第15話 飴玉と少女

前回のあらすじ。

瓦礫で溢れる地下室でユウヒの血を吸いながら、ナシロは自分にとっての高質な血液とは何かを知る。

信念を通し、どうあっても手が届かない者の血こそ欲してしまう。

高質な血を摂取した吸血鬼はより深く進化する。ナシロの身体に今までにないほど力が漲る。

吸血を終えた二人は、同じく二人のギュンターたちと対峙した。

そして、ユウヒはパペットを呼び出すのだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 地下に充満した粉塵が足元に層を作る頃には、いくらか視界がとおっていた。


「なるほど、困った。これもまさか計算づくかい?」


 ギュンターは笑う。少しも困ってなさそうに。

 この場にいるのはナシロとユウヒ。そしてギュンターとギュンター。

 そのうち、片方のギュンターの身体にノイズが走っていた。まだ滞留している粉塵が、ギュンターの体内を通過している。

 ノイズの隙間をよく見ると、身体の中心になにかが飛び浮かんでいるとわかる。ナシロは口をひらいて、すでに知っている知識を確認するため息を吸った。


「お前のパペットは一匹の蝶。蝶は自身の周りに鱗粉で外殻を作って、ギュンターそっくりの偽者を作り出すんだ」


「偽者とは心外だ、実体もある。鱗粉を集中させればね」


 偽者の胸の中心には眼に痛いほど鮮やかな四枚羽をもつ、青い蝶が飛んでいた。

 言い当てられた程度では動揺すらみせず、ギュンターは蝶に指令をくだす。すると中心にいる蝶はバサバサと大きく羽ばたく。

 追加された鱗粉が偽者の右手に集中すると、百キロはある床の破片をその手で拾い上げてみせた。


「私の本体を割り出すにはいい手だ。粉塵を透過させないためには全身に鱗粉をまわさなくてはいけない。全身にまわしてしまうと、部分的には薄くなる。……どこかから、私の情報でも聞いていたのかな?」


 鱗粉の濃度によって偽者の出せる力は変わるのかもしれない。

 破片を投げ捨てたあと、全身に満遍なく鱗粉は回った。粉塵は透過しなくなりノイズも消えてしまう。

 ユウヒが口を寄せてきた。


「服に穴がある方が本物よ。まだ気付いてない。それまでなら見分けになる」


 先ほどノイズが走ったのは、服に穴があいてないギュンターだった。


「捕まったときにアイツの身体に……聖呪器を刺した。致命傷にはならなかったけど」


 奥の手でもあった聖呪器は狙い通りの効果を発揮しなかった。

 ユウヒが聖呪器で刺したのは偽者ではなく、紛れもなく本物の六位だった。


「パペット。本物に糸をつけて目印を作れ」


 耳打ちされ、白蜘蛛に指令を下した。


――――…………パペット?


「もういいかな? 君たちの毒抜きもしないといけない」


 疑問を吹き散らすようにギュンターがねだるような声をだす。

 毒抜き。それは聖水を抜く作業を指しているのだろう。


「味は大事だ! 聖水が混ざった血は飲むには雑身が強すぎる。しっかり抜かないと完全に味わうことができない。前に一度、知らずそのまま飲んでしまったときは、後悔したものさ」


