満洲帝國

康徳十一年五月十五日宣布憲法

――――――――――

上諭

朕全満洲國人民の意思を体現したる帝國憲政の礎が定まるに至りたることを深く慶び、立法院の審議議決及参議府の諮詢を経たる帝國憲法を裁可し茲に之を宣布す。

朕及朕が継承者は將來此の憲法の條章に循ひ國家統治の大權を行使することを愆らざるべし。又朕は我が臣民の権利及財産の安全を貴重し及之を保護し此の憲法及法律の範圍内に於て其の享有を完全ならしむべきことを併せて誓言す。

帝國議會は康徳十二年を以て之を召集し議會開會の時を以て此の憲法をして有効ならしむるの期とすべし。

將來此の憲法の或る條章を改定するの必要なる時宜に至らば、朕及朕が継承者は發議の權を執り之を議會に付し、議會は此の憲法に定めたる要件に依り之を議決するの外朕が継承者及臣民は敢て之か紛更を試みることを得ざるべし。

朕が在廷の大臣は朕が爲に此の憲法を施行するの責に任すべく朕が現在及將來の臣民は此の憲法に對し永遠に從順の義務を負ふべし。


 御名御璽


  康徳十一年五月十五日


   國務総理大臣 李康正

   参議府議長  張景恵

   民政部大臣  臧式毅

   外交部大臣  謝介石

   軍政部大臣  邢士廉

   財政部大臣  于静遠

   司法部大臣  閻伝紱

   実業部大臣  張燕卿

   文教部大臣  盧元善

   交通部大臣  谷次亨


帝國憲法制定上奏文

我々、他民族からなる満洲國民は、王道楽土、五族協和、民本主義の思想を根幹とした憲法を上奏する栄誉に浴す。

大同元年四月一日の王道立國之要旨宣示の件は満洲國が王道楽土を建設せむが為建國せられたることを示す。此れ人類史上類を見ぬ壮大な建國思想なり。我等臣民一同一致協力して此の政治思想の実現に向け國家の建設に邁進す。

又同じく建國主旨宣示の件は五族協和を旨とす。漢族、滿族、蒙族及日本、朝鮮の各族を示す外他國の満洲國住民も含有す。今制憲の時宜に至り、五族の字義世界人類一般に此の字義を拡張し、帝國臣民の他世界人類一般と平和的協調の精神を以て友好善隣関係を構築すべく外交活動を強固のものとすべし。

國家統治の大権は皇帝に帰し、國家運営は國民の代表者に依り行ひ、國家利益は國民全体が之を享受す。此れ民本主義の原則にして、王道楽土五族協和の精神を基礎としたる憲法を我等は遵守すべき事を厳粛に宣言す。



第一章 皇帝

第一條 滿洲帝國は皇帝之を統治す。

 統治の大綱は王道楽土の思想に循ふ。

 帝位の繼承は別に定むる所に依る。


第二條 皇帝の尊嚴は侵すべからず。


第三條 皇帝は國の元首にして統治權を總攪し此の憲法の條規に依り之を行ふ。


第四條 皇帝は國の祭祀を行ふ。


第五條 皇帝は帝國議會の協贊を以て立法權を行ふ。

 皇帝は帝國議會を召集し、其の開會、閉會、停會及衆議院の解散を命ず。


第六條 皇帝は帝國議會の議決せる法律、豫算及豫算外國庫の負擔となるべき契約を爲すの件を裁可し之を公布施行せしむ。


第七條 皇帝は、公共の安全を保持し又は非常の災害を防遏する爲緊急の必要に由り帝國議會を召集するの暇無き又は帝國議會閉會の場合に於ては參議府に諮詢し法律に代るべき勅令を發す。

