第30話 部活動

「お兄ちゃん、袋持ってきたよー」

 

「あ、あぁ、ありがとう」

 

 

「兄さん、向こうのゴミ拾い終わった」

 

「お、おう、お疲れ」

 

 

穂高ほだかくん、向こうに人気のない木陰があるんだが、一緒に行かないかい?」

 

「身の危険を感じるので行きません」

 

 

「えっと、穂高先輩、縛ったゴミ袋ってどこに置けばいいでしゅかっ……うぅ」

 

「あ、あぁそれは入り口近くにまとめて置いとていてくれ」

 

 

 男子一人に、女子四人。まるで男子高校生の夢と欲望を詰めたような空間だが、内訳が実妹と義妹、イタズラ好きな先輩に会ったばかりの後輩とよくわからない。

 

 やけに気の立った烈華れっか

 

 なぜかやる気に満ち溢れた白咲しらさき

 

 さらっとからかってくるじゅん先輩。

 

 先程から噛みすぎて赤面している、唯一のまとも枠である小雀こすずめさん。

 

 ただの清掃活動なのに、空気が重い。

 

 俗に言う修羅場のような状況に、小心者の俺はただ震えるのみ。

 

 ……どうしてこうなった。

 

 

 それは遡ること小一時間前のことである──

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

 長く退屈な授業を終え、放課後。

 

 今日は部活動がある日(とは言っても依頼がなければ活動はなにもない)で、俺は烈華と白咲に連絡を入れてから部室へと向かった。

 

 

 新学期になって何度めかの部活。今日こそまともな活動をするのだろうかとため息を吐いていると、ふと部室の前で立ち呆けている女生徒を発見した。

 

 ちょうど烈華と白咲の真ん中くらいの身長に、ボブカットの鮮やか茶髪。

 

 どこか見覚えのある姿に、俺は少しばかり記憶を遡る。

 

 ──あぁ、もしかして。

 

 するとすぐにある人物と一致して、俺は彼女の元へ駆け寄る。

 

「ボランティア部になにか用かな──小雀さん」

 

 閉ざされた扉の前でオロオロしていた小雀さんに声をかけると、小雀さんは不安で泣き出しそうな顔に笑顔を咲かせた。

 

「あ、えっと……穂高先輩、ですよね?」

 

「──っ、あぁ、そうだよ」

 

 言われ慣れない呼び方に、俺はつい照れてしまう。

 

 というか、名前で呼ぶなんて博隆ひろたかや純先輩以外はあまりいないので、それも新鮮だ。

 

「でも、いきなり名前で呼ばれるなんて思わなかったよ」

 

「あ、すみません……。同じクラスに穂高先輩と同じ名字の子がいたから、つい」

 

「ダメでしたか?」と小首を傾げる小雀さんに、俺は「大丈夫だよ」と答える。

 

「そうか、小雀さんは二人と同じクラスなんだね」

 

「はい。二人とも可愛くて、同性のうちでも惚れちゃいそうです」

 

「あはは、もしかして小雀さんはそっちの趣味なのかな?」

 

「ちっ、違いますよぅ!」

 

 少しからかってみると、小雀さんは顔を真っ赤に染め上げて必死に否定する。

 

「ごめんごめん、小雀さんが可愛いからつい」

 

「かわっ……!? そっ、そんな、うちは可愛くなんてありませんよぅっ!」

 

 率直に感想を伝えると、小雀さんは耳までしっかり紅潮させ、またもや全力で否定した。

 

 うーん、そうだろうか。小雀さんもなんというか、ドジッ子キャラみたいで可愛いけど。

 

 なんて言おうものなら小雀さんが全力疾走してしまいそうなので、胸の奥に仕舞っておく。

 

 

「えっと、それで小雀さんはどうしてボランティア部に?」

 

 ある程度小雀さんが落ち着いてから、俺は本来の質問を改めて投げかける。

 