 飲んでも毒で死にはしないけどね。そう付け足して、ギュンターは自身の服にあいた穴を指差す。

 目印に気付いていたのだ。そのうえで、余裕からか偽者の服に偽装の穴をつくろうとはしない。服も鱗粉で作られているなら偽装くらい簡単なはずなのに。


「味わえる余裕があると思う? 死んでから後悔しなさい」


 挑発を返すユウヒの横で。

 ナシロは冷や汗をかいていた。


「ゆ、ユウヒさん」


「なにアンタ、まさかいまさら怖気づいたの? ……たかがギュンター二人、私たちなら、行けるでしょ」


 彼女は気恥ずかしそうにして背中を向けてくる。

 まるで後ろは任せたと、信頼を示すかのようだった。

 あれだけ拒絶していたユウヒが見せた気持ちは痛いほど嬉しい。だがナシロの懸念はそこではなかった。


「――――ない」


 聞き取れないほど小さく、怒られる子供の声を出す。


「なにが」


「パペットが命令を聞かない。――動こうとしない」


 白蜘蛛はナシロの命令を受けても、聴こえていないかのようにぴくりともしなかった。


「……笑える冗談だと思うけど、でも場所を選んで言いなさいよ」


「……たぶん、道具屋がいっていた混血の変化がいま、起きた」


 道具屋と交渉をした日に、あの幼い少女は不穏な言葉を残していった。

 いわく。『混血の進化は、完全と不完全が同じ歩幅でやってくる』

 パペットはいかなる状況であろうと所有者の命令を絶対に遵守する。それは所有者の半身であるからで、身体を動かすように、所有者はパペットを動かせる。

 だがもし仮に、遵守しない結果となったなら、それはいかなる状況からも外れた異常事態に他ならない。

 考えられる原因は、ひとつしかなかった。


「『不完全』がここで来た。僕はパペットを使えない」


 きっかけは、短期間で二度の吸血をしたことによる急速な進化だろう。

 肉体が完全に近づいたために、不完全も同じように近づいてきた。

 ギュンターに悟られないように表情を取り繕うので精一杯だった。ユウヒは切るようなため息をひとつ吐き、


「冗談でしょ……」


 喉を鳴らした。

 再度、ナシロはパペットに指示を下す。……変わらず、パペットは動こうとしなかった。


――――これが道具屋のいっていた不完全なら、パペットは使えないと考えたほうがいい。


 なぜ気付けなかったのか。思えばマルセルという純血と戦ったときからパペットの様子はおかしかった。あのときもユウヒの血を飲んだ直後だった。

 いつ回復するかもわからない。そもそも、回復するのかすら……。

 パペットが使えないということは、吸血鬼としての選択肢の大部分が消失するということを意味していた。


「ユウヒさんッ」


 ユウヒは聖呪器の短剣ナイフを取りだす。

 ナシロも、武器を調達することはできた。


――――子蜘蛛はまだ言うことを聞いてくれる。


 一階を崩落させるときに出したままだった一番目の子蜘蛛はぎこちなくとも動きを見せた。二体あわせても、本体に比べれば紡げる糸の量は遥かにすくない。

 辛うじてギリギリ一本の槍を作りだすことはできたが、代償に、一番目の子蜘蛛は二体とも消えていてしまう。限界まで糸を放出したことで一時的に消えてしまった。


――――本体が指示を聞かない以上、もう子蜘蛛は出せない。武器も一本だけ。


 マルセルと呼ばれた純血を仕留めたときに使った、くちばしの様に先端が三又に分かれた白い槍。当然、聖呪器のような毒はない。

 対して……。


「君と私はどこか、似ているね」


 鱗粉の一部が、本物のギュンターの手元に集まっていく。


「吸血鬼の戦いらしく、なってきただろう?」


 図らずもそれは、現状へのなによりの皮肉。

 偽者から離れた鱗粉は、細く鋭い刺突武器(レイピア)となって本物のギュンターは手に納まった。

 横目でユウヒを見ると、彼女は真っ青な顔をしている。極度の緊張と吸血だけではない。ナシロとの経験を経てもまだ、彼女は他者を傷つけることに慣れていない。

 ディアーナを殺した経験がトラウマとなって彼女の身体に染み込んでいる。しかし現状を打破できる可能性は、無常にもユウヒが握る一振りの聖呪器のみ。

 ユウヒの短剣型の聖呪器は、毒を抑えるセーフティーが外されている。二度の吸血を経たナシロでは握っただけで手が焼ける。


「私がやる」


 ナシロの視線の意味を聞かずとも悟り、ユウヒは短剣を強く順手で握り込んだ。

 汗がにじむ手で握られた短剣の刃先は、ちいさく小刻みに揺れていた。


「ほら行くよ」


 偽者が動く。無手の偽者は宿主と同じ姿で、同じく不気味な笑みを貼り付ける。

 ユウヒを追い越し、ナシロが槍を振るい偽者の手刀を受け止めた。

 敵の武器はただの手刀ではない。

 全身が鱗粉で構成されている偽者は手の先を薄く伸ばし、紙のような厚みの鋭利な刃に変えていた。

 糸槍と鱗粉、共に異質な材質の武器が重なる。

 打ち鳴らされたのは、高らかな金属音だった。


「アンタは動かないつもり?」


「私の好みは教えたはずだよカネシロ・ユウヒ。困難を乗り越えた者たちに流れる血液こそ、私にとって最高質の糧になる! こうまで戦える混血は見たことがない。どこまでいけるのか、興味もそそられるというものさ」


