Disc1:魔法少女サレナと『ディープ・ブルー』の佐目島亜希

Chapter 01:その日、サメと出会う





 夜の18時、と言えばこの季節はまだ明るい訳で、雑踏も多く当然人の目も多い。


 にも関わらず、そのビル群の背後の道は誰もいない。


 まぁ道が悪いのかどうかは知らないが、ひとつだけそれ以上に奇妙な事がある。



「はっ、はっ、はっ……!!」


「グル〜〜!」


 一人の走る少女、そして奇妙な何か。


 少女は、所々ゴシックロリータファッション、と言うべきか、女児向けアニメの魔法少女のような紫の衣装に身を包んでいる、これまた非現実的な銀髪に青い瞳の絶世の美少女だった。


「追っ手は……!?」


「分からないグル!!

 ただ……!!」


 付き添うように走るのは、デフォルメされたモグラような姿の二足歩行する何か。

 いや、少女の格好を考えるのなら、さしずめ魔法少女のマスコット、とでも言うべき物か?


「あっ!?」


「サレナ!?」


 ふと、もつれた足のまま転ぶ少女。

 マスコットのよう何かはすぐに駆け寄り、大きな目で心配そうに彼女を見る。


「大丈夫だ、モグルー……大丈夫だから……!!」


「大丈夫だなんて言う人間が大丈夫だった試しはないグルよぉ!!」


 あ、と少女が言う間に、30cmもない身体のマスコットが彼女を持ち上げる。


「ボクだって男の子だグルー!!

 女の子一人ぐらい、乗っけて走れるグル!!」


「……モグルー……お前……!」


 えっちおっち、と可愛い擬音の似合う足取りは、明らかに無理をしている証拠だ。

 モグルーというマスコットの小さな勇気に、彼女は不思議とまた立ち上がる勇気が湧いてきた。


「……ありがとう」


「グルッ!?」


 す、と再び立った彼女に抱きかかえられるモグルー。


「だけど……私はまだ走れるよ」


「サレナ……!」


「……立ち止まっていられない。

 きっともう、奴の『射程圏内』なんだ。

 行くぞ」


「……分かったグル!!」


 そして、再び走り出そうとする一人と一匹。


 パンッ!


 その脚の過去の位置、地面の上に穴が開く。


「来た!?」


「まずいグル!!探知範囲外グル!!」


 サレナとモグルーは、路地裏の物陰に素早く隠れる。

 再び、食うを切り裂く音と共に頭上を『魔弾』が掠めた。


「なんて奴だ……!!

 1km以上先から撃っている、という事か……!?」


「うぅ……探知はボクの役目なのに……!」


「気にするな。相手が規格外なんだ。

 ……流石は、『ハンターリディア』……!」


 物陰から、弾丸のやってきた方向を見る。


 この場所を撃てそうな高いビル群、そろそろ暗い夜の帳が他より早く落ちる方向。

 姿は見えない。

 せいぜい、ビルの看板と、窓の光、宙に浮くサメぐらいだ。




 ………………





「「えっ?」」


 そこまで言って、ふと気づく。






 サメ(和名 英名:shark , jaws)


 脊椎動物門軟骨魚類網板鰓亜綱の総称


 まず、大前提として『魚』であり、空は飛べないし海水か汽水、ごく稀に淡水の中でしか生きられない。


 そんなサメが、物陰から見て弾丸の飛んできた辺りの近くを、まるで水の中を泳ぐように進んでいた。




「何アレでグル?」


「サメだ……!この世界の図鑑で見たことがある……!」


「それは分かるグル……!

 なんで、サメが空を泳いでいるんだグルゥ??」


「魔法生物か??」


「……?

 いや、なんか……変な感じがするグル……!!」


 スンスン、とモグルーが鼻を嗅いだ瞬間、サメがこちらを向く。


「こっちを向いた?

 まさか、私達に気付いたのか!?」


「そんな!?