 此の勅令は次の會期に於て帝國議會に提出すべし。若議會に於て承諾せさるときは國務院は將來に向て其の効力を失ふことを公布すべし。


第八條 皇帝は法律を執行する爲に又は公共の安寧秩序を保持し及臣民の幸福を増進する爲に必要なる命令を發し又は發せしむ。但し命令を以て法律を變更することを得ず。


第九條 皇帝は官制及文武官の俸給を定め及文武官を任免す。但し此の憲法又は他の法律に特例を掲けたるものは各々其の條項に依る。


第十條 皇帝は戰を宣し和を講し及諸般の條約を締結す。


第十一條 皇帝は陸海空軍を統帥す。


第十二條 皇帝は勳章其の他の榮典を授與す。


第十三條 皇帝は大赦、特赦、減刑及復權を命ず。


第十四條 皇帝は戒嚴を宣告す。

 戒嚴の要件及効力は法律を以て之を定む。


第十五條 皇帝に事故あるときは帝位継承者の第一順位の者が皇帝事務を代行し、第一順位者不在の場合は第二順位以下の者が代行す。事務代行者が不在の場合は参議府議長が皇帝の職務を代行す。



第二章 権利章典

第十六條 満洲帝國の権利章典は五族協和及人間の尊厳を基本的理念とし、皇帝は臣民に依る民本主義の諸原則を保障す。


第十七條 満洲臣民たるの要件は法律の定むる所に依る。


第十八條 滿洲帝國に居住する人民は性別、門地、人種、出身地及信仰の如何を問はず凡て國家の保護を享く。

 満洲帝國に居住する人民は宗教的又は政治的意見の為に政治的、經濟的又は社會的關係に於て差別的待遇を受くることなし。


第十九條 満洲臣民は法律命令の定むる所の資格に應し均く文武官に任せられ及其の他の公務に就くことを得。

 滿洲臣民は法律の定むる所に依り國務又は地方團體の公務に參與するの權利を有す。


第二十條 満洲臣民は相當の敬禮を守り法令の定むる規程に從ひ請願を爲すことを得。


第二十一条 何人も生命及身體の自由を侵害せらるることなし。公の權力に據る制限は法律の定むる所に依る。


第二十二條 何人も法律に依るに非ずして逮捕、監禁、審問、處罰を受くることなし。


第二十三條 何人も内心の自由を侵害せらるることなし。思想及良心の自由は國家の保護を享く。


第二十四條 何人も法律の範圍内に於て安寧秩序を妨げざる限りに於て信教の自由を有す。宗教的活動の自由は國家の保護を享く。


第二十五條 何人も法律の範圍内に於て言論著作印行集會及結社の自由を有す。


第二十六條 何人も法律の範圍内に於て居住及移轉の自由を有す


第二十七條 何人も法律に定めたる場合を除く外其の許諾なくして住所に侵入せられ及搜索せらるることなし。


第二十八條 何人も法律に定めたる場合を除く外信書、郵便及電気通信の祕密を侵さるることなし。


第二十九條 何人も其の財産權を侵害せらるることなし。

 公益の爲必要なる制限は法律の定むる所に依る。


第三十條 何人も法令に依るに非ざれば如何なる名義に於ても課税、徵發、罰款を命ぜらるることなし。


第三十一條 何人も法律の定めたる法官の裁判を受くるの権利を奪はるることなし。


第三十二條 何人も行政官署の違法處分に依り權利を侵害せられたる場合に於ては法律の定むる所に從ひ之が救濟を請求することを得。


第三十三條 滿洲臣民は健康で文化的な生活を営む権利を有す。

 滿洲臣民は高利暴利其の他あらゆる不當なる經濟的壓迫より保護せらる。


第三十四條 滿洲臣民は均しく國又は地方團體の公費に依る各種の施設を享用する權利を有す。


第三十五條 滿洲臣民は法律の定むる所に依り其の能力に應じ均しく教育を受くる権利を有す。


