第37話 烈華と遊園地デート

 あれから様々な誘惑を耐えしのぎ、ゴールデンウィーク八日め。

 

 図書館での出来事以降、かたくなに外出しようとしなかった烈華れっか白咲しらさきが、なぜか今日になり突然デートをしようと言い出してきた。

 

 それも春休みのときのように三人一緒ではなく、午前は烈華と、午後は白咲というように分けられて。

 

 そのことに多少首を傾げるも、悲しいことに俺に拒否権はなく、このデートを了承する他ない。

 

 これから始まろうとしているデートの行く末に一抹の不安を感じながら、まずは烈華とのデートが幕を開けるのであった。

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

 朝食を三人で済ませ、俺は指示された通り駅に向かった。

 

 どうせなら一緒に出ればいいだろと思ったのだが、烈華に「待ち合わせした方がデートっぽいから!」と力説されたためだ。

 

 まぁわからなくはないが……そこまでこだわって、今回はなにをするきなのだろう?

 

 そんな答えの出ない疑問に意識を取られながら、駅前の広場で待つこと数分。やっと烈華がやって来た。

 

 

「お兄ちゃん、お待たせーっ」

 

「お、おう」

 

 遅れてやって来た烈華は、笑顔で手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。

 

 烈華はフリルのあしらわれた白いワンピースに丈の短い桜色のカーディガンを羽織った、清楚感溢れる姿だった。

 

 俺の目の前までやって来た烈華は、髪型を気にしてか少し手櫛てぐしで整えてはにかむ。

 

「えへへっ、どうかなお兄ちゃん」

 

「ん、あぁ……めっちゃ可愛いぞ」

 

 ありのままの率直な感想を伝えると、烈華は頬を赤らめ「ありがと♪」と全ての人類を魅了するような笑みを浮かべた。

 

 うちの実妹いもうと可愛すぎじゃない?

 

 胸中で誰かに共感を求めながら、俺は深呼吸で冷静さを取り戻す。

 

 そして改めて烈華の姿を見るが、やっぱり可愛かった。

 

 そして烈華の可愛さは、俺だけでなくこの場にいる他人をも魅了していた。証拠に、辺りの(主に男)から視線を感じる。

 

 うぅむ、あんまり注目されるのはいやだな。

 

「それじゃあ行こうか」

 

「うんっ♪ って言っても、デートプランはあたしたちの方で決めてるんだけどね」

 

「そうだな」

 

 烈華と他愛もない会話を交わしつつ、自然に手を繋いで駅へと移動した。

 

 その際、よりいっそう鋭い視線がいくつも向けられたような気がしたが……きっと気のせいだろう。

 

 

 

 それから電車に揺られ目指したのは、最近リニューアルされたという遊園地。

 

 そこは過去、まだ白咲がうちに来る前に家族四人で遊びに来たことのある場所だ。

 

「うわぁ、懐かしいなぁ」

 

「うん、そうだねぇ。あっ、あれ覚えてるっ?」

 

 入園して早々、烈華が興奮気味にある方向を指差す。

 

 その先に目を向けてみると、この遊園地のマスコットキャラクターが風船片手に子供たちの相手をしていた。

 

「あぁ、覚えてるぞ。昔烈華が一緒に写真撮りたいって駄々ねてたやつだろ?」

 

 クマとタヌキを交ぜたような容姿をしたキャラは子供に人気で、幼かった頃の烈華も例に漏れず大変気に入っていた。

 

「どうする? 写真撮るか?」

 

「ううん、もうそんな歳じゃないよ。それに写真撮るならお兄ちゃんとがいいーっ♪」

 

 そう言って烈華は腕に抱きついてくる。

 

 人前だというのに恥ずかしげもなく。ある意味肝が据わってると言うべきか。

 

 正直俺は恥ずかしい。さっきから視線が集まってるし。

 

「あははっ、お兄ちゃん顔赤いよー?」

 

「しっ、仕方ないだろ。烈華が可愛いんだから」

 

「っ~~~!」

 

 あれ、なぜだろう。烈華の方も顔を真っ赤に染めてしまった。

 

「不意打ちは卑怯だよぉ……お兄ちゃんのイジワル」

 

「え、なに? 俺なんかした?」

 

 恨めしそうに睨まれ戸惑っていると、烈華は深呼吸をして心を落ち着かせたのか、笑顔で「行こっか」と腕を引っ張ってきた。

 

「わ、わかったからそんなに引っ張るなって」

 

「時間は有限なんだよ! たくさん遊ぼうよっ」

 

 はしゃいでいる様子に頬を緩めながら、俺は烈華の後をついて行くのであった。

 

 


「うひゃー! ドキドキするね!」

 

「あ、あぁそうだな」

 

