第39話 白咲と公園デート

 電車で最寄り駅まで戻り、烈華れっかと別れてから駅前の広場に向かうと、そこにはきれいに着飾った白咲しらさきが待っていた。

 

 白咲は水色のVネックブラウスの上に白地のパーカーを羽織り、下はホットパンツと黒ニーソというギャル風な格好をしている。

 

 当然ながら烈華に負けずとも劣らない、絶世の美少女だ。

 

 しかし、あんなエロ……魅力的な格好だと、下心丸出しなやからに声をかけられそうなものだが。

 

 実際、春休み某日烈華と白咲が俺をストーキングしてきてたとき、電車内で二人はナンパまがいの行為を受けていた。

 

 だが今白咲の周りには(チラチラと視線を向けている者を除けば)変な輩がいない。

 

 どうしてだろうと首を捻っていると、ふと白咲と目が合った。

 

 

「ごめん、待たせたか?」

 

「ん、大丈夫、兄さんとなら放置プレイも大歓迎」

 

「もう帰っていい?」

 

 合流して早々下ネタを投下され、俺は呆れてため息を溢す。

 

 すると白咲は「それはダメ」と頬を膨らませながら返してくる。

 

「烈華だけデートして、私はなにもなしじゃイヤ」

 

「なら下ネタは控えてほしいんだけど」

 

 そう言うと、白咲は顎に手を当て少し考えると、感情の薄い顔で「前向きに検討する」と答えた。

 

 これはダメなパターンだ。

 

 まぁ考えてくれるだけマシ、なのか……?

 

 

「ところで白咲、こんな人目のつく場所にいてナンパとかされなかったのか?」

 

 考えることを放棄して、俺は先程から抱いていた疑問を投げかける。

 

「ん、されてない。『私は兄さんだけの雌犬なので、他の誰にも触らせません』って看板を首にかけてたから」

 

「なにやってんの!?」

 

 平然と答える白咲に、俺は驚きのあまり人目も気にせず声を荒らげてしまった。

 

 いぶかしむ視線が多数向けられ、俺は咄嗟に口を押さえる。

 

「大丈夫、冗談」

 

「タチの悪い冗談は止めてくれ!」

 

 まったく表情筋が働いていない「テヘッ☆」をくらい、俺はまた叫んでしまう。

 

 俺が不審者扱いされてしまうので、ぜひともこういうことは止めていただきたい。

 

「兄さん、そんな叫んでると疲れるよ」

 

「誰のせいだ誰の……っ」

 

 どこ吹く風と首を傾げる白咲の頭をわしゃわしゃと掻き乱す。

 

「んっ、兄さん、恥ずかしい……」

 

 お前の羞恥心はいったいどうなってんだ。

 

 そんな突っ込みを呑み込みつつ、俺は手を止めてから「そういう冗談は止めろよ?」と白咲に注意する。

 

 白咲は白い頬をほんのりと赤らめながら、静かに頷いた。

 

 なんだこれ、可愛すぎか。

 

 

「……んっ、兄さん、そろそろ行こ」

 

 少しして、白咲は咳払いをして俺の手を引っ張る。

 

「行くって、どこにだ?」

 

「お昼。予約してあるから」

 

 なんという手際の良さ。

 

 というか予約してあったのか、どこだろう。

 

 そんな期待を抱きながら白咲に連れて来られたのは、駅から徒歩圏内にある少しおしゃれなレストランだった。


 わぁお、高校生のデートにしては豪華だなー。


 それでも俺は努めて冷静に、烈華のあとをついて行く。



「えっと、俺はこのドリアで。白咲はどうする?」

 

「ん、私はステーキ」

 

 案内された窓際の席に着き、俺たちはそれぞれ注文を済ませた。

 

 注文を確認し店員が去ったのを確認して、俺は隣に座る白咲へと視線を向ける。

 

 エメラルドを思わせる瞳がこちらに向けられていた。

 

「ど、どうしたんだ白咲」

 

「ん、べつに。兄さんがなにか言いたそうだったから」

 

 そしていつものように、俺の心を読んでくる。

 

「いやぁ、女の子がレストランでステーキ頼むのって珍しいなと思ってな」

 

 しかもメニューをチラリと見たが、ガーリックソースつきと書いてあった。

 

