第41話 俺の気持ち
俺は、どうすべきなのだろうか。
そんな悩みが、頭から離れない。
今までなら「兄妹だから」と
それに、二人に対しては誠実でいたい。兄として。
「あぁでも、どうすりゃいいんだよ……」
静かな自室に、ため息が虚しく響いた。
─ ◇ ♡ ◇ ─
翌朝、ゴールデンウィーク九日め。起床した俺は複雑な心情でリビングに向かった。
正直、気まずくて顔を合わせられない。
烈華とはそれこそ恋人同士みたいに甘いデートをして、白咲には人気のない公園で大人なキスをされた。
あのときはなぜか平気だったが、今になって急に恥ずかしさが込み上げてくる。
……にしても、二人とも可愛かったなぁ。
ワンピース姿の烈華とラフな格好の白咲を思い浮かべ、しみじみと思う。
二人の前だったから兄として冷静でいられたが、本当なら二人の可愛さに悶え転がるところだった。
あんな絶世の美少女二人が妹とか、俺は幸せ者だよな。……告白されていることは置いといて。
はぁ、どうしよ。
そんなため息を溢して扉を開けると、
「おはよー、お兄ちゃん」
「兄さん、おはよ」
「あ、あぁ、おはよう」
意外にも二人はいつも通りの自然体だった。
なんだろう、意識してる俺がバカみたいじゃないか。
「二人とも、平気そうだな」
ふと、そんなことを呟いてみる。
すると朝食を作っていた二人は手を止め、
「だって、あたしたちはなにも変わってないから」
「ん、ずっと胸に秘めてた気持ちを伝えただけ」
「なるほど……」
二人の返答に納得する。
だが、ふといつもと違うことに気づいた。
なんだか、あまり目が合わないな。
よく見れば、頬も仄かに赤らんでいる。
そういえば、と俺はゴールデンウィーク前の学校での出来事を思い出した。
それは偽のラブレターで空き教室に呼ばれた、あの日のこと。
あのとき二人は、マウス・トゥ・マウスのキスを恥じらい、頬へのキスに逃げた。しかも、それでも腰が抜けるほど羞恥し一週間も態度がよそよそしくなったのだ。
きっと、二人も恥ずかしさで悶えたはずだ。それでもこうしていつも通りでいてくれる二人に、俺は心の中で密かに感謝を告げた。
それからは、平凡な休日を送った。
二人は告白の返事を催促してくるわけでもなく、いつも通り──いや、いつもよりやや控えめに甘えてきたり、本当に平和である。
だが、だからこそ心苦しい。
ちゃんと二人に返事をすることができない自分に、惨めさを覚える。
俺は、どうすべきなのだろうか。
正直に言えば、二人に告白されてとても嬉しかった。たとえ相手が妹だとしても、超絶美少女な二人に告白されて嬉しくないわけがない。……単に告白されたことない、というわけではなく。
それでも、やはり二人は俺の大切な妹だ。そして兄である以上、二人の幸福を見届ける義務がある。
だが、不甲斐ない俺では二人を幸せにすることはできない……。
「なんて言い訳、できないよなぁ」
人知れず、そう呟く。
二人のことだ。俺がそう言おうとも、
『大丈夫だよ、あたしたちはお兄ちゃんと一緒にいられるだけで幸せだから』
『ん、それに、兄さんだけに頑張らせない。私たちも兄さんも、一緒に幸せになる』
みたいなこと言い出すだけだろう。
つまり、俺に甲斐性がない程度は二人にとってなんら問題ではないのだ。
……なんだか、自分で言ってて悲しくなってきた。
それはさておき。やはり適当に思いついた理由では、二人の告白を断るのは不可能だろう。
だがしかし、二人の告白を受けるなんて選択肢は存在しない。それだけは、選ばない。
ならもう、俺にできることは一つしかないのではないか。
俺の気持ちを、そのまま二人に伝えよう。
そう決意が固まった頃には、日が傾きかけていた。
─ ◇ ♡ ◇ ─
「お兄ちゃん、そろそろタイムリミットが近づいてきてるけど、大丈夫?」
「ん、もし今日中に返事がなかったら、有無を言わずに私たちと初夜を迎えてもらう」
「大丈夫だから絶対にやめてくれ」
それまでなんの催促もしてこなかった二人が、夕方になって刻限を仄めかしてきた。
まぁ期限が今日までで、その今日も半分が過ぎているし、当然のことだろう。
なんて余裕ぶりながらも、内心緊張しっぱなしで今にも倒れてしまいそうだ。
だけど、まだ頑張れよ俺。せっかく覚悟を決めたのに、緊張で倒れたら全部終わりだ。ホント、まじで未来とか暗くなるから頑張ってくれ……っ。
キリキリと痛む胃を押さえ、俺は「返事がしたい」と切り出す。