 ゆっくりと上昇していくジェットコースターに、烈華は嬉々として目を輝かせ、俺は恐怖に頬を引きらせる。

 

 まさか遊園地に来て最初のアトラクションが絶叫系なんて、誰が想像できようか。

 

 入園からまだ二十分足らずで、正直心の準備ができていない。

 

 せめてもう少し時間がほしかったと考えるうちにジェットコースターは高度を上げていき、ついに頂点までやって来た。

 

 グラリと先頭の方が傾く。

 

 次の瞬間、勢いよくジェットコースターが降下を始めた。

 

 

「「きゃー!」」

 

 

 そんな楽しそうな悲鳴が上がる中、俺は真顔で恐怖と戦っていた。

 

「楽しいね、お兄ちゃん!」

 

「楽しいよりもこわぁぁぁあああっ!?」

 

 返答しようと口を開いた途端、ジェットコースターが右にカーブし更なる恐怖が襲ってきた。

 

 遠心力で体が左側へ引っ張られると、右側に烈華が楽しそうに倒れ込んでくる。

 

 腕に頭を預けるようにして倒れる烈華は、なぜかこんな状況で頬擦りまでしてきた。

 

 あぁぁぁあああああっ! 突っ込みたいけどそんな余裕ねぇえええええええええっ!

 

 上下左右と自由に駆けるジェットコースターに、体は幾度と振り回され恐怖で体が縮こまる。

 

 うぉおおおおおっ、早く終われぇえええええっ!

 

 

 

「──おぇ」

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

 ジェットコースターが終わり、俺たちは近くのベンチで休んでいた。

 

 正確には、休んでいるのは俺だけだが。

 

「楽しかったね、ジェットコースター」

 

「いや、俺はもう怖い以外の感想がない」

 

 ケラケラと笑う烈華に、俺はクラクラする頭を押さえながらそう答える。

 

「あははっ、お兄ちゃんは貧弱だなー」

 

「貧弱貧弱ぅ♪」と聞き覚えのあるセリフを楽しげに溢し、烈華は項垂うなだれる俺の頬をツンツンとつついてくる。

 

 烈華はなんでこんなにも元気なのだろうか。

 

 そんな疑問を他所に、俺は「次はなににするんだ?」と烈華に問いかける。

 

「んー、次はお兄ちゃんの好きなアトラクションでいいよ♪」

 

「お、言ったな? なんでもいいんだな?」

 

「うん、なんでもいいよ。あっ、人気のないところで襲ってくれてもいいんだよ?」

 

 なにか気づいたのかハッとすると、烈華はワンピースのスカートを軽く持ち上げてそんな妄言を吐いてきた。

 

「大丈夫だ、そんな気はまったく起きてないから安心しろ」

 

「えー、あたしそんなに魅力ないー?」

 

 いや、魅力なら充分にあるぞ。

 

 そう胸中で呟きながら「それじゃあ行くか」と腰を上げる。

 

「もう少し休んでなくて大丈夫?」

 

「あぁ、大丈夫だ。それに──次は烈華がこうなるからな」

 

「えっ?」

 

 ニヤリと笑いかけると、烈華はポカンと口を開き頓狂な声を漏らす。

 

 ふふふっ、これは楽しいことになりそうだ。

 

「えっ、ちょっとどういうこと?」と慌てて尋ねてくる烈華の手を引きながら、俺はあるアトラクションを目指した。

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

「お、お兄ちゃん? 引き返そう? 今ならまだ間に合うよ?」

 

「なにに間に合うのかわからないけど、引き返さないぞ? 烈華が言ったからな、俺の好きなアトラクションでいいって」

 

 そう返すと、烈華の整った美しい顔がどんどん青ざめていく。

 

「ひぅ、お兄ちゃんのいじわるぅ!」

 

「はっはっは、今さら泣いたって遅いぞ? 恨むなら失言した自分を恨むんだな」

 

 烈華の反応に、俺はこの上ない楽しさを見出していた。

 

 いつもさんざん振り回されるお返しだ。

 

 そう胸中で呟きながら、俺は烈華の手を引っ張りながら暗く視界の悪い道を歩いていく。

 


 おわかりの通り、俺が今烈華を連れ回しているのはお化け屋敷だ。

 

 なぜここを選んだのかは、烈華の反応を見れば大体の察しはつくだろう。

 

 心霊の類いが怖いだなんて女の子らしいが、今回はそれを思う存分利用させていただいた。

 

 まぁあまりイジワルしすぎると良心が痛むので、そろそろお化け屋敷を出るとしよう。

 

「ほら、そろそろ進みたいから足を動かしてくれ」

 

「ふぇぇぇ、そんなこと言われてもぉ」

 