「なら好都合」


 ユウヒの横で控えていたイッカクのパペットが額に生える角を上げた。

 パペットの多くは自然に存在する生物と似た形をとる。ユウヒが従えるイッカクも例外ではない。

 まだら模様の皮膚に、アザラシに似た風貌、角のような黄土色の牙が一本生えている。

 イッカクは悠然と空を泳いだ。


「自分のパペットが死ぬところを見物してなさい、いくわよパペット!」


 ユウヒが鬨の声を上げる。


「主よ、二対一になってしまったよ!? ……っと、危ないな少年!」


 気が逸れたときを狙ったナシロの槍は、偽者の手刀に受け止められた。

 槍の白と、鱗粉の黄金色がぶつかった。

 ナシロは続けざまに槍で手刀を跳ね上げ、胴体に槍の石突を突き込んだ。

 ホコリのように鱗粉を散らしながら、蝶は後ろへとバックスッテップを踏んで離れていった。


「ごほごほっ、てすればいいかな?」


 偽者はわざとらしく腹を押さえて咳き込んだ。


「凄いと思わないいかい主? 一打もらってしまったよ」


「ほら、少年が君を見ているよ?」


 一言発するたび、にらみ合うユウヒの内で激情が膨らんでいくのが感じ取れる。


――――わかってるでしょユウヒさん。君が動くのはダメだ。


 言われずともわかっていると、どれだけ怒りを湛えてもユウヒは動こうとはしない。

 ユウヒが動かないことで、ギュンターも偽者の、ユウヒから意識を外せない。

 致命傷でなくても、ユウヒのもつ聖呪器が純血にとっては猛毒なことに変わりはない。

 ユウヒが切り札だとギュンターはわかっている。

 それこそ硬質な鱗粉でさえ、聖呪器なら切り裂けるだろう。


「ほら少年、右から行くよ。次は二本だ!」


 小手調べのつもりなのか、偽者は嬉しそうに二本に増やした手刀を振るう。

 触れれば両断される鋭利な手刀が嵐のように振り注ぐ。

 自分の身長よりやや短い槍がナシロの武器だ。

 槍の性質上、超接近戦はどうしても不利になる。必ず一定の距離を保たなければならない。

 後ろに下がろうとするナシロに対して、そんなことお構いなしに、偽者は絶えず距離をつめてきた。

 偽者の急所が中心に浮かぶ蝶なのは間違いない。いくら位階保有者のパペットといえど、

 槍で貫けば殺すことが出来る。そうなれば復活に数日かかるだろう。

 だからこそ敵も鱗粉で包みながら自分を守っている。蝶以外の部分はただの鱗粉。何百回と貫いたところで意味など欠片も生まれない。

 ならば、と。

 半身に構え、振り下ろされる手刀を最低限の動きで避ける。

 身体の軸をずらすようにする動きでは無傷とまではいかなかった。

 頬が切れ、目元に血飛沫が上がる。


「肉を切らせて骨を絶つというやつかい」


 避けることに回していた余力を、一点、攻めにつぎ込む。

 槍を両手で持ち直し、腰溜めに構える。

 穂先を胸に……。

 ガチン! と確かに偽者の胸に直撃した。


「私の全身は鱗粉で構成されているんだよ?手刀が君の槍を弾けるのならば、全身どこでも弾けるのが道理だろう? それこそ、胸元と手刀に同じ硬度にするくらいは、造作もない」


