第5話 妹はストーカー


「そういえば、なんで二人は暴走したんだ?」

 

 烈華れっか白咲しらさきに襲われかけた日の翌日。

 

 俺は朝食の席でふと浮かんだ疑問を口にした。

 

 そう、考えれば二人は昔から俺のことが好きだったのに、昨日までただ仲の良い兄妹だった。それがなぜあんなことになったのか、少し気になっていたのだ。

 

 俺の質問に手を止めた二人は、特に考える素振りも見せずにすんなりと答える。

 

「だってお父さんとお母さんがいたし」

 

「ん、二人がいる状態で襲うほど淫乱じゃない」

 

 兄の体臭嗅いで発情してるやつが何言ってんだか。

 

 そう呆れていると、白咲は心外だと言わんばかりに頬を膨らませて「兄さんの匂いは媚薬だから」と言い訳がましく口にした。

 

 いやだから俺の体はどうなってんの?

 

「……って、もしかして烈華が昨日『ラッキー』って言ってたのって、実はこのことだったり?」

 

 あのとき烈華は『二人分減ってラッキー』とか言っていたが、本当は『二人がいなくなって襲えるからラッキー』だったりするのだろうか?

 

 恐る恐る烈華の方へ目を向けると、烈華は小さく含みのある笑みを浮かべ「どうだろうねー」とはぐらかした。

 

 ぐぅ、怪しい……というか絶対そうだろ。

 

 なんて言葉は朝食と一緒に飲み込んで、最後にコーヒー(ミルク入り)を飲み干す。

 

「ごちそうさま。俺ちょっと出掛けてくるわ」

 

 食器を流しへと片付けそう言うと、二人は再び手を止め濁った瞳を向けてきた。

 

 

「「……女?」」

 

「ヒィ……ッ!?」

 

 あまりの恐怖に喉からかすれた悲鳴が溢れる。

 

 どうして少し外出すると言っただけでここまで殺気を向けられなければならないのか。お兄ちゃんちょっとわかんない。

 

 俺は一度「コホン」と咳払いをして「違うから」と否定する。

 

「ちょっと買い物に行くだけだよ」

 

 そう説明すると二人は発していた殺気を霧散させ、けろっとした顔で頷いた。

 

「あぁそっか、今日はお兄ちゃんの好きな作家の新作が発売される日だね」

 

「ん、納得」

 

「……待って? 俺そんなこと一度も言ってないよね?」

 

 そう尋ねると二人はなぜか自慢気な顔で、

 

「そのくらいのことなら把握してるよ♪」

 

「ん、好きな人のことは知り尽くす、これ常識」

 

「そんな常識あってたまるか。あとプライベートって知ってる?」

 

「んー? 兄妹にプライベートなんて関係ないでしょ?」

 

「そうそう、兄妹は一心同体。だから気にしない」

 

 ……はぁ、頭痛い。どうしてこんなバカに育ってしまったのだろうか。

 

 今はもういない両親に「もっとしっかり教育してくれよ」と文句を言いながら、「じゃあ行ってくる」と二人に伝える。

 

「んー、いってらっしゃい」

 

「ん、早く帰ってきて」

 

「はいはい」

 

 なんやかんや可愛い妹たちに苦笑を浮かべ、俺はリビングを出た。

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

 ──んだけど。

 

 はぁ、なんでかなぁ……。


 家からまだ歩いて数分、何もない住宅街の静かな道。

 

 ときどきすれ違うご近所さんに笑顔で挨拶しながら、俺は人知れずため息を溢す。

 

 

 烈華と白咲、付いて来てるよなぁ……。

 

 

 ふと立ち止まって来た道を振り替える。それに合わせるように、二つの人影が電柱の後ろへと姿を隠した。

 

 あれで隠れたつもりなのだろうか。二人とも普通に体見えてるし、なんなら白咲の綺麗な銀髪なんか長いからバッチリ視認できる。

 

 しかも隠れながら俺の動向を観察しようと顔を出してるから、勘違いなんてありえない。

 

 二人ともサングラスにマスクなんてしちゃって……不審者として補導されなきゃいいけど。

 

 もう一度ため息を溢して、俺は再び歩き出した。

 

 

 

 家を出てから三十分、人通りが多くなってきた駅前。

 

 ……うん、やっぱり二人ともいるよな。

 

 さりげなく辺りを見渡す感じで視線を移すと、全然隠れようともしていない二人を捉える。

 

