第40話 白咲の告白

 人のいない公園で、義妹いもうととキスをしてしまった。

 

 どれほど経ったか、体感では割りと長い時間白咲しらさきにキスをされて、俺の頭は真っ白になっていた。

 

 だがなんとか意識を取り戻し、慌てて白咲の肩を押して距離を取る。

 

「な、ななななにしてんだ突然っ!」

 

 思った以上に動揺しているようで、上擦った声が喉から漏れる。

 

「ナニって、誓いのキス」

 

 なんの誓いだよバッキャロー!

 

 胸中で叫びながら、俺はゆっくりと白咲から距離を取る。

 

 だがしっかりと見ているようで、白咲も合わせるように這い寄ってきていた。

 

 くっ、白咲はホントに手加減する気ないな!?

 

 白咲の容赦ない猛襲に、俺は頬を引きらせる。

 

 どうにかして現状を打開せねば、告白云々うんぬんの前に俺の貞操が危ない!

 

 だが場所が場所なため走って逃げるわけにもいかず途方に暮れていると、またもや白咲に組伏せられてしまう。

 

 ダッと俺の顔の両隣に手をつき、白咲は先程のようにジリジリと顔を近づけてくる。

 

 そして鼻先が触れ合うほどの距離で止まり、白咲はゆっくりと口を開いた。

 

 

「兄さん、愛してる」

 

 

「っ──!」

 

 紡がれたのは、そんな変哲もない告白。

 

 向けられる眠たげな碧眼からは迷いや不安といった色は窺えず、ただ純粋な愛情が犇々ひしひしと伝わってくる。

 

 いつものように発情した様子なら断ることは簡単なのに、烈華れっかといいこうも真剣に告白されると、つい心が揺らいでしまう。

 

「兄さんは、私が来たときのこと覚えてる?」

 

「……あぁ、覚えてるぞ」

 

 いまだ白咲の告白に心揺さぶられながら、俺は努めて冷静な態度で頷く。

 

 それにしても、白咲がその話を挙げるなんて意外だった。

 

「もう十年近く経つんだっけ」

 

「正確には八年前。私が八歳、兄さんが九歳だった」

 

 そう補足され「よく覚えてるな」と口に出すと、白咲はわずかに目を伏せ「忘れられない」と答える。

 

「ごっ、ごめっ」

 

「ん、いい。兄さんが謝ることじゃない。それに私は、忘れたいと思ったことない」

 

「そう、か」

 

「ん」

 

 白咲は、仄かに笑みを浮かべて小さく頷く。

 

「……強くなったな、白咲」

 

「ん、兄さんと、ついでに烈華のおかげ」

 

 ついで扱いの烈華に同情しながら、俺は当時の記憶を思い返した。

 

 

 ──八年前のある日、両親が一人の少女を連れて帰ってきた。その少女は、両親の親友の子供だったらしい。

 

 その少女は事故で両親を亡くし、一年もの間施設に預けられていたそうで、葬式の場でそのことを知った両親が引き取ることを決めたのだ。

 

 なんの相談もなかった俺と烈華は、最初こそ戸惑ったものの家族が増えることを喜んだ。しかし少女は幼くして親を亡くしたためか、ショックで心を閉ざし、しばらくの間声を聞かせてくれることはなかった。

 

 それが俺の義妹いもうと──白咲との出逢いだ。

 

 

 あの頃は、ほとんど口を利いてもらえなかったな。今の姿からは想像できないけど。

 

 八年前とつい最近の白咲の姿を思い浮かべ、比較する。

 

 どうしてこんな変態に育ってしまったのか。

 

 しみじみとした回想をしてたはずが、つい苦笑を溢してしまう。

 

「兄さん、今失礼なこと考えてた」

 

「だから心を読まないでくれる?」

 

 もう何度繰り返したかわからないやり取りを交わし、二人して小さく吹き出す。

 

「あのときは、本当に絶望してた。大好きだったパパとママがいなくなって、もうなにも考えられなくなってた」

 

「……」

 

「そしたらお義父さんとお義母さんに引き取られて、兄さんと烈華と会った」

 

 静かな声音で語る白咲の表情はどこか懐かしむようで、あまり悲しみの色は見て取れない。

 

「最初は『一人にして、放っておいて』って思ってたけど、みんなが優しく接してくれて……」

 

 白咲の瞳が潤んでいく。そして雫が、ゆっくりと俺の頬に垂れてきた。

 

「……胸の奥が温かくなった。あれだけ素っ気ない態度取ってたのに、こんなに優しくしてくれるなんて、って」

 

「当たり前だろ。血は繋がってなくても、家族なんだから」

 

「ん、みんなそう言ってくれた。でも、兄さんが一番温かかった」

 

「そ、そうか?」

 

「ん、お義父さんとお義母さんも優しかった。烈華も積極的に話しかけてくれた。けど、兄さんが一番、私のこと気にかけてくれた」

 

「まぁ、兄だからな」

 

 そう答えると、白咲は「ふふっ」と小さく笑う。

 

