第4話
「…………何をしているの、ジェイ」
「ジェイではない! 謎のJ仮面だ!」
「発音だけ聞いたらジェイって言ってごふぉッ!?」
簡単な魔物退治の依頼を終えた夕暮れ時。二人の女性の仲間はいつも通りとして、ジェイすらも一旦そそくさとどこかへ行ってしまうのも慣れだした頃。人気のない路地を一人で歩いていた黄悟の前に立ち塞がったのは、ズタ袋をかぶって顔を隠したジェイもとい謎のJ仮面。
せめて服装くらい変えろよ、と黄悟が突っ込みを入れる前に謎のJ仮面の強烈な一撃を腹に受け彼の意識は闇へと沈んでいった。
「はッ!?」
「目を覚ましたか」
「ここは、痛てて……」
黄悟が目を覚ましたのは薄暗い室内。どこか見た覚えがあるのだが、何分暗いためにはっきりとはしない。
縄で縛られているわけでもないため身体は自由なのだが、殴られた腹に痛みを感じていると、いまだにズタ袋を被ったままの謎のJ仮面が心配そうに近づいてくる。
「悪かったな」
「ああ、いや、謝るくらいなら殴らなくても……」
「実は、俺はジェイなんだ」
「そこォ!? そこは最初から分かってたけどッ!」
ズタ袋を脱げば、神妙そうな顔のジェイが居た。
「まさかの正体で驚いているとは思うが……」
「バレてないと思っていることに驚いているけど!?」
「そこまでお前を驚かせてしまうとは」
「聞けよ、人の話!」
「とりあえず、付いてきてくれ」
部屋の外へ向かって歩き出した彼に、だから……、と小声で抗議を入れつつも半ば諦めて追いかけていく。
「最近俺がこっそりと何かをしていたこと、気付いていたかもしれない」
「あのレベルで分かり易くやっていたのに、まだかもしれないを付けれるジェイの感覚がすごいと思う」
「実は……」
そこで一旦言葉を句切った彼は、部屋の外へと通じる扉に大きな両手を添えて、
「これを準備していたんだッ!!」
「「「オーゴシュータ! ばんざぁぁぁぁいッ!!」」」
「……………………へ?」
一気に扉を開く。途端に湧き上がるのは、大きな大きな歓声。黄悟を讃える暖かく大きな歓声。
ぽかん、と呆然とする彼を尻目に、扉の向こうの大きな部屋には大勢……とまでは言えないがそこそこの人数が集まっており、飾り付けされたくさんの料理も並べられた部屋の中で皆楽しそうに笑い合っていた。
集まっていた人たちは、様々で。ギルドの受付の婆さん、ドワーフの親方、路地裏の店長、そのほかにも誰も彼も黄悟が話したことがある人物であり、そして、黄悟の能力を嫌がらない人たちであった。
――バシィ!
「ィ!?」
「なにぼぉっとしてんだよ! 主役が行かねえとパーティーが始まらねえだろッ!」
固まってしまっていた黄悟を動かしたのは、隣に居たジェイの破壊力抜群の平手打ち。それを背中に受けて、倒れ込みそうになりながら彼は大部屋の中へと入りこんでいく。
当然、彼の能力を受けて大部屋のなかの全員の身体が各々金色に輝きだし、しかし、誰も嫌そうな顔一つせずむしろより歓声が大きくなっていく。
「な、な……」
「ヒッヒッヒ、何が何やらって顔だね、ザ・ゴールデン・ウィーク」
「お婆さん……」
頭の上にクエスチョンマークをたくさん浮かべる黄悟へ話しかけてきたのは今日も唇を金色に輝かせるギルドの(ある意味)名物看板(元)娘であった。
「今日はね、ここに居るみんな。あんたに御礼を言いたくて集まったんだよ」
「……え」
「能力のこと、あんたが随分と思い詰めていると聞いてね。あんたから受けている恩をどうにかして返そうと思ってね」
「恩……?」
「情報さ。あんたは魔物の弱点が分かった時はそれをギルドに教えてくれるじゃないか」
「いや、でもそれは買い取りしてくれるから」
「ああ、そうさ。でもね、その額は本当に微々たるもん。普通の冒険者はギルドなんぞに売らずに自分たちだけで持っておくか。それを高額で他の冒険者に売っていく。でも、あんたはちゃんとギルドに伝えてくれる、そのおかげで最近若手の冒険者の死亡率が減っているんだよ。あんたは知らないだろうけどね」
「……」
「異世界から来たあんたにとっては、情報共有が普通だったのかもしれないけど。それでもね、少なくともあたしはあんたに感謝しているんだよ」
「ワシは、恩というよりゃ単純にお前を気に入っているだけだがな」