 もう尾行諦めろよ、完全にバレてるし隠れてねぇじゃん。

 

 まだ朝だというのに何度目かわからないため息を吐いて、俺は駅へと移動した。

 


 駅に到着した俺は、妹たちのバレバレな尾行を無視しながら改札を通り、ちょうどやって来た電車に乗車する。


 少しして電車は出発し、ガタゴトと不規則に訪れる振動に揺さぶられながら、俺は無心で流れていく街並みを眺めた。


 

 ふと、窓外から車内へと視線を向ければ、案の定隠れる気がまったくない烈華と白咲の姿が見えるではありませんか。

 

 ……やっぱり付いてきてるよなぁ。

 

 つり革を掴む手の甲に額を当て、また一つため息を溢す。

 

 もうずっと付いて来るつもりだろ……はぁ、もういいや。

 

 全然尾行を止めない二人のことを諦め、俺は買うものリストを思い起こす。

 

 平塚詠先生の「妹がほしい」六巻と新発売のマヤ先生著「妹がエロ漫画家であることを俺だけが知っている」、あとはしばらく音沙汰がなかったマスクメロン先生の新作「妹を買って国づくり!」とここら辺かな?

 

 ふふふ、どれも楽しみで堪らないぜ……っ!

 

 と気持ちを昂らせていると、ふと車内放送が耳に入った。もうすぐ俺が降りる駅のようだ。

 

 っと、そういえば二人はどうしているんだろう。

 

 そう、ちょっとした気持ちで二人がいた場所へ目を向けると、

 


「なぁなぁ、俺たちと遊ばね?」

 

「二人とも顔隠してないで見せてくれよ~」

 

「ほらほら、恥ずかしがってないでなんか言ったらどうなの?」

 

 何ということでしょう、二人はDQNなチャラ男たちにナンパされているではありませんか。

 

 まぁサングラスとマスクしてても二人が美少女だってのはわかっちゃうし、仕方ないといえば仕方ないのだろう。

 

 なんとも自分勝手に話しかけるチャラ男たちに嫌悪感を抱きながら、俺は静かに二人のもとへと向かった。

 

 

「──烈華、白咲、なんでここにいるんだ?」

 

「おっ、お兄ちゃん……っ」

 

「兄さん……っ」

 

 やれやれと雰囲気を出して二人に話しかけると、二人は安心しきったように表情を緩め笑みを溢した。

 

 いや、まだ安心すんなよ。

 

 そう苦笑しながら俺は二人を囲んでいるチャラ男たちへと目を向ける。

 

 急に二人の知り合い(家族)が現れたからだろう、チャラ男たちは明らかに動揺を見せてこちらの様子を伺っている。

 

 だから俺は二人の手を掴んでこちらへ抱き寄せて、チャラ男たちから距離を離す。

 

「おおおっ、お兄ちゃんっ!?」

 

「兄さん!? こんな人前で大胆……っ」

 

 二人の相変わらずな反応に少しだけ安心して、俺はよりいっそう動揺しているチャラ男たちへと視線を戻す。

 

 

「うちの妹たちに手ェ出してんじゃねぇぞ」

 

 

「「「っ──!」」」

 

 なるべく冷静にドスを利かせてそう言うと、チャラ男集団は怯えた様子でそそくさと隣車両へと逃げていった。


 イキっているようで恥ずかしかったが、何事もなく片が済んでなによりだ。

 

 俺は噴き溢れそうな怒りをため息と一緒に吐き出して、二人と向き合う。

 

「お兄ちゃんっ、ありがとっ!」

 

「ん、怖かった……」

 

 一応周りの目を気にして離れたのだが、今度は二人の方から抱きつかれてしまった。

 

 まぁ、今くらいは仕方ないか。

 

 俺はなんとなく空いていた手を二人の頭に乗せ、ゆっくりと撫でてやる。

 

「まったく、心配で二人から目が離せないよ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「申し訳ない……」

 

 しゅんと縮こまる二人に「気にすんな」と伝え、俺は二人のサングラスとマスクを外す。見慣れた可愛らしい顔が露になった。

 

 

「よし、じゃあ一緒に回るか」

 

「っ! やった! お兄ちゃんとデート♪」

 

「ん、こんなことなら勝負下着穿いてくればよかった」

 

「公衆の面前でなに言ってんの!?」

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