「子供のときも、同じこと言ってた」

 

「……」

 

 なんだろう、デジャブが。

 

 なんて不粋な突っ込みは呑み込んで、俺はおもむろに手を伸ばし白咲の頭を優しく撫でる。

 

「んっ……んふっ。あの頃も、今みたいに頭撫でてくれたよね、兄さん。そのせいで、私ナデナデ中毒になった」

 

「なんだその珍妙すぎる中毒は」

 

 幸せそうに話す白咲に俺は苦笑する。

 

 状況はアレだが、こうして白咲と和やかな時間を過ごすのは好きだな。

 

「……ねぇ、兄さん、私が兄さんのこと好きになったのって、いつだと思う?」

 

 白咲の頭を撫でていると、不意にそんな質問を投げかけられた。

 

 烈華が中学のときって言ってたから、同じくらいだろうか。

 

 そう考えていると、俺の回答も聞かずに白咲が正解を発表した。

 

「正解は、小五のとき」

 

「……結構、早かったんだな」

 

 家族になって三年くらいだろうか。確かに、その頃から白咲の甘えっぷりが増したような気がする。

 

 なんとなく納得していると、白咲は再び自らの想いを語り始めた。

 

「あの頃、兄さんのことが特別好きだった。でもまだ、よくわかってなかった。けど、その……授業で性教育があって、もっといろいろ知りたくて自分で調べた」

 

 女子は男子より精神年齢の成長が早いと聞いていたが、どうやら白咲は特に好奇心旺盛だったようだ。

 

 もしかして、今の白咲がこんなエロエロなのは、それが原因なのか?

 

「それで、子作りの方法とか知って、思った。兄さんと子作りしたいって」

 

「ブフォッ!?」

 

 別の意味で衝撃的な告白に、俺は思わず吹き出してしまう。

 

 いや、まだ結婚したいとかなら幼児期でもありえるけど、いきなり子作りに行くか!?

 

 あまりに飛躍した思考に、正直ついて行けない。

 

「でも調べていくうちに恥ずかしくなって、一旦は考えること止めた。今は自覚できた〝好き〟って感情を大切にしようって思った」

 

 動揺しっぱなしの俺を置いて、白咲は静かに語り続ける。

 

「それで中学になって、今度は兄さんと家族になりたいって思うようになった」

 

「……俺たちは家族だろ、兄妹だし」

 

 白咲の言わんとすることを悟るも、俺はそんな言葉を返す。

 

 すると案の定、白咲は首を横に振った。

 

「義理の家族じゃない。もっとはっきりとした、夫婦になりたかった」

 

「……」

 

 超絶美少女な白咲に「夫婦になりたい」と言われ、俺は思わず顔を覆い隠す。

 

 たぶん、俺の顔は今とてつもなく真っ赤になっているだろう。

 

「私はともかく、まだ兄さんは結婚できる年齢じゃないから今すぐとは言わないけど、私は兄さんと結婚したい」

 

「うっ」

 

「ねぇ兄さん、子作り、シよ?」

 

 こてっと小首を傾げる白咲。

 

 可愛いけど、めちゃくちゃ可愛いけど……ダメに決まってるだろぉおおおおお!

 

 今日何度めかの発狂。(ただし心の中で)

 

「でも兄さんは堅実だから、今すぐは子作りしてくれないのわかってる」

 

「未来でも作らないからな?」

 

「ヤダ、絶対作る。兄さんの子供を孕みたい」

 

「女の子がそういうこと言うんじゃありません!」

 

 内容がアダルティな駄々っ子に俺は叱責を飛ばす。

 

 だか白咲は気に留める様子もなく、ジッとこちらを見つめてくる。

 

 

「兄さん、愛してる。世界で一番愛してる。だから、結婚しよ?」

 

 

 真剣な告白(もはやプロポーズかもしれない)を受け、俺は言葉を詰まらせる。

 

 ヤバい、可愛すぎて頷きそうだった……っ。

 

 そう焦っていると、白咲は「今は答えなくていい」とつけ足した。

 

「猶予は明日。それまでじっくり考えて」

 

「明日……」

 

 今すぐ答えを求められなかったことに安堵すべきか、明日というリミットに焦ればいいのか。

 

 どちらにせよ、俺にはもうただ「兄妹だから」と断ることはできない。二人の本気を知った今、そんな逃げるようなやり方を取ることは不誠実だ。

 

 そう真剣に悩んでいると、ふと白咲が「んっ、くぅ……っ」と声を漏らしていたことに気づく。

 

「白咲、どうしたんだ?」

 

「んっ、もう、耐えられない……っ」

 

「なっ、もしや理性が!?」

 

「ちが、う。手が、疲れた……」

 

「えっ」

 

 途端、グラリと白咲がバランスを崩す。

 

 支えをなくした体は、重力に従って降下してきて。

 

「「んっ──!?」」

 

 再び、唇が重なった。

 

 

 それから熱の入った白咲に攻められるも、貞操は守られたままデートは幕を閉じたのであった。

 

 

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