閑話 夜這い

 穂高ほだかが二人の告白に返事をした日の夜。もうすっかり寝静まっている頃。

 

 緊張が解けぐっすり眠っている穂高の部屋に、二人の侵入者が現れた。

 

「えへへっ、お兄ちゃんすっかり寝ちゃってるね」

 

「ん、かわいい」

 

 その二人とは当然、烈華れっか白咲しらさきのことである。しかも二人の格好は以前デート(仮)で購入した勝負下着のみと、完全に変態である。

 

 もし今穂高が起きていたなら、驚愕するだろう。なぜ鍵を開けれたのか、と。

 

 穂高は春休みの件以来、烈華に盗まれていた鍵を取り戻し、毎晩入られまいと鍵をかけていた。

 

 だがそれは妹たちの方が一歩上手だったのだ。そう、穂高に鍵を取り上げられることを予測していた二人は、こっそりスペアを作っていたのだ。

 

 そんなことを一切知らず気持ちよさそうに眠る穂高に、二人は足音を立てないよう忍び足で近づく。

 

 

「お兄ちゃん、まったく警戒してないね」

 

「ん、たぶん、すごい疲れたんだと思う」

 

「そうだね~。だってお兄ちゃん、あたしたちの告白に真剣に応えようとしてくれたから」

 

「ん」

 

 烈華と白咲は嬉しそうに頬を緩め、小さく笑う。

 

 下着姿で兄の部屋に忍び込んで和むなど、常軌を逸しているがこの場に突っ込む者はいなかった。

 

 

「ねぇ、白咲。デートどうだった? プランとかなにも聞いてないから、場所すら知らないんだけど」

 

「……私は駅近くのレストランでお昼食べて、うちの近くにある公園に行った」

 

「ふぅん……あぁ、あそこの公園ね。殺風景で人気のない」

 

「ん、あわよくば兄さんを襲おうと思った」

 

「それズルくない? あたしは遊園地だったからそんな隙なかったのに!」

 

 と反論する烈華であるが、かくいう彼女も隙あらば穂高を襲おうと考えていた。完全に自分のことを棚に上げている。

 

「ん、それを言ったら烈華だって卑怯。二人だけの思い出の場所なんて、私にはない」

 

「うっ」

 

 白咲の反論に、烈華を言葉を失う。

 

「……ごめん、この話はやめよっか」

 

「ん、大丈夫、気にしてない」

 

「そっか」呟いて、烈華は穂高へと目を向ける。

 

 それに倣うように白咲も穂高を見て、二人揃ってだらしない笑顔を浮かべた。

 

 

「はぁぁぁぁぁっ、お兄ちゃんかっこよすぎる……」

 

「ん、今すぐ襲いたい」

 

 

 先程まで包んでいたしんみりとしていた空気が、二人の残念な発言で霧散した。

 

 そのまま二人はしばらく穂高の寝顔を眺め、ふと思いついたように「そうだ」と声を揃える。

 

 二人は顔を見合わせ小さく笑うと、おもむろに布団へ顔を近づけキレイな顔を布団にうずめた。

 

 そして容赦なく匂いを嗅ぎ始める。

 

「ふにゃ……お兄ちゃん、好きぃ♡」

 

「んっ、興奮してきた……♡」

 

 完全に変態だった。

 

 

 

 それからしばらく穂高の香りを堪能した二人は、まるで賢者タイムのように落ち着き、今はベッドを枕代わりにして穂高を観察している。

 

 先程と違い静かではあるが、やはり傍から見れば変態だ。

 


「それにしても、意外だったね」

 

 先に口を開いたのは、烈華だった。

 

「お兄ちゃんのことだから、やっぱり妹だから~って断られると思ってた」

 

「ん、私も」

 

 烈華の意見に、白咲は静かに頷く。

 

「でもまさかどっちも、なんて言われるなんてね」

 

「ん、体よくキープするラノベ主人公並みのクズ宣言だった」

 

「ぶふっ!」

 

 白咲の例えに、烈華は思わず吹き出してしまう。慌てて穂高の様子を確認し、まだ寝ているようでない胸を撫で下ろした。

 

「もー、危うくお兄ちゃんを起こしちゃうところだったじゃん」


「私は率直な意見を述べただけ」

 

「そうだけどさー」

 

 烈華と白咲は顔を見合わせて、楽しそうに笑う。

 

「もぅ。このラノベ主人公め~」

 

 烈華は白咲の例えに乗って、穂高の鼻をつんとつつく。

 

 穂高は「んぁ」とよくわからない声を上げた。

 

「あはは、お兄ちゃんかわい」

 

「ん、かわいい。襲いたくなっちゃう」

 

 落ち着いた、はずだったのだが。

 

 本日何度めかの発情に、やはり突っ込む者はいなかった。

 

 

「どうする、白咲。やっちゃう?」


「ここまできたら、我慢できない」

 

 危なげな発言。事案が始まる――かと思いきや、二人はゆっくりと、慎重に穂高の両隣へと潜り込んだ。

 

 そう、添い寝である。

 

 勝負下着で添い寝とは、もう夜這いと呼ぶべきだろう。


  

「はぁぁぁっ、お兄ちゃんの匂いっ♡」

 

「んっ、ジンジンくる……♡」

 

 ベッドに潜り込み数秒で最高潮まで発情。もはや語尾と瞳にハートがうかがえる。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ、大好きだよぉ♡」

 

「んっ、兄さんの子供ほしい……っ♡」

 

 そこから穂高の部屋には、熱い吐息と「お兄ちゃん」もしくは「兄さん」と連呼する声のみ。

 

 もはや異世界のような異質な空間に、やはり突っ込む者はいなかった。

 

 

 

 それからさらにしばらく。深夜と称して違わない頃。

 

 全身を火照らせ恍惚とした表情を浮かべる二人は、一応満足したのか大人しく穂高を抱き枕代わりにして眠りについたのだった。

 

  

 

 

 

 

 

 

「──なんだこのサンドウィッチ状態……」

 

 

 小さく、穂高の独り言が、静かな部屋に消えていった。

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