第5話 感知器

 前回のあらすじ。

目的のために道具屋を探すナシロは後輩に見つかりつつも、どうにかユウヒとともに廃ビルに隠された道具屋の拠点に辿りつく。そこで待っていたのは、年端もいかない幼いひとりの少女だった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「…………この子が?」


 中学生よりも幼く見える。着る毛布をかぶる少女を前にしてユウヒは首をかしげた。


「そう、私こそが道具屋です」


 疑わしいと目を向けられて道具屋はにぇへへと笑う。ナシロも蜘蛛をとおして最初に知ったときはおどろいたものだ。

 ユウヒの怪訝な顔をみて満足したのか、どこか演技臭さが混じった身振りをおさめた道具屋は、その華奢な手足を揺らしながら身じろぎする。

 道具屋が根城とする十五畳ほどの一室は、奇妙な部屋だった。手前半分にものが散乱しているのに、奥の半分は綺麗に片付けられている。ちょうど境界線のように透明なビニールカーテンで部屋は区切られ、奥には無駄な物もほこりひとつすら無く、いくつもの整然と機械が並べられていた。

 奥はまぶしく照らされているが、入り口側であるこちらは薄暗い。昼と夜をひとつの部屋に押し込めたような空間は、人にも吸血鬼にも属さない彼女の特殊な立場をあらわしていた。

 まともな部屋ではなく、ここに来るまでの道順もまともではない。

 ユウヒも理解しているのだろう。疑いを捨て、ちいさく頷いていた。

 動きに合わせて、積まれたクッションがやわらかく落ちていく。


「道具屋、おおきな括りで錬金術師。ご入用のものを、人でも、吸血鬼でも、それ以外でも。対価しだいでお譲りします。お客様の身分、経歴はといません」


 同化するようにクッションに埋もれる幼い少女こそ位階殺しの鍵にして、得体のしれないブラックボックス。その言葉があらわすように、彼女の客には、純血もふくまれている。

 錬金術師という者たちの個人差は大きい。様々な道具の開発、および流通などを行う。種族もさまざまで陣営に属することは少なく、それぞれに掲げる目的がある。


「どうする~?」


 しかしどんな目的であろうとも、もし、彼女に対してなにか対応を間違えば、取り返しのつかない失敗へと転がっていくかもしれない。

 効きすぎている冷房が肌を締め付けた。


「ちょっと待って」


 突然、ユウヒが緊迫した声をあげた。恐々とふるえる手で道具屋を指差す。

 指された方は首を傾げる。パスローブ型の着る毛布がチラリと揺れた。


「なんであんた、その下なにも着てないの……?」


「………………にぇへへッ!」


「笑い事じゃないわよ!」


 おどろいたー、と笑って少女は両膝を立てる形で後ろに倒れた。露出した足首の隙間、暗い空間で危うい何かが見えそうになっていた。


「観察眼すごいねおねえさん。一瞬で看破したね」


「下着どこ!」


「どっか埋もれてるー」


 クッションを投げつけられナシロは後ろを向く。道具屋は気楽にわらう。

 ユウヒだけが鬼気迫る表情で物の山を掘りかえしていた。


「あった! ってこれあんた……」


「進化の過程、締め付けられるのきらいなの」


 背後、ナシロは知る由もないが、発掘されたパンツはサイドを紐で結ぶ布面積ちいさめのものだった。


「しかもなんでローライズなのよっ」


系統樹パンツツリー! そしていまが究極、最終形態!」


「おしり出しなさい」


 「いやだー」と叫びどたばたと暴れ回る道具屋をユウヒが追い掛け回す。重い空気は散り去っていた。

 ふぁさりとナシロの頭になにかが落ちる。背中に嫌な汗が流れた。


「――極力触れず、見もせずにそれを投げなさい」


 背後からの圧力に従うまま頭のものを手にとった。

 だが渡す直前に、道具屋がナシロの前に回りこんできた。


「こうすれば脱がせられまい」


 着る毛布を奪えば、その裸体をかくすものがなくなる。

 腰をふり、裾を揺らして、道具屋は勝ち誇る。


「あんたねえ……」


「そんなことよりおにいさん。手みせて」


 いうが早いか返答をきくまえに道具屋はナシロの手を取った。その際ちゃっかりと下着を自分のポケットに隠して。


「カメラでみてたけど、ふーむ、ふむふむ。……痺れる?」


「? いや」


「……やっぱり、さすが混血、なんともない」


 少女はちいさな手でナシロのつぼを探るように何度も握り、そのたびに心底興味深そうに口角をつりあげた。


「ここに来る前に非常階段のトビラがあったでしょ? おにいさんの触ったあのトビラはね、裏側に聖画イコンが彫ってあったんだ。不用意に純血が触ると腕が燃えるかぱーんってなるかしたはずだけど、なんともないね!」


