第38話 烈華の告白
様々なアトラクションを遊び、気づけば時刻は十一時半ば。
そろそろデートが終わる頃合いで、
一周の時間はおよそ十五分程度で、最後にゆっくりと時間を過ごすにはいいチョイスではないだろうか。
それはさておき。列に並び多少の待ち時間の後、俺たちの番がやって来た。
せいぜい六人くらいは乗れるであろうゴンドラに乗り、少しずつ遠ざかる地面を眺めなんともいえない感情を抱く。
「あはは、人がちっちゃーい。お兄ちゃんっ、人がゴミのようだー!」
「高いところ行くと絶対に言うやついるよな、それ」
やけにテンションの高い烈華に、俺は苦笑混じりに相槌を打つ。
どこぞの大佐のようなセリフを口にした烈華は、興奮が収まったのか素直に椅子に座る。
「お兄ちゃん、覚えてる?」
「ちょっと脈絡がなさすぎて混乱してるんだけど」
静かになった烈華が投げかけてきた突拍子もない質問に、俺は空かさず突っ込みをいれる。
いったいなにを聞きたいのか。
なんのことかわからないと首を傾げていると、烈華が「前にもこの観覧車に乗ったんだよ」と口にした。
あぁ、なるほど。そのことを覚えてるか聞きたかったわけか。
そう納得して、俺は「覚えてるよ」と頷いた。
「もう閉園時間になりそうだったのに、烈華が帰りたくないって逃げたんだよな」
あのときのことはよく覚えている。
なんせ出入口前で突然逃げ出したのだ、印象が強くて忘れるわけない。両親なんか唖然として立ち呆けていたし。
懐かしいなぁと微笑していると、烈華は恥ずかしそうに「えへへ」とはにかむ。
ちょっと可愛いな。
「今思うと、あたしバカなことしたよね」
「んー、まぁそうだな。子供らしくていいと思うけど」
「あはは、お兄ちゃんあのときと同じこと言ってる」
もちろん、それも記憶にある。
まだ遊びたいと言って逃げた烈華を追いかけてたら、ベンチに座って泣いていて。だから俺は「子供だからもっと遊びたいよな」って、一つしか変わらないのに大人ぶって慰めてたな。
「それでお兄ちゃんが『一緒に観覧車に乗ろう』って言ってくれて、あたしすごい嬉しかった」
「まぁ、お金は少しだけもらってたし、時間もちょっとは余裕あったからな」
思えば、あのときの俺は兄としてかっこつけたかったのだろう。
幼い自分の行動に頬を掻いていると、ふと烈華が鞄の中からなにかを取り出した。
「じゃあお兄ちゃん、これは覚えてる?」
二つめの問い。烈華が手に持っていたのは、子供が好きそうなおもちゃの指輪だ。
えっと、たしか──
「ここの射的で取ったやつだっけ?」
「うん、そうだよ」
それは俺の記憶の通り、フードコート近くにあるミニゲーム場の射的の景品だった。
まだ持ってたのかと少し驚きながら、俺は烈華を見つめる。
烈華はおもちゃの指輪を慈しむように見つめて、おもむろに左手の薬指にはめた。
ぐっ、ぬぅ……ここで変に突っ込んだら返り討ちにされそうだから、黙っておこう……。
目の前の光景に恥ずかしさを覚え、俺は咳払いをしながら窓の外へと視線を移す。
いまだゴンドラは四分の一ほどしか回っていないが、それでも充分高さはあり、ここ一帯の街並みが眺望できる。
「お兄ちゃん」
あまり見ることのない景色に釘づけになっていると、不意に烈華から呼ばれそちらを向く。
すると、烈華が今までにないくらい真面目な面持ちで俺を見つめていた。
ゴンドラという個室に張り詰めた緊迫感に、俺はゴクリと唾を呑み込む。
それからすこしだけ沈黙が続き、やがて烈華が再び口を開いた。
「お兄ちゃん、あたしはお兄ちゃんのことが大好きだよ」
それはあの春休みから、幾度と言われてきた言葉。
だがなぜだろう、今日はその言葉の重みが違う気がする。
「だから、まず謝らせて。あたしちょっと暴走しすぎちゃった……