 目尻に涙を浮かべ、生まれたての小鹿のように震える烈華の肩を掴む。

 

「ほら、大丈夫だから。置いてかないからな」

 

「うぅ………………うん」

 

 烈華はしばらく考え込み、弱々しく頷く。

 

 弱った姿の烈華も可愛いなぁ、なんて和みながら、俺は狭めていた歩幅をいつも通りに戻し、少し速歩きでゴールを目指した。

 

 

 

 その道中、烈華は幾度となく悲鳴を上げた。その一部を挙げてみよう。

 

 例えば、天井から生首(マネキン)や四肢(こっちもマネキン)が吊るされてたとき。

 

「いやぁあああああっ! お兄ちゃんっ、お兄ちゃん上っ!」

 

「いや、マネキンが吊るされてるだけだから」 

 

 

 壁からいきなり顔(マネキン)や手(以下略)が飛び出してきたとき。

 

「ひっ、壁から手がぁ──きゃっ!? 顔!? めっ、目が合ったっ!?」

 

「落ち着け、そういう風に仕組まれてんだ」

 

 

 更にはどこからともなく女性のかすれた声が聞こえてきたとき。

 

「ひぃっ!? なに!? 『助けて』なんて言われてもあたしなにもできないよぉっ!」

 

「あー、うん」

 

 

 このように、耐性のある俺はことごとくを受け流していたが、怖いのがダメな烈華は絶叫の連続。

 

 今はまるで全てを拒絶するかのように、俺の腕にがっしりと掴まり顔をうずめ身を縮込まらせている。

 

 恐怖に震える実妹いもうとが可愛い。

 

 なんてお化け屋敷にそぐわない感情を抱きつつ、気づけばゴールが見えてきていた。

 

 

「烈華、そろそろ出れそうだぞ」

 

「ふぇ? ほ、ほんと? 嘘じゃない?」

 

「嘘じゃない嘘じゃない。ほら」

 

 自由な方の手で烈華の肩を叩き、目先に見える出口を指差す。

 

「うぅ、怖くて目が開けられないぃっ」

 

「大丈夫だって、もうなにもないから」

 

「ほ、ほんと……?」

 

 震えた声で尋ねてくる烈華に、俺は頭を撫でながら「ホントだ」と返す。

 

 すると烈華は安心したのか、恐る恐る、ゆっくりと目を開く。

 

 その瞬間──

 

 

『オァアアア……ユル、サナイ……ィイイイ!』

 

 

 そんな恐怖心を煽る不気味な音声と共に、生首(マネキン)が急降下してきた。

 

「ひっ」

 

 すると烈華は小さく短い悲鳴を漏らし、その場にへたれ込んだ。

 

「もうむりぃ……」

 

 そう涙声で呟く烈華に、俺は苦笑を浮かべる。

 

 しかし、さすがに今回のは俺もびっくりした。

 

 なるほど、たかが遊園地のお化け屋敷と舐めていたが、案外良いじゃないか。

 

 そんな上から目線な感想を抱きつつ、女の子座りをしたまま足にしがみついてくる烈華へと視線を向ける。

 

「大丈夫か?」

 

「うぅ、大丈夫じゃなぁい……。お兄ちゃん、お姫様抱っこぉ」

 

 烈華は涙目で俺を見上げ、促すように両手を伸ばしてくる。

 

 表情から心底怖がっているのはわかるが、それでも甘えてくる余裕はあるらしい。

 

 なんというか、すごいな。

 

 図々しいというか、ちゃっかりしてるというか。

 

 そんな烈華の姿に苦笑を漏らしながら、俺は腰と膝裏に手を伸ばし要望通りお姫様抱っこをする。

 

 

「えへへっ♪ ありがとっ、お兄ちゃん♪」

 

 

 すると烈華は、首に回していた腕に力を入れ顔を近づけて、頬に軽くキスをした。

 

 あ、え……………………え?

 

 突然のことに硬直していると、烈華はイタズラが成功したような、満足気な笑みを浮かべた。

 

「ありがと、お兄ちゃん♪」

 

「っ……! あ、あぁ」

 

 至近距離で最上級の笑顔を向けられ、俺は動揺しまくり声を上擦らせながら頷く。

 

 くっ、うちの実妹いもうとが壊滅級に可愛くてヤバい……っ!

 

 久々に純粋な可愛さ攻撃をくらい、つい揺らいでしまった。

 

 ダメだ、こんな様では兄として失格だ。落ち着け俺ぇ……。

 

 そう自分に言い聞かせながら、俺はなるべく平然を装いながらホラーな迷路を抜け出すのであった。

 

 

 余談だが、お化け屋敷から出たときスタッフや他のお客から注目を浴びてしまった。お姫様抱っこしてたから、仕方ないね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る