 ――――ぱーん……。


「来るの、伝えてあったよね?」


「身分証明になるでしょ? 混血だって聞いてたし調べたけど、もしおにいさんが嘘ついてたら証明になる。でもこれで問題なし。今回のご用はなんですか?」


 手をはなされにっこりと笑いかけられる。愛想笑いをつくろうとして、乾いた笑いにしかならなかった。


「あっ」


「捕まえたわよ。来なさい」


「あー」


 連行されていく。しっかりポケットから下着も抜き出されていた。

 連れて行かれた方向をみないまま、ナシロは用件を告げる。


「事前に運ばせた手紙では書けなかったけど、聖水を二人分、用意してほしい」


「せいすい?」


「足動かさないっ、危ないっ」


 音がした。道具屋が転がった音だった。

 なにをやってるんだろうと思いながらも、見えないのでつづける。


「全部を終えて町を逃げ出すときと、感知機をやり過ごすのに必要な分を」


「感知機?」


 今度はユウヒの声。


「おや知らない? おねえさん、吸血鬼の死因第一位は他殺なんだよ。それでね、一番殺してるのは誰だと思う?」


「……錬金術師?」


「んーん。同属。吸血鬼をこの世で一番殺してるのは、ダントツで吸血鬼。位階の座席数の関係で彼らの種族は派閥争いが凄いんだ。そこで発達したのが、おにいさんの言う感知機なの」


 着替え終わった道具屋はビニールカーテンの向こうから、監視カメラのような物を持ってくる。それをナシロに向けた。

 似ているが普通のカメラではなった。映像にはっきりとナシロの姿が映ることはなく、熱探知サーモグラフィーのようにシルエットがぼんやりとした赤に染まって映し出される。


「ほら、ちょっと薄いけど赤く反応してるでしょ? これは同属を警戒した吸血鬼が、錬金術師に作らせた、吸血鬼を感知する機械なの」


 指紋のように個人によって反応は違う。同属か否かはもちろん、照合さえできれば映った吸血鬼が誰なのかの識別も可能となる。

 吸血鬼は一般的に人を見下す傾向がある。そのため人間を警戒する心は薄い。だが同属となれば、話は別だ。死因第一位。最も身近な容疑者。必然、吸血鬼の警戒は他種族には薄く、同属には濃く向けられていった。


「吸血鬼のお家や組織には普通の監視カメラは少ない。まずない。つけるってことは人を警戒することで、彼らとしては、それは恥ずかしいことらしいから」


「そう。その代わりに、吸血鬼の拠点にはもっと面倒くさいものがついているんだ」


 道具屋の声をナシロが引き継いだ。

 出入りを確認するため町の周り、市の周りにもどっさりと感知機は仕掛けられている。こちらに関しては、通常の監視カメラも多く設置されているが……。

 ともかくナシロ達が向かおうとしているのは、位階保有者が住むまさしく吸血鬼の根城で、もちろん感知機がある。普通に入れば気付かれてしまうだろう。


「それがあんたらの言う感知機……」


 なるほどね、またも下着を脱ごうとしていた道具屋を止めながらユウヒは頷いた。


「パンツくるしい」


「道徳の苦しさよ。我慢しなさい文明人」


「ひどい! ……それにおにいさんも、難しいこといってる」


「わかってる。聖水も聖なるもの全般も、作れる人は限られるし、そもそも単純所持禁止だ。でも君は聖画なんて物まで持ってた」


 もちろん非常階段の扉にあったという聖画も、所持禁止の物品にあたる。


「報酬も、君が気に入りそうな物は用意できている。貴重で、特に吸血鬼や、混血関連の物が好きなんだよね?」


「…………それって、そういう、いみー?」


 ゆらりと、幽鬼のように道具屋は首を揺らした。

 長い前髪が揺れる。隠れていた両の目の片方、鮮やかな紫色の瞳がじっと、ナシロを見つめてくる。


「そういう意味。僕に出来る限り、何でもするよ」


 にぃっと、道具屋は深く笑う。


「やった、報酬はそれでいいよっ」


 ちいさく何度も跳ねた。

 毛布の裾を踏んで転んだ。それでも笑い続けていた。転がって喜びを示した。


「混血の血、それも吸血経験のある混血の血なんてっ、すっっっごい貴重!」


「どういうこと? そこの混血は食事もするけど吸血も必要だって言ってたけど?」


 転がる道具屋を見ていたユウヒは、怪訝な顔をした。


「吸血鬼は血を吸わないと生きていけないんでしょ? なら貴重じゃないじゃない」


「ん~? 吸う人によるけど、血はとんでもなく美味しかったり、危ないお薬みたいだったり、あとは気持ちよかったりするんだって。でも、混血は血を吸うことを禁止されてるし、そもそも――」