第三十六條 満洲臣民は法律の定むる所に從ひ兵役の義務を有す。


第三十七條 満洲臣民は法律の定むる所に從ひ納税の義務を有す。


第三十八條 本章に揭けたる條規を基調とする國家秩序を攻撃する為、本章に定むる規定を濫用する者は其の限度に於て此等の権利を喪失又は制限さるることあるべし。


第三十九條 本章に揭けたる條規は戰時又は國家事變の場合に於て皇帝大權の施行を妨くることなし。


第四十條 本章に揭けたる條規は陸海空軍の法令又は紀律に牴觸せさるものに限り軍人に準行す。



第三章 參議府

第四十一條 參議府は參議を以て之を組織す。


第四十二條 參議府は皇帝の諮詢を承けて其の意見を上奏す。



第四章 帝國議會

第四十三條 凡て法律、豫算及豫算外國庫の負擔となるべき契約を爲すの件は帝國議會の協賛を經ることを要す。


第四十四條 帝國議會は元老院及び衆議院の兩院を以て成立す。

 両院の議員の定数は法律を以て之を定む。


第四十五條 元老院は地方團體に依る選挙及勅任せられたる議員を以て組織す。

 勅任せられたる議員の任期は終身と為すことを得。但し其の数は全元老院議員の四分の一を超ゆることを得ず。


第四十六條 衆議院は法律の定むる所に依り公選せられたる議員を以て組織す。

 衆議院議員の任期は四年とす。但し衆議院解散の場合には其の期間満了前に終了す。

 選擧に関する法律は普通、直接、自由、平等及び秘密の原則に依りて制定さるることを要す。


第四十七條 何人も同時に兩議院の議員たることを得す。


第四十八條 帝國議會は皇帝毎年之を召集す。

 常會の會期は三箇月を以て會期とす。但し必要ある場合は皇帝之を延長することを得。


第四十九條 臨時緊急の必要ある場合に於て常會の外臨時會を召集すべし。

 臨時會の會期は皇帝之を定む。


第五十條 帝國議會の開會閉會會期の延長及停會は兩院同時に之を行ふべし。

 衆議院解散を命ぜられたるときは元老院は同時に停會せらるべし。


第五十一條 皇帝衆議院解散を命じたるときは、勅命を以て四十日以内に新に議員を選擧せしめ、解散の日より三十日以内に之を召集す。


第五十二條 兩議院は、各々其の議長その他の役員を選任す。


第五十三條 兩議院は此の憲法及議院法に掲くるものの外内部の整理に必要なる諸規則を定むることを得。


第五十四條 両議院の議長は各院の建物内における施設管理権及警察権を行使す。


第五十五條 兩議院は各々其の總議員三分の一以上出席するに非されば議事を開き議決を爲すことを得す。


第五十六條 兩議院の議事は出席議員の過半數を以て決す。可否同數なるときは議長の決する所に依る。


第五十七條 兩議院の會議は公開す。但し國務院の要求又は各々の院の決議に依り祕密會と爲すことを得。


第五十八條 兩議院は國務院の提出する法律案を議決し及各々法律案を提出することを得。

 兩議院の一に於て否決したる法律案は同會期中に於て再び提出することを得ず。


第五十九條 兩議院は法律又は其の他の事件に付各々其の意見を國務院に建議することを得。但し其の採納を得ざるものは同會期中に於て再び建議することを得ず。


第六十條 兩議院は各々皇帝に上奏することを得。


第六十一條 兩議院は臣民より呈出する請願書を受くることを得


第六十二條 兩議院の議員は議院に於くる言論及表決に付院外に於て責任を負ふことなし。但し議員自ら其の言論を演説刊行筆記又は其の他の方法を以て公布したるときは此の限りにあらず。