途端、二人の朗らかな雰囲気がやや強張った。
「俺は、二人とは付き合うことはできない」
「それは、あたしたちが兄妹だから?」
「それもそうだが、違う。俺は──二人のことが好きだ」
「ふぇっ!?」
「ぴぅっ!?」
まっすぐに俺の気持ちを伝えた瞬間、二人は珍妙な声を上げてリンゴのように顔を真っ赤に染め上げた。
「それはもちろん、兄妹として、だけど。……それでも、俺は二人のことが好きだ」
「お、おおおお兄ちゃん!? どうしたの、断っておいてそんな『好き』を連呼して! 誘い受けなの!? 誘い受けなんでしょ!?」
「ん、その手は反則。……すごい恥ずかしい」
すっかり紅潮した頬に手を当て、二人は恨めしそうにこちらを睨んでくる。
その仕草に恐怖を感じることはなく……むしろ可愛すぎて悶えそうになった。
俺は咳払いをして心を落ち着かせ、話を続ける。
「そんな大好きな二人と、こうして毎日一緒にいられて、本当に幸せだ。ずっとこの関係が続けばいいな、なんて都合のいいことも考えたりする」
「にゅぅ……でっ、でもそれはあたしたちの告白を断る理由にはならないよ?」
「ん、私たちとどっちかと付き合っても、三人ずっと一緒にいられる」
「そうかもしれない。けど、俺は二人と兄妹でいたいんだ。俺は二人の兄でいることに誇りを持ってるし、兄だから妹たちのどんなワガママも聞くことができる」
俺の話を、二人は静かに聞いていた。
どこかわかるところもあるのか、その表情は様々な感情が複雑に絡まっている。
「俺はもっと二人のワガママを聞いていたい。妹の作ってくれた弁当を親友に自慢したり、妹に構っててシスコンってイジられたり、超絶可愛い二人の兄なんだぜって自慢したり……そんな他愛もないことが、俺は好きだ」
「……」
「……」
「本当に、俺にとって都合のいいことだってわかってるけど……ずっと、兄妹として一緒にいてほしい。これが俺の答えだ」
言葉なんてメチャクチャで、ちゃんと二人に伝わっているかもわからないが、俺は自分の気持ちをなに一つ隠さずに言い切った。
どう、だろうか。やはり自分勝手だったか。
続く沈黙に、どんどん不安が込み上げてくる。
あぁ、胃が痛い……。
「お兄ちゃん、ほんっと身勝手だよね」
「ん、私たちの決死の告白を断っておきながらずっと一緒にいたいなんて、生殺しにもほどがある」
「うっ、今度は耳が痛い……」
不満そうに唇を尖らせ、二人はジト目を向けてくる。
だがすぐに朗らかな笑みを浮かべて、
「でも、そんなお兄ちゃんを好きになったんだよね」
「ん、惚れた方が負け」
二人は優しく、甘えるように抱きついてきた。
「今回はあたしたちの負け。だから、お兄ちゃんのお願い通りずっと一緒にいてあげるよ」
「ん、仕方ない。私たちは兄さんの妹だから」
「烈華……白咲……」
「でもっ、あたしたちはまだ諦めないからね?」
「ん、兄さんと結婚したいし子供もほしい」
「え? いや今の流れだと『俺たちはずっと兄妹だ』でハッピーエンドじゃない? ほら、俺たちの戦いはこれからだみたいな」
「それハッピーエンドじゃなくて打ち切りだよ。どっちかって言うとバッドエンドだよ」
「ん、待つのは誰にも気にされず、肉欲に溺れた爛れた日々だけ」
「白咲は一旦黙ろうか?」
コホン、と二人が咳払いをする。
「お兄ちゃん。例えばさ、お兄ちゃんに好きな人がいました。その人とは友達もしくは親友で、毎日一緒にいます」
「けど、兄さんが『恋人になりたい』と勇気を出しても、相手は『このままの関係がいいの』と言って、そのまま生涯親友という関係で終わり」
「「どう?」」
「なにそれ生殺しすぎるだろ──あっ」
俺の答えに、二人は得意気にドヤ顔をしてくる。
「どう? あたしたちの気持ち少しはわかった?」
「あ、あぁ」
「じゃあ兄さん、私たちこれからも兄さんのこと誘惑していい?」
「……」
いいとも言えないが、今の例えでかわってしまったためダメとも言えない。
「無言は」
「肯定」
「「いいよね?」」
「…………す、好きにすればいいだろ」
そう、答えるしかできなかった。
またもやドヤ顔する二人がうざ可愛い。
「じゃあお兄ちゃん♪」
「これからもよろしく♪」
満面の笑みを咲かせる二人は、これまでで一番可愛かった。
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