第4話 廃ビルと道具屋

 前回のあらすじ。 

「道具屋」という人物に会うために筆談での通信が可能なナシロのパペットをバッグにつめて、ユウヒはひとりで目的の場所に向かっていた。

その道中、一組の姉妹を見かけたユウヒは姉妹にかつての自分と妹の姿を重ねるのだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ナシロが予定の場所についたときにはすでに待ち人の少女は噴水のヘリに座って待っていた。

 通称こうもり像。正式名称、天に昇る翼の像は噴水の横には添え物のように設置された、こうもりの翼部分だけを模した奇妙な像で、待っていたユウヒは噴水のふちに腰掛けながら嫌悪感丸出しの顔で像を見つめていた。

 遅れてきたナシロの服装も、ユウヒと似たり寄ったりだ。おなじようなバッグに、やや浅めに被った帽子。となりに腰掛けると、彼女も気付いたようだった。


「まだ少し歩くけど、ここまで変なのに会わなかった?」


「あからさまに変なのに会ってたら叫んでるわよ」


 今日は土曜日で平日に比べやや行きかう人は多いが、足を止める者はいない。

 待ち合わせ場所として有名な場所ではあるが、まだ昼にも届かず、待ち合わせ時刻としては早すぎる。急ぎ足で歩く人たちは、また別の目的地を目指しているのだろう。

 見ていても仕方ない。雑踏に紛れるため、ナシロは腰を上げた。


「先輩?」


 上げようと、した


「ウリハさん……?」


 ぎょっと身を固まらせ、恐る恐る声の発生元に顔を向ける。立っていたのは、びっくりしつつもうれしそうな顔をした、後輩であるウリハだった。


「やっぱり。ナシロ先輩、こんな時間から何やってるんですか?」


 固まるナシロの横で困ったのはユウヒも同じ。一体どういうリアクションを取ればいいのか。だが他人のふりをするには遅すぎた。

 ナシロの驚きと共にユウヒもまた、現れた少女を視線で追ってしまっていた。

 帽子のつばの下でユウヒとウリハの視線が重なる。


「えっと、先輩そちらの方は?」


「ぜんぜん知らない人。ちょっと道を聞かれてただけだから。他の町から来たらしくて」


 硬直から復帰したナシロは当たりまえのように嘘をつく。少々くるしい嘘でも、表情に出すことはしない。


「おかげさまで行けそうです。私はそろそろ行きますね?」


「あ、はい」


 驚いたことにユウヒも合わせて、優しい笑みを浮かべて一礼する。

 困惑したままのウリハがつられて頭をさげていた。


「それじゃあ、ありがとうございました」

 

 ユウヒはニコニコとやさしげな笑みで去っていく。


「先輩、さっきの……」


「ウリハさんこそこんな時間にどうしたの? お買い物?」


「違いますけど、えっと…………もしかして、彼女さん、でしたか?」


「ちがうちがう。ほんとうに道を聞かれただけだよ」


 手を振って、首も振る。精一杯無関係ですよと示しておく。

 ウリハは疑わしい半目を作ってナシロを見つめ、ちいさくなっていくユウヒのリュックを目で追っていた。

 そしてすっと小指を立てて、手を伸ばしてくる。


「ナシロせんぱい……」


 乞われたナシロはなにも言わずに指を絡める。

 指切りの形で数回揺さぶると、ウリハはやっと視線を緩めた。


「カタカ先輩が見たら、怒りますよ」


「カタカだったら、冷かすんじゃないかな」


 珍しく普段着の後輩は、ナシロの顔を下から覗き込んできた。カタカ。というのは二人の共通の知り合いの名だ。


「――わかりました。カタカ先輩に報告するのは、やめておいてあげます」


「うん、うん? ありがとう?」


 ――僕が悪いのか?