 私は全身が刃であり鎧なのだと偽者は続ける。


「手刀一本すら折れないのなら、君の武器が私の核には届くなんてありえない。――と、続けたかったのだけど、これはさすがに予想外だ……」


 確かにナシロの槍は弾かれた。

 だが胸にではない。

 手刀と同じ硬度を持つ胸を貫通した槍が、体内から背中を叩いていた。

 先ほど切られた頬の傷は、すでに塞がっている。


――――たしかに自分のパペットすら動かせないのが現状だ。だけど。


「ユウヒさんの血を吸うたびに僕の肉体は進化している。すぐに手刀もへし折ってやる」


 今ならばマルセルという純血とも、真っ向から渡り合える自信があった。

 鱗粉で槍の軌道を逸らされたことで蝶を貫くことこそ叶わなかったが、防御を捨てれば一撃は届くと知った。

 防ぎきれず傷を負おうとも、それこそユウヒの血が治してくれる。


「次は当てる」


 ひくっと、器用にも偽者の顔がひきつった。


「ずるいな少年、やはりつまみ食いをしていたのか」


 塞がれていくナシロの傷口を見て、ギュンターは初めて表情を歪めた。


「屋敷の部下を失ってまで私は待ったというのに、君が先んじて食べるとはどういうことだ? 私の晩餐なのに、少しだって奪われたくはなかったのに!!」


 苛立ちを見せ、ついにギュンター本人が前に出た。

 二体――否、ユウヒ一人ではギュンターの相手は難しい。二体一以下。


「どうしたのカネシロ・ユウヒ。そのパペットはこけおどしかい? 君のご両親は最期、私に挑みかかってみせたよ?」


「あ、ああ。その通りさカネシロ・ユウヒ。止めを刺したのは、パペットである私なんだよ?」


 対峙しながらユウヒに語りかける余裕すら見せる。

 ユウヒは必死に耐えていた。

 まだなの。そう、声に出さずに問いかけてくる。

 次巻が無いのはナシロも同じだ。槍が徐々にほつれていることに、気付いていた。糸が少しずつ寸断されていたのだ。


「ほら少年、武器の替えを用意しないと。私の腕に斬られてしまうよッ?」


「……パペット、そろそろ私もお腹が空いたよ」


「――了解」


 突き込まれた手刀を、槍を横にして受け止める。

 だが手刀は槍を避けるようにして、尖端が二股に分かれて伸びた。

 そしてあっさりと、


「……ぁっ?」


 ずぶり、硬質な鱗粉がナシロと胸と肩、二箇所に突き刺さった。

 本体にひかれるように偽者の笑みを消していた。


――――本気になった……っ。


 位階保有者第六位・ギュンターゼクストが数百年、この地位に辿り着くまで共に戦い続けたパペット。その真価が発揮されようとしていた。


「ほら、だから替えを用意しないとって言ったでしょう?」


 ぬめり気のある水音を立て手刀は抜かれる。傷口から血が溢れ出す。


「ッ!」


 背後で弾かれたようにユウヒは周囲に視線を飛ばした。


――――足りないか……?