 思春期の乙女が人前(特に意中の相手の前)でそんなものを食べるとは、意外としか言いようがない。

 

 だが白咲は、ゆっくりと首を傾げ「食べたかったから頼んだだけ」と答えた。

 

 なんというか、白咲は強いな。いろんな意味で。

 

 そう義妹いもうとの肝が太い一面に、俺は素直に感嘆する。

 

 

「そういえば白咲」

 

「ん、なに?」

 

「それ、似合ってて可愛いぞ」

 

 今さらではあるが、服の感想を述べておく。

 

 駅前の広場で合流してからもう三十分近く経っていて、さすがに遅かったか? と白咲の顔を覗き込む。

 

「~~~っ、うぅ……っ」

 

 赤くなっていた。

 

 それはもう、普段の雪肌が記憶の中で誇張されるくらい真っ赤に。

 

「に、兄さんのいじわるぅ……鬼畜ぅ」

 

「な、なんで!?」

 

 力ない罵倒に、俺はわけがわからず戸惑ってしまう。

 

「ん……羞恥プレイはまだ私には早い」

 

「違うから、そんな意図はまったくないから」

 

 赤く火照った頬に手を当てながら恨めしそうな視線を向けてくる白咲に、俺は両手を挙げて首を横に振る。

 

 それから間もなく注文した料理が届き、俺と白咲は仲良く昼食を摂り始めた。

 

 まだ湯気の上がるドリアをスプーンですくい、口に入れる。

 

 案の定熱かったが、とろけたチーズが絶妙に美味しい。

 

 なるほど、少し高いだけあって、普通のレストランより味がいいな。

 

 ここを選んでくれた白咲に胸中で感謝していると、不意にツンツンと腕をつつかれた。

 

 隣を向くと、白咲が一切れのステーキが刺さったフォークをこちらに向けてきていた。その瞳から、『食べて』という意志が犇々と伝わってくる。

 

「ん、あーん」

 

「あ、あぁ、ありがとな」

 

 少し気恥ずかしく感じながらも、俺は差し出されたステーキにかぶりつく。

 

 柔らかく、噛むたびに肉汁と旨味が溢れ出る。

 

「めっちゃ旨い」

 

「んっ」

 

 感想を口にすると、白咲は上機嫌でステーキを口に運んだ。

 

 可愛いなぁ。

 

 つい撫でたくなる衝動を抑え、俺はお返しと一口分ドリアをすくって白咲に差し出す。

 

 すると白咲は一瞬目を見開き、静かに口元のソースを拭いて口を開く。

 

 小ぶりな口から伸びる舌が、妙に色っぽい。

 

「んっ、はふっ……んっ、美味しい」

 

 白咲はしっかりと味わうようにゆっくりと咀嚼してから、小さく微笑んだ。




   ─  ◇ ♡ ◇  ─




 昼食を終えてしばらく。俺たちは家近くの公園に来ていた。

 

 あまりデート感はないが、白咲の決めた場所なので素直について行く。

 

 まぁ午前中遊園地で結構はしゃいだからな、公園でゆっくりできるなら俺としては助かる。

 

 手を繋ぎ雑談交じりにゆっくりと歩きながら向かうこと数分。辿り着いた目的地の公園は、ゴールデンウィークでありながら閑散としていた。

 

 

「んー、昔は結構人がいたと思うんだが」

 

「ん、確かに。でもゴールデンウィークなら、公園で遊ぶよりどこかレジャー施設とかに遊びに行くと思う」

 

「あぁ、なるほど」

 

 確かにそうだな。せっかくの長期休暇なのに、こんな小さい公園で遊ぼうとはあまり思わないか。

 

「ん、私としては好都合。だって……」

 

 人のいない公園を見渡していると、隣に立っていた白咲がそう口を開き、

 

「兄さんと好きなだけイチャイチャできるから」

 

 ギュッと、腕に抱きついてきた。

 

 豊満な胸が、容赦なく腕に押しつけられる。

 

 いくら人気がないとはいえ、こんな真っ昼間に、それも外で抱きつくなんて、相当な勇気が必要だろう。

 

 それから少しの間、公園の入り口付近で抱きつかれ、ようやく白咲は離れてくれた。

 

 これで少しは休憩できるかと思ったが、そんな時間は与えてもらえるわけもなく。

 

