第2話 : 秋葉児童養護学園 ( 1 )




「本日は、お忙しい中、列席頂き誠に有り難うございました」


 学園の応接室で、日向﨑氏が深々と頭を下げる。


「いやぁねぇ… 日向﨑君の永年の功績は周知の事だがね。 選考委員会の連中が、これが厄介ヤッカイだったんだよ…」


 と勿体モッタイぶりながら、区長が他区議会議員の顔を見回し苦笑いをする。 つられて、彼らも愛想笑いを返す。


「おっしゃる通りで … この度の都民栄誉賞の授与は区長の御推薦ゴスイセンと各議員先生方の御尽力ゴジンリョク賜物タマモノだと承知しております」


 と、言うと彼は直ぐにキビを返し、部屋隅の胡蝶蘭コチョウランが据えられた台座へと歩み寄る。


「日向﨑君。 随分と立派な胡蝶蘭だねぇ…。 参列者からの、お祝いの贈り物かい?」


 区長が御世辞オセジとも、本気とも取れる調子で尋ねた。


「いえいえ。 これは、私の趣味でして、学園内に温室を完備し育てております」


 恐縮しながらも、彼の自慢の作品なのだろう。褒められた事に、素直に笑みがこぼれる。


「胡蝶蘭は、手を掛ければ、掛けた分だけ美しく育ちます。 四季ごとの肥料の入れ換え、水やり、日照調節、温度管理 、湿度 … 等々。

 気の休まる暇がありません 」


「ハッハッハ 。そりぁ 子供達と同じじゃないか!!」


「おっしゃる通りで」


 彼はその台座から、紺色コンイロ風呂敷フロシキを取り上げ、フトコロカカえる。


 と、そこに …


( トントン )


 ヒカえ目にドアをノックして、サユリがお茶を運んで来る。


 彼女の繊細かつ優美なピアノの調べが、お茶の所作にも宿る様を列席者は、ただ感服する。


「糸川サユリ君と言ったねぇ… あなたの様に才能にアフれ、優雅で奥ゆかしい女の子は、今度是非、私の政治パーティー会場にハナを添えてモラいたいものだよ」


 日向﨑氏にとって、サユリはある意味、彼の手塩にかけた最高作品なのかもしれなかった。 区長に褒められたサユリより得意そうに胸を張る。


 列席者全てが、お茶に口を付けた事を確認した彼は、最後に自分も頂く。すると直ちに顔色を変え、


「 サユリさん、お客様と私のお茶を直ぐに下げなさい。この様な、お茶では、お客様に大変失礼です」


「おいおい、日向﨑君。 私達は何も遜色ソンショクないよ …。なぁそうだろう?」


 と区長が他の議員にウナガし、彼らも無言でウナズく。





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