黄金の技能を持つ男

@chauchau

第1話


「うぅん……なるほどねぇ……、そうだったのかい。ありがとぉね、助かるよ。はい、これは報酬だよ」


「はぁ……、どうも」


「なんだい、元気ないね。どうだい、今夜あたしと熱い夜を、」


「遠慮します」


 金色に輝く唇をこれでもかと見せびらかし、ヒッヒッヒと怪しく笑う老婆。美少女看板受付嬢として幾人もの冒険者を魅了した彼女の美貌もかつてのもの。今となっては別の意味で名物となっている受付婆から数枚の銅貨を受け取った青年は、覇気のない様子で、しかし婆さんとの熱い夜はきっぱりと食い気味で断って、用は済んだと冒険者ギルドを後にする。

 彼が出て行こうと歩き出した途端、元々遠巻きに見ていた他の冒険者たちが更に距離を取る。なかには、取り過ぎて窓から落ちた間抜けも居るぐらいだった。そんな周囲の行動を彼は気にもしない。だが、その瞳に宿るのは期待することを諦めた者特有の悲しい色であった。


「よッ!」


 外の壁に身体を預けていた男が、親し気に声を掛けてくる。その声と姿に、ほんの少しだけ青年の瞳に温かみが戻ったような気がした。


「もう良いのか」


「ああ、待たせて悪いな」


「なぁに、気にするな! それより早く飯にしようぜ、腹減って仕方ねえ!」


 いかにも戦士といった風貌の彼は、その見た目に似合う気持ちの良い笑顔を浮かべて歩き出した。そして、そのあとを追いかけるように青年も駆け出した。




 青年の名前は、黄悟秀太おうごしゅうた

 ただのサラリーマンだった彼は、待ちに待った黄金週間ゴールデンウイークの初日に交通事故に会い、異世界に転生してしまった。元の世界では武術の達人であったなんてこともない彼ではあったが、転生の際に『神』を名乗る怪しげな老人から固有技能オウンスキルと呼ばれる能力を授かり、更には偶然知り合った仲間にも恵まれて今日もなんとか生きている。


 そして、彼の隣に歩いている男性こそ、黄悟の仲間の一人であるジェイ。

 戦士としてとても頼りになる彼は、日常生活においても転生者であり頼る人のいない黄悟をよく気にかけてくれている。

 ちなみに、ジェイ以外にも他に二人の冒険者仲間が居るのだが、のため彼女たちが街中で黄悟のそばに近づくことはほとんどない。


 目ぼしい依頼のなかった彼らは、今日もさきほどまで近くの狩場で一緒にモンスターを狩っていたのだが、街に着いた途端に二人の仲間は逃げるようにどこかへ消えてしまっていた。


「今日はどこにすっかねぇ……、俺としては肉な気分だな!」


「ジェイが肉じゃない気分の時って聞いたことがないんだけど?」


「つまりはそういうこった。よっし! んじゃ、あそこの店に……、」


 行きつけの酒場を指さしたジェイの顔色が曇り出す。そんな彼の視線の先を見た黄悟はまたか、とため息をついた。



【ザ・ゴールデン・ウィークお断り】



 店の前には、これでもかと目立つように大きな看板が置かれていた。


「んだ、あの豚野郎……、この間やっすい報酬で仕事してやったってのに! ちょっと待ってろシュータ。俺が一言文句言ってきてやる」


「良いよ。それより、他の店探そうぜ」


「……そうか? まあ、お前がそう言うなら」


 まだ不服そうなジェイの背中を軽く叩き、黄悟は来た道を戻るために後ろへ振り向く。すると、彼と目が合った周囲の人たちが一斉に避けるように道を開けていく。男女、種族問わず彼らの瞳には、恐怖と軽蔑が宿っていた。


「やだ……、こっち見たッ」

「おい、もっと詰めろ! 影響範囲に入っちまうだろうが!」

「はやくどっか行ってくれないかねぇ」


 嫌でも耳に届く声が彼の心を傷つけていく。慣れてきたと思っていても、きついものはきつい。

 これほどまでに嫌われるのは、すべては彼が授かった固有技能オウンスキルのせいであった。



【ザ・ゴールデン・ウィーク】

 自身を中心に半径1メートル以内に存在する自身を除くすべての生き物に適応される能力。

 その効果は、対象の弱点を判明させること。

 相手がモンスターである場合、心臓や首筋や頭部のように、生き物なら必然的に急所になってしまう部位以外の弱点箇所を金色に光らせ教えてくれる。

 これだけ聞けば、とても便利な能力なのだが、この能力は人族が相手でも適応される。そして、その場合、その者が『個人的』に弱いところが金色に光り輝いてしまう。つまり、その者のが一目でわかってしまうのだ。彼は、異世界で歩くセクハラになってしまっていた。



「おい、隣の奴見てみろよ」

「うは、よく平気で歩けるな。恥ずかしくねえのかあいつ」


 その言葉は、黄悟ではなくその隣を歩くジェイに向けられていた。思わず黄悟は両手を強く握りしめる。彼の隣を歩くということは、ジェイも【ザ・ゴールデン・ウィーク】の影響を受けるということであり、彼の股間は薄暗くなり始めた街の中で爛々と光り輝いていた。

 ジェイ以外の二人の仲間が、街に入ると逃げるのもこれが理由である。特に女性である二人にとって恥ずかしい以外のなにものでもないだろう。

 誰も近づきたがらない自分と普通の友人関係を結んでくれている。いまだって彼を馬鹿にする言葉が聞こえていないわけがないにも関わらずまったく気にしない素振りをしてくれている。いきなり飛ばされた異世界でジェイという友を持てたことを誇りに思いながら、それ以上にそんな彼を辱めていることを申し訳ないと黄悟が感じない日はなかった。

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