第36話 図書館でお勉強

 ゴールデンウィーク四日め。俺はもう疲弊していた。

 

 というのも、この大型連休が始まってから烈華れっか白咲しらさきが際限なく誘惑してきて、休まる時間がほとんどないのだ。

 

 こう述べると普段と変わらない気がするが、おはようからおやすみまで一緒なので、誘惑してくる回数はこれまでの比ではない。

 

 そして今日も、二人に振り回されるのだろうと思っていたが──

 

 

「図書館に行く?」

 

 朝食の席でそんなことを言われた。

 

「うん。課題とかパパッと終わらせたいから」

 

「ん、家だとつい休憩しちゃう」

 

「あー、なるほど」

 

 二人の言わんとすることはわかった。

 

 確かに俺も、長期休暇などの課題を消化するときは図書館やファミレスなど、外でやる方が多い。

 

 自分の部屋だと、ついゲームしたりラノベとか読んじゃうんだよなぁ。

 

 だがつまり、今日は二人に誘惑されることはないということだ!

 

 いやぁ、助かった助かった。ここで精神を回復できるのはありがたい。

 

 なんて思っていると、二人は俺の心を読んだかのように笑い、

 

 

「それじゃあ勉強教えてねっ、お兄ちゃん♪」

 

「ん、しっかり教えてほしい。勉強も、実技も……♡」

 

 

「────は?」

 

 つい、俺は驚いてしまい、カランッと箸が床に転がった。

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

 というわけで、俺は勉強道具を揃え二人と共に図書館にやって来た。

 

 くっ……今回は休めると思ったのに! 思ったのに!

 

 なんて唇を噛むのも飽きて、俺は大人しく二人について行く。

 

 

 駅から然程遠くない場所にあるこの図書館は、幅広い層の人に利用されている。

 

 しかも大型連休なだけあって、館内にある席はほとんど埋まっていた。

 

 ふむ、座れるところはあるかな。

 

 そう考えていると、烈華が「あそこ!」と隅の方を指差した。

 

 流れるようにそちらを見ると、確かに丁度三人分の席が空いていた。人通りも少ないので、より静かで勉強に集中できそうだ。

 

 席を見つけた烈華はというと、顔を上げて「褒めて!」とつぶらで宝石のような瞳で訴えかけてきている。

 

 俺は苦笑しつつ、「ありがと」と烈華の頭を撫でてやった。

 

「にへへ~♪」

 

 嬉しそうにはにかむ実妹いもうとが可愛い。

 

「……むー」

 

 そしてちょっと拗ねている義妹いもうとの頭も撫でてやり、席へと向かった。

 

 

 

「それじゃあお兄ちゃん、勉強教えてー♪」

 

「ん、教えて」

 

 俺を挟むよう右側に烈華が、左側に白咲が座り、各自教科書やワークを広げたところで二人が抱きついてきた。

 

「いや、教えてって言われても。俺よりも二人の方が頭いいだろ?」

 

 白咲は学年トップだし、烈華だって白咲ほどではないが上位だということは知っている。

 

 対して俺はというと、中の上が関の山だ。普段は平均を多少上回っている程度。

 

 そんな俺が二人に勉強を教えれるわけがない。

 

「いいのー。お兄ちゃんに勉強教えてもらう体でイチャイチャしたいだけだから」

 

「ん、わからない問題聞くフリして胸当てたりできればいい」

 

「おかしいよね?」

 

 早速目的が入れ替わっていて、俺は思わず苦笑する。

 

「ねーお兄ちゃん、早くあたしとイチャイチャしよ?」

 

「ん、声が出せない状況で、私をたくさん弄って……♡」

 

「しないからな!?」

 

「コホン!」

 

 いつもの如く二人に突っ込むと、すぐ近くでわざとらしい咳払いが聞こえた。

 

 そちらの方に目を向けてみれば、宝飾品の目立つおばさまが本の縁からこちらを睨んでいる。

 

 さすがに第三者に邪魔されたからか、二人は静かになり、各々ゴールデンウィークの課題に向き合っていた。

 

 これは……………………最ッ高の環境じゃないか!

 

 他人の目があって二人は俺を誘惑することができず、一般的な兄妹のやり取りしか生じない。

 

 課題を終わらせることができ、俺の精神も回復することができる。図書館来てよかったぁ。

 

 図書館に行こうと提案してくれた二人に感謝しつつ、俺も自分の課題に勤しむことにしたのだった。

 

 

 

 それからは、とても平穏に、緩やかに時間がすぎていった。

 

 例えば、

 

「お兄ちゃん、この問題どういう意味?」

 

「ん? あぁこれは、この公式を使うんだよ」

 

「そっかー。ありがと、お兄ちゃん♪」

 

「兄さん、これ教えて」

 

「あぁ、これは主語が長くなるから、これでとりあえず代用して……」

 

「ん、ありがと、兄さん」

 

 なんて聞いてくる妹たちの対応をしたり。

 

 例えば、

 

「お兄ちゃん、これ間違ってるよ」

 

「……おぉ、ホントだ。ありがとな」

 

「えへへ♪」

 

「……兄さん、ここ計算ミス」

 

「うわっ、マジだ。白咲もありがとな」

 

「ん……っ♪」

 

 なんて不甲斐なく妹たちに間違いを指摘され。

 

 それでもいつもより普通な兄妹として時間をすごした。

 

 うんうん、こういうのいいよな。

 

 つい二ヶ月ほど前のような関係に、俺は懐かしさを感じていた。

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

「んーっ」

 

 真面目に勉強してしばらく。烈華が体に溜まった疲労を出すように、体を伸ばし始めた。

 

 反対側に目を向けると、白咲も同じように体を伸ばしていた。胸がぷるぷると震えている。

 

 ゆっさゆっさと揺れる胸に釘づけになっていると、「お兄ちゃん?」と烈華に肩を掴まれた。

 

 ヤバい……殺されるっ!