 そんな疑問を飲み込んで、ナシロはうーんと困ったように笑ってみせる。


「それでウリハさんはどうしたの? 買い物じゃないなら誰かの家?」


「ちがいます。いつもどおり組織に顔出しです。そもそも私、先輩以外に友達いません……」


「ごめん」


 さりげなく反応に困ることを言われた。純血の役目として組織に顔を出すのだろう。

 若干気まずげな空気が流れ、ウリハがもじもじと身をよじらせる。


「――謝らなくてもいいです。でも黙っている見返り、ってわけじゃないんですけど……」


 ウリハはあさっての方向を見てさらに言いよどむ。やたらとスカートの裾を握り込む。


「あとでその、一緒に遊びに行けないかな、と……。――あっ! もちろん下心とかないですからね!?」


「そんな心配してないけど。……僕でよかったら。今日は無理だけど近いうちに」


「ち、近いうち…………」


「うやむやにしないからっ」


 断る常套句だと思われたのかウリハは視線を泳がせる。


 ――どんな奴だと思ってるのか。


 理由はどうであれ特殊すぎる対人経験を積んでいるこの後輩の少女は、もう数年の付き合いになるにも関わらず、いまでもたまに自信なさげな様子を見せることがある。

 もう一度強くナシロが了承すると、ウリハは今度こそほっと息をつく。照れ笑いして、皺になった藍色のスカートを払っていた。


「ウリハさん、時間大丈夫?」


「そうでした、大丈夫じゃないです!」


 時間を確認し、ウリハは「それじゃあ」と走りだす。


「あの、約束」


「あとで連絡するね」


 足を止めて不安げに繰り返すウリハに笑いかけると、一転、花が咲いたようにへへへと大きく笑い、手を振って今度こそ駆けだしていく。


「まさかピンポイントで会うとは……」

 

 誰にも聞かれないように注意しながら思わず口から驚きが出た。

 当たりがいいのか悪いのか。後輩の運に驚きつつ、ウリハの姿が見えなくなったところでナシロはリュックに声をかける。

 すぐに『交差点先の郵便局』と紙が出てきた。

 子蜘蛛は消していない。

 離れてしまったユウヒに追いつくため、早足でナシロも雑踏に紛れていった。

 ユウヒに追いついてすぐ、彼女はズカズカと大またで歩いていってしまう。早足の彼女を追いながら、ナシロも小走りで人気のない道を進んだ。


「あんたに微塵の好意も親しみないけど、ああまで言われるとムカつくわね。ちょっと発見よ」


「あの場ではしょうがなかったというか、理由があるといいますか……」


「理由ね」


 肩越しに向けられた刺さる視線に肩身が小さくなっていく。それでも咄嗟の言い訳というわけではない。後輩であるウリハをユウヒから遠ざけたのには理由があった


「待ち合わせ前に言った、というか書いたでしょ。見られると困る相手がいるって。それがウリ――あの子でね」


「へぇ」


「あの子、吸血鬼の純血で、それも結構な純血でね」


「…………は?」


「純血は家の決まりとかしきたりで、吸血鬼の管理組織に入ったりするんだけど、あの子もそうで」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。え、純血?」


「うん。それであの子、懲罰部隊の所属だから」


 スパァンと音高く頭を叩かれた。


「懲罰部隊って、あんた、仕事!」


「うん。吸血鬼と敵対する奴らを懲罰する部署。ルール違反とかも」


「モロ私たちじゃないっ! なんでそんな奴と仲良くやってんのよ!?」


 音高くもういちど鳴った。


「前から仲良いから。通ってる学校の後輩で、避けたら変になる。それに良い子だよ」


「…………はっ、はぁーッ? 呆れた……」


 手で顔を覆いユウヒは空をあおぐ。もういいと首をふる。


「ごめんね……?」


 肩身の狭い思いをしながらしばらく歩いていると、やがて寂れた雑居ビルにたどりついた。

 汚れがモザイクを作る割れた自動ドアが入り口を塞いでいて、見るからにもう何年もひとの出入りがないような、三階建ての廃ビルだ。周りにある建物も似たようなもので、辺り一帯にひとの気配は皆無だった。


