第33話 ゴールデン妹ウィーク

 ついに始まったゴールデンウィークという名の連休。


 世間の若人たちにとっては、部活にいそしんだり、友達と遊んだり恋人とデートしたりと青春を謳歌できる夢の十日間だろう。


 だが俺にとっては、今後の人生を左右する波乱に満ちた十日間となる。


 なぜならこの十日間、俺は烈華れっか白咲しらさきからの誘惑に耐えしのがなければならないからだ。


 二人に組まれた十日間のスケジュール。少ししか知らされていないが、今からもう胃が痛い。


 それに昨日のじゅん先輩とのやり取りを見て、今夜はなにか〝サプライズ〟を用意しているそうだ。


 話したらサプライズにならないと思うのだが……それはともかく。


 せっかくの十連休なのに、早く終わってほしいと願うのは異常だろうか? 異常ですね、わかります。



「──それで、二人はなにしてんの?」


「え? あたしは普通に朝食作ってるだけだよ?」


「ん、そして私はその手伝い」


「いや、そうじゃねぇよ……」


 名状しがたい頭痛に襲われながら、俺は目を背けたい現実に向き合う。


「俺が言いたいのはな、その……なにその格好」



「裸エプロンだけど?」


「ん、ただの裸エプロン」



 さも当然のことのように答える二人に、俺は深いため息を吐く。


 なぜ『問われる理由がわからない』と首を傾げられる? なぜ裸エプロンに『ただの』なんて形容詞がつけられる?


「だって、なんの変哲もない裸エプロンだよ?」


「ん、至って普通」


「ごめんちょっとなに言ってるかわからない」


 平然たる態度の二人に、俺は頭を抱える。


 え、俺がおかしいの? 裸エプロンって普通の部屋着だっけ?


 いやいやいや、冷静になれ俺。おかしいのは烈華と白咲だ。俺は至って普通。


 少し混乱した思考を鎮め、深呼吸で切り換える。


 そうして冷静になっていると、二人は手を止めエプロンの上から女の子らしい曲線をあでやかになぞっていく。


「どうお兄ちゃん、えっちぃでしょ」

 

「ん、これで兄さんを悩殺する」


「やめなさい」


 エプロンの防御範囲外である側面から艶っぽくきめ細かな肌が露出され、否応なく視線が誘導される。


 それでも平然を装い注意すると、二人は不満気に頬を膨らませた。


「もぅ、もっとちゃんと見てよ」


「ん、たくさん見て」


 そしてなぜか、二人はムキになってさらなる誘惑を仕掛けてきた。

 

 まるで薄い本のワンシーンのようにポージングをする二人。


 エプロンの胸元を引っ張ったり、裾を少したくし上げたりといった直接的な誘惑に、ダメだとわかっていても魅入ってしまう。


 対照的な膨らみに、何度謁見したかわからないむっちりと肉感のある太もも。


 純白のエプロンから覗く横乳や、裾のフリルによってギリギリ隠されている太もものつけ根。


 クルリと一回転すればさらけ出された臀部でんぶと肩甲骨のラインに目が行き、ふわりと浮かぶ裾の奥に誘われ──ギリギリのところで目を逸らす。


 裸エプロンという防御力を捨てた攻撃特化の装備に、俺の理性は大ダメージを受けていた。



「にひひっ、やっぱりお兄ちゃんは裸エプロン好きなんだねー♪」


「ん、コレクションに何冊かあっただけある」


「人のプライバシーを易々と侵害しないでくれ……」


 愉快そうに笑う二人に、俺はたまらずため息を溢す。


 まぁ、どうせ言ったところで無意味だろうが。


 あーもう、眼福すぎて目が離せない……。


 相手は妹。そうわかっていても、一男子として見ないわけにはいかなかった。


 意思の弱い兄でごめんよ……。


 そううなだれていると、二人に「お兄ちゃん(兄さん)」と呼ばれた。


「な、なんだ?」


「お兄ちゃん、触りたい?」


「……は?」


「私たちの、体」


「ちょっとなに言ってるかわかんない」


 唐突で突拍子もない提案に、俺は今までの動揺を忘れ冷静になった。


 感謝しづらいが、胸の中でありがとうとだけ呟いておく。


「ほら、今エプロンしかないから、あたしたちの体触り放題だよ?」


「ん、兄さんが望むなら、このエプロンも脱いでみせる」


「脱がなくていいし、触らないから」


 断固拒否の姿勢を貫くと、二人は諦めてくれたのか残念そうに肩を落とす。


「じゃあ朝ご飯食べよっか」


「ん、お腹空いた」


 そしていつもと変わらぬ調子に戻り、二人は手分けして完成した朝食をテーブルに並べていく。


 そしてエプロンの腰紐をほどき、肩紐を下ろして──


「ってなに脱ごうとしてんの!?」


 至極平凡な行動に出遅れたが、あと一歩のところで俺は二人を制止する。


「だって、ご飯のときはエプロン脱ぐのはマナーだから」


「ん、常識」


「それ普通の格好のときな!? 裸エプロンでエプロン脱いだらもう裸体しか残らないじゃないか!?」


 非常識な状態で常識を貫こうとする二人に、俺は思わず声を荒らげる。


「でもー、さすがにエプロンつけたままはマナーが悪いと思う」


「ん、マナーは大事」


「なら普段からマナーモードで頼む」


 学校で襲ったり、お店の試着室に連れ込んだりする行為は到底マナーあるものとは思えない。

 

 だがそれでも二人は不満そうに唇を尖らせ、抗議の目を向けてくる。

 

「脱ぎたいなら部屋行って着替えてこい」

 

「お兄ちゃん、手伝ってくれてもいいんだよ?」

 

「ん、兄さんが脱がせて、着替えさせて」

 

「手伝わんぞ絶対!」

 

「「ならここで──」」

 

「脱いだら連休中口利かないからな」

 

 もう片方の肩紐に手を伸ばす二人に釘を刺すと、二人はピタリと手を止め渋々とリビングから出ていった。

 

 少々手荒な手段を取ってしまったが、なんとか二人の裸体と俺の理性を守ることができ安堵する。

 

 

 その後烈華と白咲はちょっとお洒落な部屋着に着替えて戻ってきて、三人で平穏な朝食タイムを過ごすのであった。











「……だが、それが仮初めの平穏だったと、あとで思い知ることになる。──なんちゃって♪」


「ん、楽しみ♪」

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