第2話

あるささやかな村では、それが、ことに顕著(けんちょ)に現れている。


それもそのはず。なんといっても、この村は、世界の紛争地帯の、その真っ只中に位置していたのだから。


一見のどかに見える青い空。そんな空から、時をあけずに烈火の雨が、おどろおどろと終日(ひねもす)降り廻(めぐ)りて、‪一時‬(いちどき)に、この村を灼熱(しゃくねつ)地獄と化した。


この無情の雨は、--蓋(けだ)し悪魔の所業を彷彿(ほうふつ)とさせるこの冷酷な空爆は、かけがえのない子どもたちの尊い命を、不条理のうちに、否応(いやおう)なしに奪っていった。


しかも、こうした現実の救いなさが、のべつ繰り返されるものだから、その上、それを手をこまねいて、呆然と見守るしか他に仕方がなかったから、子を持つ親でなくとも、実に身につまされる話であった。


「どうして、このような非道な仕打ちをお許しになるのですか、--カミサマ」


上空から、この村を俯瞰(ふかん)すると、ひとりの男が、四十格好(かっこう)の子を持つ親とおぼしき男が、天を恨(うら)めしそうに睨(にら)みながら、このように不運をかこつのが、見えた。


こうして、親が、わが子をいつくしむ様相、--それは、人の親なら、当為の姿であろうと、これまでずっと、この地球(ほし)の住人で疑う者はだれもなかった。然(しか)るに、近ごろ、これが、どうも怪しいというから、なんともやりきれない。


なにせ、今どきの親の中には、わが子をいつくしむどころか、むしろ虐待(ぎゃくたい)して意に介さないという心無い者が少なからずいるのだから。


それに対して、この地球(ほし)には、こんな生き物も存在している。それは、たとえば子孫を絶やすまいと、自らの体にムチ打ちながら、冷たい水の中を遡上(そじょう)してゆく、そんな健気な生き物だって。それを思えば、わたしたちは、「きみたち人間は、いったい、なにをやらかしてるんだい」と、こう彼らから揶揄されたところで、ひとことも弁明できまい。


ことにそうした例を挙げるまでもなかろう。生き物にとって、子どもらは、種の保存という見地からも、かけがえのない存在なのである。というのに、不条理な戦争どころか、こんなところにも、あさましい現実がまかり通っている。


これを見て思うのは、総じて大人は、一度立ち止まって、昔日の自らを振り返ってみてはどうかということだ。たとえば、そう、かつてわたしたちも、無力で、いたいけな子どもだったということや、或いは、かつて大人たちの放埓(ほうらつ)を冷(さ)めた眼で眺めながら、つまらなそうに笑っていたあの日の自分がいたことなどを。


一方で、この物語の主人公は、いたって子煩悩な父親である。彼は、だから、いとおしい我が子の行く末を案じると、心中穏やかでいられない。そんなとき、彼は、くずおれるようにして大地にひざまずくと、胸の前で手を組み、天空を見上げながら、このように祈るのを今は日課にしている。


「カミサマ、もうこれ以上の業腹(ごうはら)な仕打ちは、堪忍してくださいませ。わたしの、いや、今、この村に生き残っている子どもたちの、そのみなの命をなんとかお守りくださいますよう、なにとぞ、なにとぞ、よろしくお願い致します」

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子どもたちの願い事 吉田文平 @sokotumono

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