第2話


「はぁ…………、どわッ!?」


「どうした、ずいぶん暗い顔してるじゃねえか!」


 めぼしい依頼がなく、加えて仲間の一人が個人的な予定があるとのことで近場の狩り場に行くことも取りやめになった日。

 言ってしまえば休みの日なのだが、冒険者にとってそんな日にはそんな日にしか出来ない大切な行事はたくさん存在している。買い出しや武具の調整と云った直接仕事に関与することから、借りている部屋の掃除など、小さくても生きている上で重要な行事だ。

 暇がないのは貧乏だけではなく、冒険者も……。いや、冒険者のほとんどが貧乏なのでやはり貧乏こそ暇がないのか。


 つまりは、ザ・ゴールデン・ウィークこと黄悟秀太おうごしゅうたもそれなりにやるべきことはあるはずだと云うのに、彼は人気のない川沿いのベンチで一人黄昏れていた。……つい、さきほどまで。


「何度も、言うけど……さ……、いきなり背中ぶったたく、の、やめてよ……」


 地面と熱いベーゼを交わした彼は、よろよろと立ち上がりながら背後にでーんと立つジェイへと抗議の声を挙げる。


「悪い悪い!」


 一切悪びれない彼の謝罪に、ああ、きっとこれからもこの流れは続くんだろうな、と諦め半分、そして嬉しさ半分で黄悟はため息を零す。


「ていうか、どうしてジェイがここに居るのさ、確か武器の調整に行くとか言ってなかったっけ」


「それは俺の台詞だ。武器屋へ行こうとしてたらお前が一人でぼーっとしているのが見えたんだ、何してんだと思うほうが普通だろう」


「ああ、うん……」


 よっこらせ、と彼はベンチに座り直し、自嘲気味に笑う。


「買い出しに、行こうと思ってたんだけど、一番市場が混んでいる時間帯だろ? だから、まあ……、時間つぶししてたってわけ」


 彼の能力は効果範囲に入ってしまえば問答無用で誰にも効果を及ぼしてしまう。人でごった返す市場に行こうものならどうなるか、火を見るよりも明らかだ。

 かといって、部屋の掃除は終わらせてしまっているし、宿屋のロビーで寛ごうものなら他の客が嫌な顔をする。幸いなのは、宿屋の主人はジェイ同様に彼の能力を大して気にも留めない性格の持ち主であるということぐらいか。


 定年後家で居場所を失くした大黒柱よろしく、彼は居場所を求めて彷徨いこのベンチに流れ着いていたのだ。


「ふぅん……、じゃあ一緒に武器屋行くか」


「……人の話聞いてた?」


「あそこは市場から離れているし、問題ねえだろ。ほら、行くぞ」


「ちょ、ちょちょッ」


 比べるのも馬鹿らしくなるほど、二人の筋力には差がある。ジェイに首根っこを掴まれてしまえば、黄悟に抵抗するはずが出来るわけもなく、されるがままに彼は武器屋へと連行されてしまうのであった。





「おやっさん、居るかーッ! 来たぞーッ!」


「お邪魔します」


 二人がやって来たのは市場のはずれにある小さな工房。ドワーフの親方が切り盛りするこの工房の武具はとても質が高いのだが、同時に親方が怖すぎるとあまり近づく者は居ない工房でもあった。


「はーい! はいはいッ」


 奥から若い少年の声が聞こえ、実際見るからに少年が姿を現す。彼はこの工房唯一の弟子である少年だ。


「いらっしゃーい! 何が要り様でゲェ!? ザ・ゴールデン・ウィーク!?」


 元気よく飛び出してきた少年の笑顔が、黄悟を見た途端に豹変する。能力を受けて光り出す自身の股間を必死に手で隠そうとしながら、嫌そうな表情は隠そうともしない。


「ちょ、ちょっと困るって! あんたが来たら商売あがったりながァッ!?」


 ――ゴギンッ!!