「……それでほんとにここにその道具屋って人がいるの? そいつネズミか何か?」


「純粋な人間の女の人だよ。ちょっと立場が特殊だけど」


 ナシロの探し当てた道具屋はいくつもの隠れ家を移動しながら過ごしている。今回の目的地であるビルもその内のひとつらしかった。

 メモ用紙を千切って三十桁の番号を記す。それを入り口上部にある一見壊れている監視カメラにみえるように掲げた。


「たった数日でそんな女の隠れ家探し当てるとか、ちょっと引くわね」


「…………」


 なんとも言えずにいると、壊れていたはずの自動ドアが滑らかに滑る。


「急いで入ろうっ」


 これ幸いとドアをくぐった。背に刺さるユウヒの視線は気付かないふりをして。

 屋内には割れたガラスに虫の死骸、設置されたカメラも全部壊れてみえるが、入り口のものと同様、あれも丁寧に細工が施され、そう装っているだけだろう。

 徹底して人の気配が遮断されたビルのなかをふたりが進むと、移動に合わせて順に蛍光灯が点灯していく。それに導かれ歩いた。

 砕けたタイルに注意しながら二階にあがり、案内された行き止まりは、非常階段の緑色。


「ここ、よね」


 怪訝なユウヒに先んじて、ナシロが非常トビラに手をかける。

 怖気が走った。


「――なにやってんのよ」


「このドアノブ、なんか気持ち悪い。ユウヒさん、下手にさわらないほうがいい」


なにか変な細工か。まるで本能的な嫌悪感が形を成したようだった。咄嗟に引いた手にも錯覚なのか、薄くしびれまで残っている。


「どいて」


「なにするの」


 いつの間にかユウヒの手には大きなコンクリート片が抱えられていた。


「こうするの……!」


 ドアノブに叩きつけられた次の瞬間、ドアノブがひしゃげて悲鳴を上げた。それだけじゃない、さらに彼女は思い切りドアを蹴破る。勢いよく開いた扉がぶつかり、建物中にど派手な金属音が鳴り響く。


「行くわよ。これでいいでしょ」


 ――こわい。


 ヘコんだ扉、垂れさがるドアノブ。恐れもなく堂々と入っていくユウヒの背に、頼もしさを感じながらナシロも続いた。

 トビラの先はまだ屋内であったが、極端に狭かった。一畳以下。電話ボックスほどの広さしかない。

 そして足元には電灯に照らされた下に続く深い縦穴と、はしごが浮かび上がっていた。


「非常階段に偽装された通路ってわけね」


「僕が先に行くよ」


「そ、上見たら蹴落とす」


 パンツルックなのに。そう思わないでもなかったが殺気に気圧され黙っておいた。

 冷たいはしごに掴まりながら恐らく十メートル以上、一階すら通り過ぎているはずの長さを経て、やっと足が地面をとらえる。


「ユウ――」


「見るな」


 顔を蹴られた。まだ途中だった。

 ナシロのかおを踏み台に着地したユウヒが、せわしなく首を振ってあたりを見渡した。


「痛い……」


「あれね」

 

 といってもまだ直線しかなく、廊下だ。

 その先、廊下の奥でとじられた扉のふちに沿って、うっすらと光が洩れでていた。頑丈そうな扉はいままであった壊れかけのものとはまるで違う。最新の素材、技術が使われていて鈍く光り輝いてた。

 カチリ。軽い音が鳴り、開錠されたと教えてくれる。


「……開けるよ」


 冷たいが、今度はドアノブに触れても怖気は走らなかった。

 ギィッと重い音が狭い廊下に木霊し、光の線が太く広くなっていく。


「いらっしゃい、おにいさんがた」


「――君が、『道具屋』だね」


 汚れ、物で溢れた部屋のなかにポツンと、長い髪をもつ幼い少女が座っていた。外のキツイ夏の日差しが嘘のように、室内は震えるほどきつく冷房が掛かっている。

 長い髪は物の散乱する床にまで垂れ、前髪が目元を隠し年齢を伺うことの邪魔をする。中学生、へたをすればもうすこし下にも見える。

 少女は一時期はやった着る毛布をまとい、両手を広げた。


「いかにもだよ。私こそ『道具屋』。いらっしゃいお二人さん」


 ひらひらと手を振る彼女は気の抜けた声をだす。唯一みえる口元が、楽しげにゆるく弧を描いていた。


「道具屋ってよんでね?」

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