そんな気軽に言うことではないと思うのだが。そんな茶々はひとまず呑み込んで、俺は無言で頷き返す。
「それでね、前々から白咲と考えてたんだ、お兄ちゃんにちゃんと告白するかどうか」
烈華は至って真剣な表情で語る。
「それで決めたんだ。このゴールデンウィークに改めて告白しようって」
「……なるほど、それで今日のデートか」
三人一緒ではなく、午前と午後で烈華、白咲を分けた変則デート。
どうしてそのようなことをしたのか謎だったが、これで納得した。
「説明は終わり。それじゃああたしの告白、ちゃんと聞いてね?」
ポンと手を叩くと、烈華は明るい様子で首を傾げる。
だが、向けられる瞳からは緊張や不安の色が見て取れた。
「あたしがお兄ちゃんのこと意識するようになったのは、たぶん中学一年か二年の頃だったと思う。いつも優しくてかっこいいお兄ちゃんの姿に、いつの間にか惹かれてたの」
懐かしむような、優しい笑顔を浮かべて烈華は続ける。
「最初はね、実の兄を好きになるのはおかしいってわかってた。だから勘違いなんだって、自分に言い聞かせてた」
「けど」と一瞬表情を曇らせ、
「お兄ちゃんと一緒にいる時間が増えれば増えるほど、この胸の痛みも増して……切なくて苦しくて、でもお兄ちゃんといると幸せで胸がいっぱいになって……」
烈華の声が震えだす。今までにないくらい感情の籠った言葉に、俺はただ黙って聞くことしかできなかった。
「やっぱりこの想いは勘違いじゃないんだ、本物なんだって確信した。どれだけ普通じゃなくても、まぎれもないあたしの本心なんだって」
しっかりと、噛み締めるように語る烈華は、時折薬指にはめた指輪をなぞって目を細める。
「そしたらもう我慢する必要ないって、吹っ切れちゃった」
そう言って、烈華は舌を出して笑ってみせた。
「だからね、あたしはもう我慢しないでこの想いをお兄ちゃんにぶつけるよ」
まっすぐと向けられる視線に、俺は思わずたじろいでしまう。
静かな空間で、
そんな些細な音すら鋭敏に聞き取れるくらい集中した中で、おもむろに烈華が立ち上がった。
そして俺の目の前にやって来ると、烈華は椅子に手を突いて屈んだ。
もう少し近づけばキスができそうな、互いの吐息が当たるほど近い距離に、妹だとわかっていてもドキドキしてしまう。
ふわりと甘い匂いが漂ってくる中、頬を紅潮させた烈華が震える唇を開き、
「お兄ちゃん、大好き、大大大好きっ、愛してるっ! 一生離れない、離れたくないっ! だから、ずっとお兄ちゃんの隣にいさせてね」
感情のままに言葉を紡ぎ、烈華は最後に微笑み──
そして次の瞬間、唇に柔らかい感触が、一瞬だけ触れた。
……。
…………。
……………………え?
正気に戻ったときには、すでに烈華は椅子に座って窓の外へと視線を投げていた。
しかし、覗けるその頬と耳は赤く染まっていた。それほど恥ずかしかったのだろう。
「あ、あの、烈華?」
「そうだお兄ちゃん、返事は白咲の告白が終わってからでいいからね? あと、ちゃんとデートは楽しんであげてね。あたしの告白のせいで白咲とのデートが台無しになったら、あたしが白咲に恨まれちゃうから」
やけに早口で告げてくるも、烈華は
そして気づけば観覧車は一周していて、烈華との遊園地デートは幕を閉じたのだ。
それから帰りの電車にて。烈華は寄り添うように身を預けてきて、俺の手を強く握ってきた。
「お兄ちゃん、デート、楽しかったよ」
「あぁ、俺も楽しかったよ」
触れ合う場所から伝わってくる熱にドキドキしながら、俺はその手を握り返す。
朗らかに、嬉しそうに微笑む烈華が、無性に可愛かった。
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