 言葉の途中で床に倒れ込んだ彼の背後には、鈍く重い音を少年の頭で奏でた小型のハンマーを持った髭モジャ親父が不機嫌そうな面で突っ立っていた。


「あがごごごご……ッ!」


「客に向かって何言ってんだ、ボケナス。窯に放り込むぞ」


「で、でも、親方ッ」


「あ?」


 痛む頭を抑えながら必死に弁解しようとする少年は、ドワーフ親父に睨まれて涙を浮かべて小さくなってしまう。


「お、親父さん……! そ、そこまでにしてあげてください! 俺は気にしてないですし!」


「悪いな、オーゴ」


 放っておけばあと2.3発は殴られそうな雰囲気に我慢できずに黄悟が二人の間に割って入る。ちなみに、いつものことだとジェイは気にも留めずに周囲の武具の物色を開始していた。


「……、間違ったこと、言ってないのに……ッ」


「まだ言うか」


「ひィ!!」


 振り上げられたハンマーから逃げるように、少年は店の奥へと逃げ込んでいく。

 そんな彼の後ろ姿に親方はため息を零しながら、店のカウンターへと座る。当然、親方の股間も光り輝いているのだが、そんなことを気にしている素振りは一切なかった。


「それで。今日は何の用だ」


「おう! 実は剣に凹みが出来ちまってよ、見てくれねえか」


「またか。いい加減力任せに武器を振るうのをやめろと理解出来ねえのかド阿呆」


 怒鳴るわけではない。だが、低く重い親方の声はいっそ怒鳴ってくれたほうがマシだと思うほどに迫力があり、恐ろしかった。

 もっとも、その怖さもジェイにはどこ吹く風であり。悪い悪いと、元気よく笑って聞き流している。


「まったく……、…………一週間はかかるぞ」


「まじか……、んじゃ、予備の武器見繕うか」


 ジェイがガシャガシャとセール品を物色しだすと、親方の視線が黄悟へと移っていく。


「オーゴ、お前も何かあるのか」


「え? ああ、いや、ジェイの付き添い……のつもりだったんだけど、俺の装備も確認してもらって良いかな」


「貸してみろ」


 結局、護身用のダガーから靴やカバンと云った小道具まで全ての確認を親方にお願いしていく。うちは皮屋じゃねえと言いながらもなぜか上機嫌に親方は黄悟の装備を確認してくれた。

 この工房に彼が初めてきたのは本当に偶々であり、その時はジェイと知り合いですらなかった。能力のことで落ち込んでいた彼は、入店した最初こそドワーフ!! と瞳をきらめかせたのも束の間で、親方の眼光に縮こまり碌に会話すら出来なかったことほどである。

 とはいえ、他の工房に行きますと言う勇気もなかった彼は、相手を怒らせないように出来る限りのことを尋ねに尋ね続けた結果。どうしてかは分からないが、この親方に気に入られる形になっていたのだ。


 以来、彼はこの工房以外で武具を買うことはなかった。勿論、他で買ったと知られて怒られるのが怖いという理由がないわけではない。





「んじゃ、この剣もらってくぜ!」


「お邪魔しました!」


「一週間後また来い、それまでに死ぬなよボケナス」


 愛のある、と黄悟は思うことにしている、親方の暴言を聞きながら二人は工房を後にする。

 ジェイといい、親方といい、自身の能力を気にしない人たちと一緒に居るだけで黄悟の心はとても楽になる。だからこそ、


「やだ……、あれって」

「おいおいおい、ザ・ゴールデン・ウィークじゃねえか!」

「やだ、気持ち悪いッ!」


 人通りが多い場所に出た途端に嫌でも聞こえてくる声が、彼を現実へと突き落としていくのだ。

 せっかく元気が戻った彼の顔は、川沿いのベンチで座っていたときのように暗く、そして下を向いていってしまう。


 そんな彼を横目で見ていたジェイは、彼には珍しく何か思い悩むように空を見上げるのであった。

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