会話に加わってきたのは、ずんぐりむっくり体型のおひげさん。ドワーフの親方だった。
「最近の冒険者かぶれ共は、やれ英雄になるだの夢ばっかり追いかけて基礎を大事にしようとしねえ。身の丈に合わねえ装備を買っちゃぶっこわしやがる、あげくの果てにはワシらの腕のせいだとかぬかす始末だ」
親方が話す内容を、黄悟が聞くのは二回目だった。確か、初めて黄悟が彼と出会った時に、ぽろっと零したことがある。
「その点、お前は違ったよ。ワシの注意をよく聞いて、自分に合う装備を一つ一つ大事に確認していった。買ったあとも道具を大事にしているしな。だからワシはお前のような冒険者にだったらいくらでもこの腕振るってやると決めたんだ」
「つまりは惚れたわけだねぇ?」
「お前さんが言うと意味が違って聞こえるから気持ち悪いんだが……」
「ヒッヒッヒッ!」
「俺だってそうだ」
婆さんと親方を押しのけてやってきたのは路地裏の店の店長。今日はあの巨大包丁を持っていないので安全だ。
「お前らのチームは、安い報酬でも採取の依頼をよく受けてくれる。俺らみたいな安店じゃお前らみたいな存在がどれだけありがたいか。にも関わらず、お前の入店を拒否するボケ同業者が増えてきて、それでもお前はやっぱり依頼を受けてくれる」
「いや、仕事ですし……」
「その言葉で動いてくれるのがすごいってんだよ。ここに居る汚ねえ野郎共が飯を食えるのはお前らのおかげなんだ」
「汚ねえってなんだ! 汚ねえって!」
「否定出来ねえじゃねえか!」
「そうだそうだ!!」
「うるっせぇ!! あとそこ何先に飯に手ぇつけてんだ!! てめぇの腕を揚げてやろうか!!」
訂正。服の中に隠し持っていた包丁を取り出して、店長はつまみ食い犯を追いかけていってしまった。
「つーわけだ」
「ぐわっ!」
ボンッ! と黄悟の頭に置かれたのはジェイのごつい手。
いつものニカッ! とした気持ち良い笑顔を浮かべ、彼は楽しそうに話す。
「ここに居る全員がお前のこと好きなんだよ、シュータ! 能力のことは色々あると思うし、それをどうこうとかは俺には出来ねえけどよ。でもだ! ここに居る俺らはお前の味方だ! だからクヨクヨすんなって! 胸張って生きろよ、俺の仲間だろッ!」
股間を金色に輝かせ、正直格好良いとは言えないけれど。
隠し事なんて出来ない不器用な男が、自分のために一生懸命内緒でパーティーを開いてくれて。そこにこんなにたくさんの人が集まってくれた。
ワクワクの連休前に脈略もなく異世界に飛ばされて、周囲に嫌われる能力を与えられ、帰る方法も分からない。いつ死ぬか分からず、命だって軽い世界で生きるしかなくなった黄悟は、
ジェイという友に、仲間に出会えたことをただ感謝した。
夜遅くになっても終わりが見えないパーティーは、むしろ時間と共にその勢いを増していく。これはきっと明日になればギルドの一室を貸してくれたギルド長に怒られるだろうな、と苦笑しながら、ジェイは一人外へと繋がるベランダで夜風にあたって涼んでいた。
慣れないことをした。とは彼自身が一番よく分かっている。それでも、聞こえてくる彼の楽しそうな声を聞いてやって良かったと嬉しくなった。
彼は本当に良いやつだ。とジェイはずっと思っている。冒険者として彼の能力が便利なのは勿論だが、それを除いても彼の存在は仲間としてなくてはならないものになってきている。
最初こそ、動きは素人でありこちらがフォローしなければ何も出来ないほど鈍くさい彼であったが、自分が出来ることは何かを必死で探し求め、今では斥候もどきと言える程度の能力を身につけて、どうしても前衛に出てしまう自分ともう一人の仲間の代わりに後衛のエルフの仲間を守る盾になってくれている。
そして、なにより友として彼の性格を好いていた。だからこそ、ジェイは慣れないと分かりながらも開催したこのパーティーが、少しでも彼の心の支えになれば良いと本気で願う。
そして、その想いが。
「ここまで来たんなら、諦めて入ってくりゃ良いのによ」
誰も居ない路地裏へと届けと願う。
確かに女にとっては恥ずかしいから難しいわなぁ……、と返ってこない返事にため息を付いて彼は部屋の中へと戻っていった。
黄金の技能を持つ男 @chauchau
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