 ずっと待っていた。条件が揃うにはまだ少ない。

 完成間近。しかし、


「ユウヒさん!」


「やるわよッ!」


 ナシロは跳んだ。

 直線、瓦礫に顔が触れるほど前傾にして駆ける。

 直線の進路上では偽者が構えている。


「賢明だね。先に一人でも倒そうというのかい?」


 余裕を浮かべる偽者を無視して、槍を浅く持ち直す。

 先ほどのように腰ダメではない。握るのは槍の端、石突に近い位置。

 石突からは一本、細い糸が伸びていた。

 偽者は刃にした腕を交差して、飛び込むナシロを両断するために構えを取る。


「腕くらいは切り落とさせてもらおうか。大丈夫、君は止血が出来るから!」


 間合いに入ったと同時、一方の手刀が掬い上げられた。

 手形は確実にナシロの片腕は落とす軌道に乗っていた。

 ユウヒを注視して、ギュンターも動くことをやめていた。

 そしてユウヒは、じっと眼を瞑っている。

 祈るような姿は、意識をどこか遠くへ集中させているかのようだった。

 激しく戦闘を続けたことで、いつのまにか積もっていた粉塵が再び霧のように舞っている。


「気付くのが遅いのよ」


 切りあいの中で、ナシロには意識していたことがひとつだけあった。

 大振りで槍を回し、激しく動き回ること。

 積もってしまっていた粉塵を再び舞い上げるために。

 濃霧のような粉塵を裂いて一本の角が浮き出てきた。

 それは、生物学で縛るのならば角ではなく、牙である。

 海の下、潜み続けるもう一体のパペットのキバ。


「ただのパペットで何ができる!」


 パペットは固有能力を持つ。イッカクが唸ると、キバの先端が――電気を帯びた。


パペット!」


「遅いのよッ!」


 極度の集中により息をきらせたユウヒが頬に汗を流して笑う。

 背後から迫るイッカクに偽者の意識に向けられたとき、一コンマの隙が生まれた。


「ッ!」


 狙い澄まされた槍が蝶の胸、中央。核であるパペットが潜む位置を突く。

 蝶を守る役目も持った鱗粉の身体も貫いて、槍の穂先が沈みこむ。


「遅くは、無いね。カネシロ・ユウヒ」


 刺した穂先は、空ぶったような感触を運んだ。

 たしかに穂先は沈んでいるのに。

 またしても、槍の先に核は無い。


「当たらないよ。惜しい、体内のわたしは、中心にいなくとも成り立つのだから」


 鱗粉が舞い飛ぶ。蝶は敵の右肩へと移動していた。

 背後から迫っていたイッカクが角をずらすが、足りない。角は胸の上部を貫通した。


「それで終わりなら、いよいよ食事の時間だね」


 身体に槍と角を刺されても、核である蝶が無傷なために偽者は肩をすくめるだけだった。

 ナシロは応えるように、槍の石突から伸びていた糸を引く。

 そして素早く身を翻すと、転進し、逃げだした。

 途中でユウヒを拾い上げ、まだひたすらに逃げていく。

 糸で編まれていた槍が、しゅるしゅるとほどけていく。尖端はいまだ偽者の体内に納まっていた。

 イッカクの角は帯電していた。


「アンタの身体のなかに何が入っているか考えたらどう?」


 それはもう嬉しそうに、ユウヒは声をうわずらせる。

 これまでの鬱憤を晴らすつもりか、相貌を大きく緩ませて、誇るように笑ってみせる。


「だから遅いって言ってんのよ、気付いたときにはもう取り出せない!!」


 槍の中に包まれていた白い塊が、徐々に姿を見せ始める。

 塊はやわらかい紙粘土に似ている。その中央には分解したボールペンの部品のようなものが突き刺さってる。

 紙粘土はプラスチック爆薬。

 挿されているのは。


「それっ、電気雷管って、いうんだって」


 改めて、雷管は爆薬に突き立っている。

 プラスチック爆薬を起爆するための雷管は、微弱な電気で作動する。

 そして、


「やりなさい、パペット!!」


 抱えたユウヒごと身を伏せ、混血の片翼をバリケードのように展開した。


「これは……」


「耳を塞いで口をあけて!!」


 翼のバリケードから身を乗り出すように指をさすユウヒを無理やり引っ込める。 

 槍とイッカクが重荷となって偽者は動けない。

 偽者の体内で、眼を焼くほどの閃光が生まれた。

 一階を崩落させた、抱えるほど太い支柱さえ一発でへし折ることのできる爆薬。

 道具屋謹製の異様な威力の爆薬は敵の言葉を呑み込んで、偽者の体内で炸裂する。

 輝きが粉塵を壁際まで吹き飛ばし、


「よし、よし! どんなもんよ!!」


 キーンという耳鳴りが酷すぎて何を言っているのかナシロにはわからないが、煙の中で彼女が狂喜しているのだけは見て取れた。


「至近距離で爆風を受けた。対策も、……出来なかったはず」


 轟音と身体を焦がすような爆風が展開していた片翼を叩いた。

 衝撃は大穴があいている天井を突き抜けて、屋敷全体を震わせる。

 蝶はもちろん、爆発寸前、ギュンター本人もイッカクの対処をすべく近寄っていた。

 広大な地下空間を支える太い支柱を破壊した爆薬だ。それを数十センチの超至近距離からもろに浴びた。偽者にいたっては身体の中で吹き飛んだ。


「少なくとも蝶は確実に殺せた」


 吸血鬼の翼は防御手段を兼ね、衝撃や多少の熱ならば容易に防いでみせる。限界まで離れたナシロの翼の表面ですら、ひりつく感覚を伝えてくる。

 仮にギュンターが同様の方法で防げたとしても、体内から攻撃された蝶に防ぐ手立てはない。

 道具屋から貰った爆弾は有線での起爆方式をとっていたため、槍に隠すには別の起爆方法が必要だった。そのためイッカクを犠牲にすることになったが、吸血鬼の戦闘力の半分以上を占めるパペットは奪えた。あとはギュンターの本体だけ。