 白咲は数少ない遊具の中で、コンクリ造りの倒れた土管のようなものを選び、俺をその中へと連れ込んだ。

 

 中は案外きれいで、高校生が二人入っても多少密着する程度で余裕があった。

 

 土管の向きがいいのか、割りと風通りもよく涼しいが、風上に白咲がいるからか甘い匂いが漂ってくる。

 

「なぁ白咲、こんなところに入ってなにするんだ?」

 

 公園デートといえば、童心に戻りブランコや滑り台、シーソーなので遊ぶのがスタンダードだと思うのだが。

 

 こんな稀すぎる遊具と呼んでいいのかすらわからない土管の中に入るだけとか、公園デートのイメージが壊れてしまう。

 

 だが白咲は気にしてないらしく、小首を傾げてこちらに倒れ込んできた。

 

「なにって、ナニ。……兄さんと、エッチなことする」

 

「よくもまぁどうどうと言えたな!?」

 

 コンクリの筒の中に声が反響する。

 

 だが冷静に考えてみると、俺は今割りとピンチな状況におちいっていた。

 

 多少余裕はあるとはいえ、俺の背丈では出入りするのに少し苦労してしまう。

 

 そんなところに時間を取られていては、当然白咲から逃げることなんて叶わない。

 

 くっ、もしや策士か!

 

 そう焦っていると、白咲はゆっくりと、徐々に身を乗せて文字通り俺を倒しにきた。

 

 不安定な姿勢では数秒耐えるのが限界で、俺は抵抗虚しく倒れてしまう。

 

 顔が近い。白咲のたわわな果実が、これでもかと押しつけられる。

 

「ん、兄さん照れてる」

 

「あっ、当たり前だろ!? なんで白咲は、そんな余裕そうなんだよっ」

 

「私は兄さんのことが好きだから」

 

 まっすぐすぎる返答に、状況も相まって俺の心臓は激しく高鳴る。

 

 というか近い! さっきあんなステーキ食べてたのに、なんでこんないい匂いするんだ!

 

 一つ一つの要素が、容赦なく俺の理性を崩しにかかってくる。

 

 これなら烈華とのデートの方が安全だった。

 

 そう思っていると、不意に手が掴まれた。

 

「し、白咲?」

 

「……デート中に他の女のこと考えてる兄さんに、手加減はしない」

 

 やけに圧のある声音でそう言うと、白咲は俺の手をどこかへと誘導する。

 

 視界の外でなにをされるんだと警戒していると、指先がどこかの空間に突っ込まれた。

 

 否、どこかではない。

 

 この指先に伝わる弾力と熱、そして反対側にはジーンズ生地のような肌触り……ハッ!?

 

 焦って無理矢理その場所へと視線を向けてみると──なんということでしょう、俺の指は白咲の絶対領域を侵食しているではありませんか。

 

「──」

 

「……んっ」

 

「なにやってんの!?」

 

 少し遅れて、喉から叫声が漏れる。

 

「兄さんを誘惑してる。これが私のやり方だから」

 

 平然と答える白咲に、余計俺の頭は混乱した。

 

「兄さんが望むなら、私はなんでも捧げる、なんでも言うことを聞く」

 

「なら解放してくれないか?」

 

「その類いの命令は聞けない」

 

「するならエッチな命令にして」と真顔で続ける白咲に、開いた口が塞がらない。

 

 白咲の理解不能な行動に思考停止していると、おもむろに白咲が動き始めた。

 

「兄さんがその気にならないなら、私がその気にさせる」

 

 狭い土管の中、わずかに体を横にずらすと、白咲は掴んでいた俺の手を、今度はメロンを彷彿とさせる胸へと押しつけた。

 

 てのひらいっぱいに、至福の弾力が伝わってくる。

 

 柔らかいのに、跳ね返す張りが……って俺はなに考えてんの!?

 

「んっ、もっと、激しくしても、いい」

 

 白咲は途切れ途切れに言葉を紡ぎ、柔らかな笑みを向けてくる。

 

「しっ、しないからな!?」

 

「そう。それなら、んっ……ん、こうする」

 

 途中小さく息を漏らしながら、白咲はゆっくりと顔を近づけてきて──

 

 突如、観覧車でのできごとが脳裏をよぎる。

 

 しまっ──

 

 気づいたときにはもう遅く。

 

 

 ──俺と白咲の唇が重なった。

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