第3話


 なにか隠している。

 ジェイの行動がおかしいことに黄悟が気付くのに、それほど時間は必要とはしなかった。そもそも彼は隠し事が苦手な部類の男だ。その彼が、こそこそと何かをしている。それも、黄悟に気付かれないように。


 ああ、遂に……。

 最初、黄悟はそう思った。いくらジェイが気の良い奴だといえ、自分のせいで常に周囲から馬鹿にされ続ければいつかは自分のことを嫌になる。きっとどうにか離れていこうとしているんだな。と最初は思っていたのだが、どうにもこうにも様子がおかしい。何かをしているのは間違いないのだが、それにしたって彼は黄悟から離れていこうとする素振りだけはしない。

 では、なんだ? と黄悟は頭をひねるのだが、どれだけ考えようとも答えが見えてこない。悲しいかな、この世界で一番仲が良い相手とはいえ転生して間もない彼とジェイの間にはお互いを分かりきっていると言えるほど長い時間は流れていなかった。





「…………」


「靴の紐を取り替えておいた。靴自体もあと二週間くらいしたら替え時……、おい、聞いているのか、オーゴ」


「え? あッ! す、すいません!」


 仕事帰りに黄悟は一人でドワーフの親方の元へやって来ていた。ジェイも誘ったのだが、しどろもどろになりながら何か用事があると消えていってしまっていた。……の、わりにあとで一緒に飯食うぞと約束されるのだからますます黄悟は混乱してしまう。


「……珍しいな、お前がこういうときにぼぉっとするのは」


「すいません……」


「良いさ、そういう時もあるだろう。で?」


「え?」


 親方の顔は怒っているとしか思えないほど険しくて、だが、その声色はどこか相手を心配しているもので。そのギャップのせいで黄悟は、一瞬彼が何を求めているのかを理解しきれなかった。


「何かあったんだろう? 話してみろや」


「…………」


「悩みを抱えて冒険者なんざしていると、あっという間に死んじまうぞ」


「…………実は……」


 どうするべきか悩んだが、結局黄悟はジェイのことを話すことにした。若干、女々しいというか情けない内容なので話したくないという本音もあったのだが、なるほど確かに人に話すことですっきりしていくこともあった。


「と、いうことでして……。あいつのことだから変なことしているとは思わないんですけど、俺、もうどうしたら…………親父さん?」


 全てを話し終え、顔をあげた黄悟が目にしたのは、あり得ないほどに視線をキョロキョロうろうろさせている親方の姿であった。


「あ、あの……、親父さん?」


「ン? ナンダイ?」


「だ、大丈夫ですか?」


「ソウダナ、キョウノメシハサカナニシヨウ」


「親父さん!? え、その反応知ってますよね! ジェイが何しているか知っていますよね!?」


「ええええ!? 知らないよ!? 何も知らないよ、ボクは何も知らないでゴンス!!」


「驚きすぎてキャラ変わってますし! もう絶対知っているじゃないですか!!」


「うッ! 持病の仮病が……ッ!」


「えっ! 親父さ……、……仮病ならなにも問題ないですよね!?」


「あー、忙しい忙しい」


「親父さッ! ちょ、おや、親父ぃぃぃいいい!!」


 汗をだらだらとかきながら工房の奥へと逃げていった親方に魂の叫びを浴びせるも、閉じられた扉が開くことはなく。ドンドン扉を叩きながら親方を呼び出し続ければ、出てきた弟子くんに営業妨害だと外へ追い出されてしまった。


「な、なんなんだよ……、いったい……」


 呆然と地べたに座り込み、工房を見上げ続ける。道行く人々が彼に気付いてあげる悲鳴でようやく状況を把握した彼は、周囲の人間から逃げるようにジェイとの待ち合わせをしている食堂へと向かっていった。





「へいらっしゃッ! なんだ、ゴールデンか」


「なんだは止めてくださいよ、店長。ジェイ来てます?」


 活気溢れる店内に足を踏み入れば、元気が取り柄の店長が迎え入れてくれる。メイン通りから外れた路地裏に構えるこの店は、安い早い汚いそこそこ旨いが売り文句の飯屋だ。

 炭鉱で働く鉱夫や冒険者、ドブあさりに日雇い労働者。この街の貧乏人が集うこの店は、こんな場所だからこそ黄悟の能力も気にせずに客として歓迎してくれ、他の客も黄悟のことを気にもしない。


「いや、まだ来てねえな」


 何も言わなくても、肉串盛り合わせ何の肉かは分からないと虫食い野菜のサラダを出してくれる店長が黄悟の質問に答えてくれる。


「おおッ! ぎゃはは! なんだ、ゴールデンじゃねえか!」

「おいらの股間がぴっかぴか~ッ!」

「ちょうどいいや! 店の明かりが弱いと思ってたところだったんだ!」


 黄悟が入った途端に店の中の人たちの股間が金色に輝き始める。しかし、嫌な顔する者は一人も居らず、むしろ騒ぎのネタとばかりに盛り上がる。なかには、全裸になって汚いブツを公開しては俺のほうが輝いている! と頭の悪い勝負を始める馬鹿の姿もあった。


「今日は良い魚が入ったぞ、焼くか? 揚げるか?」


「なんて魚?」


「魚だ」


「どっちが安全?」


「揚げだとまだ誰も当たってない」


「じゃあ、揚げで」


 店の奥で痙攣しながら倒れているようにも見えないこともない男の姿は無視することにする。きっと飲み過ぎたんだろう。


「ねえ、店長」


「うん?」


 ダンッ! ガンッ! と巨大包丁で何かを捌いている店長は、視線は向けないが意識は黄悟へと向けてくれる。


「最近、ジェイが何しているか知ってます?」


 ザガンッ!!


「店長!?」


 店長はまな板どころか、その下の流し台すら真っ二つにしてしまっていた。


「エ? ナニカイッタ?」


「あんたもかッ! 隠すの下手くそすぎるだろう!?」


「うるせぇ! 真っ二つにしてやろうかッ!!」


「意味がわからない! ちょ、みんな店長をとめ……」


「今宵も食事を取れるこの奇跡を神様に感謝致します」

「うふふ、みてみて。可愛いうさぎたん」

「おいら、一日一善が目標なんだ」


「おぃこらァァア!!」


 どうやっているのかと聞きたいが、客全員が少女漫画のようにでかくてキラキラした瞳で頭の上にお花を浮かせてきゃっきゃうふふとしている。面はそのまま汚いおっさん共なのではっきり言って気持ち悪い。

 黄悟が何を言おうと揺さぶろうと、おっさん達はきゃっきゃうふふし続け、店長は無言で何かを包丁で切り続ける。心の弱い者が見れば一発で発狂しそうな光景が繰り広げられることになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る