「あっ」


「混血は血を吸わなくても生きていけるよ?」


「………………この、腐れ吸血鬼」


「ご、誤解だよ」


 道具屋の言葉を遮り、腕で首元を隠し、ユウヒが下がっていく。

 ナシロを見るその眼は心一杯の嫌悪感で満ちていた。


「あんた必須栄養素だって言ってたわよね。アレは多く吸いたいから……」


「一般的な吸血鬼は必須だねってことで変な意味で吸ったんじゃなくてね、吸うと強くなれるし、吸われた側もちょっとのあいだ強くなれるし、戦うのに必要だってことで、あの」


 必死に弁明するが、ただでさえ極めて微量だった信頼が、目に見えて減っていく。

 混血に眷属を作る力はないが、吸えば吸血鬼の部分が強化され、吸われた側も一時的に強くなれるという効果はある。……弊害として、吸われたふつうの人間も効果が持続するあいだは、感知機に見つかってしまう。

 ナシロがふたり分の聖水を要求したのはそれが理由だった。純血が飲めば内臓が焼けるだろうが、混血や人間ならば別だ。体内に入れた聖水が、感知されない程度まで反応をよわめてくれる。

 説明をしても完全に嫌悪が消えることはなかったが、どうにか体を隠していた腕だけは下ろされた。


「ま、まぁその話はもういいでしょ? 大事なことは別にあるでしょ?」


「露骨に話逸らしてんじゃないわよ」


「ねえ……おにいさんたち。相談なんだけど、もうひとつ報酬つけてくれない?」


「吊り上げるってこと?」


 ナシロがこっそり安堵の息を吐く横で、ユウヒが鋭くなった声で聞く。すると慌てて道具屋は首を振った。


「違うよ別のお返しも渡すし、おまけだってつけるからっ、ただ、おねえさんの血もほしいなぁっ……て?

 混血に吸血された人の血も、すんんんんんんごっく貴重だから」


 混血自体が多数と言えず、血を吸うことも禁止されている。

 ゆえに吸った方も吸われた方も、貴重で希少。まず手に入らない。

 おねがい! と声を上げる道具屋に、ナシロは言い淀む。

 三番目の子蜘蛛を使った調査の過程で道具屋が吸血鬼に興味があり、報酬としてナシロ自身の血や体の一部を欲しがるだろうとは予想していた。それで済むと思っていた。

 

――ユウヒさんまで及ぶのは。


「希少すぎる『飴玉』は無理でも、私が持ってる聖呪器プセマシリーズつけるからっ!」


「いいわよ」


 乗ったのはユウヒ本人。研ぎ澄まされた表情でなにか思案していた。

 ナシロが見ると、ユウヒは頷く。


「あんたに血を吸われて多少身体能力が上がっても、結局私は人間。弱すぎる。でも聖呪器があれば別でしょ。どんな物でも、あの武器は使える」


「…………わかった」


 反論の余地がないほど全くの正論だった。


「それじゃあっ?」


「約束。死なない程度に好きにして」


「うっ」


 道具屋は顔を伏せて、ぐっと身体をちぢめた。

 喜びが爆発する直前。


「やったぁー……あ?」

 

 それを遮る音がした。

 喜びが中断され、アラームが鳴り響く。室内に甲高い音が満ち、室内がモニターの色で真っ赤に染まる。

 飛び跳ねかけていた道具屋がすぐさまモニターに飛びついた。


「わ、お客さんみたい」

 

 切り替えられたモニターはどこかの路地を映していた。モニターを向けられユウヒの顔が固まり、見る見るうちに変化していく。映っていたのは、二十代ほどの男と女。


「アイツら……」


 憎悪が混じりこみ、ユウヒの息が荒くなる。

 男達には隠れる気もない。身分を隠す気もない。

 朝風に翻るのは白地のマントに青い翼の紋章。

 悠然と波打つのは見間違いようもない。ユウヒの仇である位階第六位の家紋だった。

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