 こんな距離で見えるはずが……!」


 しかし、すいー、とサメはこっちに泳ぐようにやってくる。


「来た……!!」



 息を飲む。

 そのサメは、真上でこちらを見て止まった。



 改めて近くで見ると、大きく迫力がある。


 大きさは、2mほど。

 青く光る体表を持ち、金色の目でこちらを見下ろす。



「……!」


「グ、グルゥ……!」


 彼女と一匹が身構える中、そのサメは空中を泳ぐようにビルの中へ消える。

 しかし、安堵するまもなく、背びれだけ壁から出してこちらへ降りてくる。


 そして、彼女の目の前で、すぅ、と壁からその頭を出した。


「ッ!」


 とっさに、サレナは持っていた装飾の多い盾を構え後ろへ飛ぶ。



《━━━オイラはそれマズイと思うなぁ〜??》


「!?」


 そのサメは、軽く口を開き、


《嬢ちゃん、さっき撃たれたろぉ?

 脅かして悪かったけどよぉ〜〜、オイラは敵じゃあないぜ〜〜??

 まぁこんな人食ってそうな顔で何言ってんだ、って話だけどよぉ〜》


「味方だと?なぜ私に近づいた?」


 物陰から出ないように、盾を構えてそう問う。


《趣味だよ》


「趣味?」


《オイラはなぁ〜〜、人間の『感情』ってやつを、見るのが好きなんだ〜〜。

 お前さん、追い詰められてる時の感情のだ〜〜。

 怒りと後悔と……んん〜〜♪》


 す、と近づいて鼻先でサレナを物色するように嗅ぐ。

 思わず身構えると、すと笑って離れる青いサメ。


《良いね、実に

 冷静さと、それを生む希望の感情の『匂い』!!

 コイツがたまらねぇんだなぁ〜〜……ああ、あんたみてぇな綺麗な人にふさわしい、ラベンダーみたいな良い『匂い』だぁ!》


「へ、変態!!変態サメだグルゥ〜!」


 と、小さな体でサレナを守るように立ちふさがったモグルーに、グイッと近づくサメ。


《そうだぜぇ、心から紳士的な匂いのおチビちゃぁん♪

 オイラ『匂いフェチ』なのさぁ!

 けど、良い匂いフェチだぜぇ、なんせお前みたいな、敵わないって分かって立ちふさがる奴を見るとぉ……!》


 グワァ、と口を開けてモグルーに噛み付く。


「ひっ!!」


 しかし、そのサメのあぎとはモグルーの小さな体をすり抜け、そのまま一度地面に沈む。


「お前!!モグルーに何をする!?」


《いやぁねぇ、ついねぇ、脅かしたくなるのさ〜〜?

 逃げないのは分かってたさぁ、恐怖を覚えていてもせめて自分だけの犠牲で、って思いがプンプン臭ってくるのさ〜〜!

 良い匂いだぁ、小さな君も良い匂いだぁ!》


 にぃ、と笑うように凶悪な牙を見せて言うサメ。

 言われたモグルーは腰が抜けたのか立てないようだ。


「貴様!

 ふざけるのも大概にしろ!!」


《いやごめんよぉ〜?ついなつい〜。

 まぁそろそろ頃合いさぁ、逃げようや?》


 と、言うなり背を向けてアスファルトに沈むように進み始める謎のサメ。


「待て!私はお前を信用していない!!

 なぜ付いていく必要がある?」


《知りたいかい?

 800mなのさ》


「?」


 サレナの怒気を孕む質問に、サメは器用に振り向いて答える。


《今700m、早いな〜〜。

 もうそろそろ……おっ!》


「サレナ……付いて行こうグルゥ……!」


 と、サメの言葉を聞いていたモグルーが、震えてそう声を絞り出す。


「モグルー、何を?」


「今、グルゥ……!」


 ハッ、となった表情にサレナに、ニィと口の端を曲げるサメ。



《頭、左に傾けなぁ?》


 それは、言われたからというより咄嗟に行動したというのが正しかった。


 傾けた頭のすぐ脇を弾丸のようなものがかすめ、頬に傷をつける。


「!?」


《な、言ったろぉ?

 来た方が良いんじゃあねぇかよぉ?》


「くっ……!」


 サレナは、何かを言いかけたモグルーを抑えるように抱えて走り出す。


 悔しいが、今はこの謎のサメに従うしかない。





       ***


 遠く、遠く、


 700m先のビルの上、


「逃げた……??

 気づいたと言うのか……!」


 まるで、サバンナの長い草むらの隙間から獲物を見据える肉食獣の様な目が光る。


「……あのサメ……サメ?

 一体、なんだ……?」


 ヒュッ、とその言葉の主は、ビルの谷間へと静かに跳んだ。



       ***

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