第32話 連休前の凪

 いろいろと疲れた清掃活動から数日後、ゴールデンウィークという大型連休を翌日に控えた金曜日。

 

 その放課後に、俺は親友と屋上で雑談を楽しんでいた。

 

 

「なぁ博隆ひろたか、お前は連休なにすんの?」

 

「んー、部活と部活と部活……あとはあずさとデートかな」

 

「おう、青春リア充め。末長く爆発しろ」

 

 自分から聞いておいてあれなのだが、想像以上に予定がリア充でため息が溢れる。

 

「あはは。オレとしては、烈華れっかちゃんと白咲しらさきちゃんとずっと一緒にいられるお前の方がリア充だと思うぞ」

 

「お、なんだ。言い返してくるようになったじゃないか」

 

「長いことお前にいろいろ言われ続けたからな」

 

 そう苦笑を浮かべると、博隆は「穂高ほだかの方はどうなんだよ」と尋ねてきた。

 

「どう、とは?」

 

「ゴールデンウィークの予定。穂高も部活入ってるんだし、連休中に活動とかないのか?」

 

「部活の方はナシ。というかボランティア部は依頼あっての部活動だからな、基本的に連休は休みだぞ」

 

 そう答えると、博隆は「なるほどなぁ」と頷く。

 

「それで、部活以外の方はどうなんだ?」

 

「……」

 

 続けて投げかけられた質問に、俺は思わず押し黙ってしまう。

 

 実のところ、部活はないが連休の予定は割りとある。もちろん、ご想像の通り烈華と白咲絡みの予定だ。

 

 だがその、なんと答えるべきかよくわからないのだ。

 

 そう返答に悩んでいると、博隆はまるで(見当違いな)察しがついたように手を叩き、ニヤけながら小声で尋ねてきた。

 

「もしかして彼女でもできたか?」

 

「ちげぇよ」

 

 やはりと言うべきか、あまりに見当違いすぎてため息が溢れた。

 

 というかなぜそんな結論に思い至る。

 

「だって穂高、最近後輩の女の子と仲良いだろ?」

 

「……その情報、どこから聞いた?」

 

「そんな極秘情報でもあるまいし。普通にみんな知ってるぞ」

 

「……そう、なのか」

 

 まぁ普通に考えて、密会しているわけでもないし知られていて当然か。

 

 だが、入学早々に上級生と仲が良いなんて噂が立ってしまうなんて、小雀こすずめさんには悪いことをしてしまった。

  

「それで、どうなんだよ。付き合ってるのか?」

 

「だからちげぇよ。小雀さんとは歓迎会のとき同じグループで、部活の体験やらなんやらで話す機会が多いだけだよ」

 

「へぇ、ボランティア部の体験とは、なかなか献身的でいい子じゃないか」

 

「まぁ、そうだな。この前の活動も真面目に取り組んでくれてたし」

 

「いいお嫁さんになりそうだな」

 

「お前よくそういうセリフを平然と言えるよな。まぁ同意はするけど」

 

 何食わぬ顔で歯の浮くセリフを吐く博隆に感心していると、不意に扉が開かれた。

 

 やって来たのはチラリと話にも上がった、博隆の彼女である梓。

 

 彼女は俺たち(正確には博隆だけ)の姿を見つけると、元気よく駆け寄ってきた。

 

「ヒロー! 遅れてごめんー!」

 

 嬉々として近づいてきた梓は、俺など眼中にないといった様子で博隆に抱きついた。

 

「こらこら、今は穂高がいるから、またあとでな?」

 

「……あぁ、いたの穂高。どっか行ってくれる?」

 

 少し照れた様子の博隆は、苦笑を浮かべながらそっと梓を離した。

 

 すると梓はとてつもなく冷たい瞳を俺に向け、早く立ち去れと言わんばかりに手で追い払ってくる。

 

 相変わらず博隆以外には態度が悪いな。……いや、俺だけか。

 

 それはさておき。俺もバカップルが放つリア充の波動が耐えられないので、屋上を出ることにした。

 

「それじゃ、お邪魔虫の俺は退散するわ」

 

「おう、じゃあまた連休明けな」

 

「なんならもう二度と来なくていいわよ?」

 

「卒業はしたいから学校には来るぞ。じゃあな」

 

 そんな会話を交わして、俺はリア充の愛の巣となった屋上から立ち去った。

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

 さて、これからどうしよう。そう行き先に悩んでいると、不意に肩を叩かれた。

 

