ばれるトウモロコシと小麦粉から作ったパンと燻した肉と、付けた野菜を食べ終え俺様に張られたテントで寛いでいると、外で控えていたベンヤミンから、

「エルネスティーネ様がお話があると申しております。」

 と声が掛る。

 何だろうかと思いながら、

「通して良いよ。」

 と返事を返すと。テントの幕を捲りながら、

「失礼します。」

 と、言いつつテント内に入ってくるエルネスティーネの後ろに、やや距離を放そうと歩みを進ませ遠のくベンヤミン後ろ姿が見えた。

 テントという布一枚隔てた防音など人欠片も考慮されていないこの状況に対する配慮だろう。それでも、一定以上離れないようにしている様だが。

 そんなベンヤミンの気遣いを見ていると、テント内に入ってきたエルネスティーネは幕を持ち上げるために上げていた腕を下ろす。

 道中こちらを襲った賊を殺して以降、顔色が悪かった騎士たちは時間の経過とともに落ち着きを取り戻していったのだが、このエルネスティーネだけは、顔色こそ戻ったもののずっと何か悩む仕草を取っていたのだ。

 さて、彼女の抱える悩みを解決することが出来るのか否か。どちらにせよまずはしっかりと話を聞かないといけないな。

 

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