 

「お兄ちゃん? 白咲のどこを見てるのかなぁ?」

 

「いや、どこも見てないぞ?」

 

 ゆっくりと振り向き、笑顔な烈華と向き合う。やっぱり目が笑ってない。

 

「あーあ、あたし疲れたなぁ?」

 

「肩揉ませていただきます!」

 

 俺の行動は速かった。

 

 すぐに席を立ち、烈華の肩を揉み始める。

 

 周りの視線が集まるが、気にしていられない。

 

 そうして烈華の肩を揉んでいると、白咲が静かに「兄さん」と呼んできた。

 

「私も肩凝ったから、お願い」

 

 そう言って、白咲は少しだけ胸を揺らす。目線は烈華に向けたまま、まるで挑発するように。

 

 俺はそれを気づかないフリして、白咲の肩も揉み始める。

 

 それからすぐ。烈華が席を立ち、俺の腕を掴んで本棚の森へと歩き始めた。

 

 何度か角を曲がり烈華が立ち止まったのは、人気のない通路。

 

 本棚に仕舞ってあるのはどれほど前からあるのかわからない古本ばかり。

 


「れ、烈華……?」

 

「お兄ちゃん、あたし、勉強頑張ったよ?」

 

「あ、あぁ、そうだな」

 

「あたし、我慢してたんだよ? お兄ちゃんとイチャイチャしたかったのに」

 

「う」

 

 潤んだ瞳を向けられ、俺は弱ってしまう。

 

 卑怯だろ、そんなの……っ! 可愛すぎるだろ!?

 

 実妹いもうとの可愛い姿に、俺は悶えそうになるのを必死で堪える。

 

「ねぇお兄ちゃん、ここって人いないね?」

 

「で、でも来るかもしれないだろ?」

 

「いーの♪ ねぇお兄ちゃん、見て……」

 

 烈華はブラウスのボタンを外し、雪肌を露出させた。

 

 ヒマワリを連想させるような淡いオレンジ色の下着が、慎ましい胸を包んでいる。

 

 図書館という神聖さを感じるような場所が、烈華の姿をより扇情的に思わせる。簡潔に述べるなら、めっちゃえろい。

 

「えへへ、お兄ちゃん視線がえっちだよぉ♡」

 

「べっ、べつにっ」

 

「お兄ちゃん、触って?」

 

 烈華は俺の左手を掴み、ブラの中へといざなった。

 

 目に見えないところで、てのひらに烈華の胸が──待て待て待て。考えるな、それ以上は考えるな俺。

 

 妄想に耽りそうになり、慌てて理性が出動。ただいま現実。

 

「んっ……えへへ、どう? 小さいけどイイでしょ?」

 

「ぐっ、う……」

 

 これってどう返すのが正解なんだ!?

 

 そう悩んでいると、少し駆け足気味な足音が聞こえてきた。

 

 ──しまった! 人が来る!

 

「烈華、足音が──」

 

「なんで、私を置いてくの」

 

 だがやって来たのは見知らぬ図書館の利用者ではなく、少し拗ねたように頬を膨らませた白咲だった。

 

 白咲は俺の手の行方、つまり烈華の胸へと目を向けると、無言で、しかし強く床を踏みつけこちらに向かってくる。

 

 な、なにをされるんだ……?

 

 左手に伝わってくる烈華の感触と温もりを少しだけ忘れ、うつむきがちに歩み寄ってくる白咲に意識を向ける。

 

 白咲は俺の数センチ先で立ち止まると、おもむろにブラウスのボタンを外しだし──豊満な胸が自由を求めるように暴れ出てきた。

 

 せっ、戦闘力が違ががががががが!?

 

「れっ、烈華!? 痛いんだけど!?」

 

「ふんっ、知らないっ」

 

 拗ねた烈華の方を向いた瞬間、右手が同様に掴まれて、柔らかいものに包まれた。

 

 もう一度白咲の方を見ると、俺の右手は白咲の渓谷にすっぽりと埋まっていた。めっちゃ温かい。

 

 だが、この状況は非常にマズい。

 

 傍から見れば、図書館の人気のない通路で俺が二人の胸を揉んでいることになる。(事実は逆なのだが)

 

「えへっ、お兄ちゃんの手温かい……んっ♡」

 

「ん、兄さんの手が私の胸を蹂躙してる……♡」

 

「してない! 俺はそんなことしてない!」

 

 そう反論しながら手を引き抜こうとするが、二人が両手を使い全力で俺の手を掴んでいて逃げ出せない。

 

 そうしている間にも、二人の表情はどんどんとろけていって息づかいも荒くなってきている。

 

 ヤバい、早くなんとかしないと……っ!

 

 

「コホンッ!」

 

 

 焦っていると、聞き覚えのある咳払いが聞こえてきた。

 

 第三者の介入に二人の力が緩み、俺は慌てて手を引き抜く。

 

 そして声の聞こえてきた方を見ると──あの宝飾品が目立つおばさまが、本棚の陰からこちらを見ていた。

 

 二人は冷静になったのか、ブラウスのボタンを閉め、俺の手を引っ張ってその場から移動しだす。

 

 

「もぅ、いいところだったのに」

 

「ん、邪魔が入った」

 

「あ、あはは」

 

 俺としては助かったけどな。なんて、俺は苦笑するのであった。

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