 振り向くとそこには、いい遊び相手を見つけたと言わんばかりに目を細めているじゅん先輩が立ってた。

 

 よし、逃げよう。

 

 そうきびすを返すも、純先輩にがっしりホールドされてしまった。

 

 背中に当たる至福の弾力に、いろんな意味でドキドキしてしまう。

 

「なんだ、逃げなくてもいいだろ?」

 

「べつに逃げるつもりじゃないですよ。ただ用を思い出したので帰ろうとしただけです」

 

 そう返すと純先輩は「逃げようとしてるじゃないか」と愉快そうに笑った。

 

「なに、取って食おうってわけじゃないさ。だから少し付き合ってくれないかい?」

 

「ならとりあえず離してくれませんかね?」

 

 周りの視線が痛いので。

 

 そう、明記していないがここはただの廊下。もちろん俺と純先輩以外にも生徒がいる。

 

 そんな廊下のド真ん中で純先輩に抱きつかれているのだ。注目を浴びるに決まっている。

 

「逃げないかい?」

 

「逃げませんよ」

 

「そうか、なら解放してあげよう」

 

 というわけで、なんとか解放してもらった。

 

 

「それで、なにに付き合えばいいんですか?」

 

 それから場所を改めて、俺はやけにニヤついた純先輩に尋ねる。

 

「そうだねぇ、なにがいいかな」

 

「……もしかして、なにも考えずに口にしたんですか?」

 

「まぁ、そういうことかな」

 

 もう帰ってやろうか。

 

 そうため息を吐いていると、なにか思いついたのか「じゃあ」と純先輩が口を開いた。

 

「ゴールデンウィーク、わたしとデートしてくれないか?」

 

「ちょっ!?」

 

 いきなりのお誘いに、俺は動揺してしまう。

 

 普段の言動には困らせられているが、純先輩は街頭アンケートをすれば十人中十人は美人と答えるほどの美女だ。

 

 そんな先輩にデートのお誘いをされて、動揺しないはずがない。

 

 だが……、

 

「すみません、ゴールデンウィークはちょっと……」

 

「なんだ、他にデートの約束でもあるのかい?」

 

「そうじゃないんですが……ちょっと用事がありまして」

 

 そう答えると、純先輩は表情を曇らせ「そうか」と残念そうに溢した。

 

 その姿にちょっとだけ罪悪感を覚える。

 

 ど、どうしよう。そう悩んでいると、純先輩は暗かった表情を一転させ「じゃあ」と口を開いた。

 

「夏休みはどうだろうか? 空いているかね?」

 

「ずいぶんと先な話ですね。まぁあれだけ長ければ空いてると思いますけど」

 

「そうか、じゃあ夏休みにデートだね。破ったら罰があるから、心しておくようにね?」

 

「肝に命じておきますよ」

 

 そうちょっと先の予定が決まると、純先輩はどこか顔を赤らめて「じゃあわたしはここら辺で失礼するよ」と足早に立ち去った。

 

「……」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 やったぁあああああっ! おっしゃぁあああああっ!

 

 純先輩が去ったのを確認して、俺は胸中で歓喜した。

 

 当たり前だ。先程も言った通り言動にこそやや問題はあるが、純先輩は超がつく美人。

 

 そんな先輩と夏休みにデートをすることとなったのだ、嬉しいに決まっている。

 

 いやぁ、今から夏休みが楽しみだなぁ。

 

 あまりのことに頬が緩む。

 

 

「──なぁにがそんなに嬉しいのかなぁ? お兄ちゃん」

 


 大歓喜から一転、氷河期を彷彿ほうふつとさせる絶対零度の声音に俺は正気に戻る。

 

「ふぅん? 腹黒先輩とデートの約束したんだね、夏休みに」

 

「これは確実に浮気」

 

「いや、あの、二人とも?」

 

 刺々しく冷たい声に、俺は思わず敬語になってしまう。

 

「これは、お兄ちゃんには罰が必要だね」

 

「ん、楽しみ」

 

 艶やかに舌舐めずりをする二人。

 

 あぁ……せっかくのゴールデンウィークが、全然楽しみじゃないなぁ。

 

 そんな不安を抱きながら、連休前の放課後は幕を閉じたのだ。

 

 余談だが、帰りは〝両手に妹〟の状態で帰ることとなった。注目の的になってしまうので是非とも止めていただきたい。

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