「この前、あの美人の先輩が勧誘してたから、その、来てみまた。……うぅ」

 

「あ、あぁそうなんだ! わざわざ来てくれてありがとう!」

 

 噛んで涙目になる小雀さんに、俺は慌てて感謝を伝える。

 

「い、いえ、もともと興味があったので。中学校の頃にも、少しだけボランティアしてましたし」

 

「へぇ、そうなんだ。小雀さんは立派な大人になれそうだね」

 

「そっ、そんなことはないですよぅ!」

 

 なんというか、小雀さんはとても謙虚だな。

 

 なんとも日本人らしい様子に、俺は自然と笑みを浮かべる。

 

 特に、普段から烈華と白咲にさんざん振り回されているから、小雀さんみたいな子と話していると心が浄化されるなぁ。

 

 そう和んでいると、不意に部室の扉が開かれた。

 

 

「おや、来ていたのか穂高くん。早く入ればいいものを……ん? そちらの女の子は、君の彼女かい?」

 

 部室から顔を出した純先輩は、小雀さんを見るやからかうような笑みを浮かべてそう尋ねてきた。

 

「かっ、かかか彼女っ!? ぜっ、ちがっ、うちには勿体ないですよぅ!」

 

「あはは、なんとも可愛らしいな、小雀くんは」

 

「なんだ、覚えてたんですか先輩。らしくないですよ」

 

「おや穂高くん、失礼じゃないか。なにか怒っているのかね?」

 

「怒ってませんよ。ただ先輩のペースは独特なので、小雀さんをいきなり巻き込むのは悪いな、と思いまして」

 

「なら普通に注意してくれないかね? さすがのわたしでも傷つくのだよ?」

 

「はっはっは、どの口が言いますか」

 

 純先輩の珍しい姿に楽しんでいると、落ち着いた様子の小雀さんが口を開いた。

 

「穂高先輩と黒原くろはら先輩は付き合っているのですか?」

 

「恐ろしいことを訊いてくるね小雀さん。それは絶対にないから」

 

「穂高くん、君はひょっとしてわたしのこと嫌いなのかい?」

 

 小雀さんの質問に答えると、あの悠然とした純先輩がなぜか涙目になっていた。

 

 いつものお返しだったのだが、やりすぎてしまっただろうか。

 

「冗談ですよ。後輩を和ませるために辛めの対応してただけです。……まぁ今までの仕返しでもありますけど」

 

「あ、あはは、そうなのか。穂高くんはなかなかいい性格をしているね」

 

 純先輩は安堵したのか胸を撫で下ろし、苦笑を浮かべた。

 

「なるほど、付き合ってないんですね。なら……」

 

 となぜか小雀さんも安心した様子だが、わからないのでスルーしておく。

 

 

「ところで純先輩、今日はなにか依頼はありましたか?」

 

「ん? あぁ、あるとも。それでずっと君を待っていたのだよ」

 

 どうやら今日は活動があるらしい。

 

「それじゃあ早く終わらせましょう」

 

「そうだね。今日は小雀くんがいてくれるわけだし、いつもより楽だろう」

 

 そう言って純先輩は、なぜか腕に抱きついてきた。

 

 豊満な胸が押しつけられ、否応なくドキドキさせられる。

 

「ちょっ、離れてくださいよ純先輩!」

 

「なんだ、照れているのかね? ふふっ、さっきさんざんいじめてくれたお返しさ」

 

 愉快そうに笑う純先輩。

 

 ぐぬぬ、やっぱり勝てない……。

 

 そうため息を吐いていると、

 

 

「お兄ちゃん?」

 

「兄さん?」

 

 

 ふと怒気を孕んだ声が二つ聞こえてきた。

 

「お兄ちゃん、なんであたしたち以外とイチャイチャしてるの?」

 

「ん、浮気は禁止」

 

 声の方へ向くと、そこには相当お怒りな様子の烈華と白咲が立っていた。

 

 

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