第六十三條 兩議院の議員は現行犯罪又は内亂外患に關る罪を除く外會期中其の院の許諾なくして逮捕せらるることなし。會期前に逮捕されたる議員は釈放さるることを要す。


第六十四條 國務総理大臣國務大臣及政府委員は何時たりとも各議院に出席し及發言することを得。答弁又は説明の為議院出席を求められたるときは出席することを要す。



第五章 國務院

第六十五條 國務院は諸般の行政を掌理す。


第六十六條 國務院に國務總理大臣及國務各大臣を置く。

 國務總理大臣は皇帝を輔弼し其の責に任ず。

 國務各大臣は主管事務に付其の責に任ず。


第六十七條 國務總理大臣は国務院を代表して議案を帝國議會に提出し、一般國務及外交關係に付帝國議會に報吿し、竝びに行政各部を指揮監督す。


第六十八條 國務に關する詔書勅書法律及勅令には國務總理大臣及主管各國務大臣之に副署す。



第六章 司法

第六十九條 司法權は皇帝の名に於て法律に依り法院之を行ふ。

 法院の構成は法律を以て之を定む。

 法官は獨立して其の職務を行ふ。


第七十條 法院は法律に依り民事及刑事の訴訟を審判す。但し行政訴訟其の他の特別訴訟に關しては法律を以て別に之を定む。


第七十一條 法官は法律に定めたる資格を具ふる者を以て之に任す。

 法官は刑事又は懲戒の裁判に依るの外其の職を免ぜらるることなし。又其の意に反して停職轉官轉所及減俸せらるることなし。

 懲戒の條規は法律を以て之を定む。


第七十二條 法院の對審判決は之を公開す。但し安寧秩序又は風俗を害する虞あるときは法律に依り又は法院の決議を以て公開を停止することを得。


第七十三條 行政官廳の違法處分に由り權利を傷害せられたりとするの訴訟にして別に法律を以て定めたる行政裁判所の裁判に屬すへきものは司法裁判所に於て受理するの限に在らす。



第七章 會計

第八十三條 新に租税を課し及税率を變更するは法律を以て之を定むべし。但し報償に屬する行政上の手數料及其の他の收納金は前項の限に在らず。

 國債を起し及豫算に定めたるものを除く外國庫の負擔となるへき契約を爲すは帝國議會の協贊を經へし。


第八十四條 國家の歳出歳入は毎年豫算を以て帝國議會の協贊を經へし。

 豫算の款項に超過し又は豫算の外に生したる支出あるときは後日帝國議會の承諾を求むるを要す。


第八十五條 豫算は前に衆議院に提出すへし。


第八十六條 帝室經費は現在の定額に依り毎年國庫より之を支出し將來増額を要する場合を除く外帝國議會の協贊を要せず。


第八十七條 憲法上の大權に基づける既定の歳出及法律の結果に由り又は法律上國務院の義務に屬する歳出は國務院の同意なくして帝國議會之を廢除し又は削減することを得す。


第八十八條 特別の須要に因り國務院は豫め年限を定め繼續費として帝國議會の協贊を求むることを得。


第八十九條 避くべからさる豫算の不足を補ふ爲に又は豫算の外に生したる必要の費用に充つる爲に豫備費を設くべし。


第九十條 公共の安全を保持する爲緊急の需用ある場合に於て内外の情形に因り國務院は帝國議會を召集すること能はざるときは勅令に依り財政上必要の處分を爲すことを得。

 前項の場合に於ては次の會期に於て帝國議會に提出し其の承諾を求むるを要す。


第九十一條 帝國議會に於て豫算を議定せず又は豫算成立に至らざるときは國務院は前年度の豫算を施行すべし。


第九十二條 國家の歳出歳入の決算は會計檢査院之を檢査確定し、國務院は其の檢査報告と倶に之を帝國議會に提出すべし。

 會計檢査院の組織及職權は法律を以て之を定む。



第八章 國家と地方との関係

第九十三條 満洲帝國の地方制度は地方團體之を組織す。地方團體の構成は法律命令に依りて之を定む。


第九十四條 地方團體には法律の定むる所により其の議事機關として議會を設置す。

 地方團體の議會の議員は其の地方團體の住民之を選擧す。


第九十五條 地方團體は其の財產を管理し、事務を處理し及行政を執行する權能を有し、法律の範圍内で條例を制定することを得。


第九十六條 國務院は地方團體の指導監督権を有す。但し其の権限の行使に際しては当該地方團體の意見を徴すべきことを要す。



第九章 改正

第九十七條 將來此の憲法の條項を改正するの必要あるときは勅命を以て議案を帝國議會の議に付すべし。

 此の場合に於て兩議院は各々其の總員三分の二以上出席するに非ざれは議事を開くことを得ず。出席議員三分の二以上の多數を得るに非ざれは改正の議決を爲すことを得ず。


第九十八條 憲法は皇帝事務代行者を置くの間之を變更することを得ず。



第七章 補則

第九十九條 此の憲法の施行は勅命を以て之を施行す。


第百條 法律規則命令又は何等の名稱を用ゐたるに拘らず此の憲法に矛盾せざる現行の法令は總て遵由の効力を有す。

 歳出上政府の義務に係る現在の契約又は命令は總て第八十七條の例に依る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る