 今のナシロなら、聖呪器をもつユウヒと組むことで位階保有者と渡り合える。

 ナシロは片翼をゆっくりと体内に仕舞いながら、抱きかかえていたユウヒを下ろした。


「あれって……」


「間違いない」


 凝らした視界に紙のようなものが映る。

 ひらひらと、虫羽の破片が落ちていく。



「君が言ったぞ、鱗粉はただの外殻だ」



 笛のような風切り音が聴こえた。

 ぽとりと、首元からなにかが落ちる。

 下を見ると、なぜだろう。血に汚れたお守りが落ちていた。


――――、いつ、落としたんだっけ……?


 首から提げていたはずなのに。


――――大事なんだ、幼馴染みに、カタカにもらったんだから……。


「し、しっかりしなさい!!」


 煙から声がした。ダメージなど微塵も感じさせない、ゆるやかな声。

 ばさりと、一瞬にして粉塵は取り払われる。

 現れたギュンターは、怪我ひとつ伺えない。

 それどころか、明らかに様相が、違っていた。


「パペットを潰すのは戦いの常道だ。私のパペットは確かに殺された。けれど一瞬こちらの命令が速かった。私のパペットの能力は鱗粉操作だけではない、死んだあとも恩恵を残す――いまの私の姿のように」


 飛散していた鱗粉がきらきらと輝きながらギュンターに集っていく。

 胸に手を当てたギュンターの衣服が別物に変わっていた。

 破れた衣服が鱗粉により補修されていく。さらに、材質すら変え、新たなものを作り出す。

 鱗粉はマントになっていた。長髪を括る髪留めになっていた。

 染みひとつ無い純白の白手袋に、華美なブーツに、腰に佩く刺突武器に。

 優美なる武装へと、きらきらと漂いながら、鱗粉はギュンターの全身装備へと姿を変えた。

 男は腕を振り、マントがはためく。


「カネシロ・ユウヒ。君はパペットの形がなにをもって決まるのか、知っているかい? 願望、強い感情、そして自己認識。――吸血鬼の多くは自分の血に縛られる。血脈、血筋。人吸種、鬼吸種、鱗吸種、獣吸種」


 装備はひとりでに蠢き細部を整えていく。


「鬼吸種に属する者のパペットは超常生物、鬼などの特徴に引かれ。獣吸種は哺乳類など、獣に引かれる。――そして人吸種、私も属するこの種は、パペットへの影響が極端に薄い。そのためパペットの形状や能力が、他の種に比べ、自由な形を取りやすい」


 装備は蠢くことを止めていた。男は大きく両腕を広げる。鱗粉で作られた装束を誇るように清々しく。


「驚いた、本当に驚いたよ。爆風を防ぐため鱗粉を纏った。そのせいでパペット本体はやられてしまった。――まさか、ここまでやられるとは」


 瓦礫を両手にもったギュンターは愛おしげに指で撫でてから、宙へと放る。

 ぶつかった瓦礫は砕けて混ざる。

 落ちたとき、もうどちらのものか判別できない瓦礫の群れは、その総量を増していた。


「蝶と私は混ざり合う、すべては倍に。久しぶりだが――これこそ私の戦い方だ」


 身体が動かないことに気付いてから、ナシロはやっと理解した。頚動脈を切られた、と。

 流れ出る血がゆっくりと瓦礫を浸す。

 血で汚れていく破片は、ちょうどナシロと同年代の少女のようで。

 熱を持った頭は思考を放棄する。

 破片に手を伸ばしたのは、きっと記憶に根差した感情のせい。

 そのとき、落ちたお守りから中身が転がり出る。球状のソレは道具屋すら用意できなかったものであり。尊厳であり、プライドであり、魂とも呼べる唯一無二。


「もうひとつの、飴玉……?」


 ナシロに寄り添うようにしていたユウヒは出てきたものに目を瞠る。

 そして、ギュンターも同じだった。鼻を鳴らして反応を示す。

 ただ出てきた言葉はユウヒとはまるで違う。

 確認するようにして、男はナシロを見つめて言った。


「その飴玉、スズイリ・カタカの香りがするね」 

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