第29話 歓迎会

 入学式から早くも一ヶ月ほどが経ち、五月の大型連休を迎えようとしている矢先。

 

 新入生歓迎会が催されていた。

 

 本校では五月前に全学年を巻き込んだ、ちょっと規模の大きい歓迎会が行われるのだ。

 

 一応趣旨としては、新入生と二、三年を交流させ学校に慣れてもらおうというもの。

 

 例年、内容は三年生が決めている。去年は三学年まとめたチームでクイズ大会をしたが、今年はどうなるのかまだわかっていない。

 

 正直この前のこともあって後輩と交流するのは気が引けるのだが、

 

 

「お兄ちゃんと一緒の班になってイチャイチャしたいなぁ」

 

「ん、授業の時間で兄さんと一緒にいられるのは嬉しい」

 

 と烈華れっか白咲しらさきはワクワクしていた。

 

 まぁ兄が目当てだから、歓迎会自体はそこまで気にしてなさそうだが……。

 

 そんな、ちょっとズレた思惑がある中、新入生歓迎会は始まったのだ。

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

「……」

 

 あぁ、今日が命日なのだと、俺は人知れず察した。

 

 まず班のメンバーを紹介しよう。一年は男女一人ずつ、二年は俺とあずさ、そして三年はじゅん先輩と見たことない男子の先輩。計六人だ。

 

 もうこの時点で帰りたい。純先輩は意味深な笑みを浮かべてジッと見つめてくるし、梓は「なんでヒロじゃないのよ!」と睨んでくるし。加えてなぜか、一年の男子が梓並みに睨んできている。

 

 唯一まともそうな後輩女子は重たい空気にオロオロしているし、男子の先輩は顔色が悪い。

 

 というか、純先輩から微妙に距離を置いている気がする。

 

 そしてもう一つ、一緒の班になれなかった烈華と白咲からの刺々しい視線。他に誰もいなければ○鬼のた○し並みに震えていただろう。

 

 もうヤダ、帰りたい……。

 


『それでは、新入生歓迎会を始めたいと思います!』

 

 

 精神的疲労にため息を溢していると、マイクを通した声が聞こえてきた。

 

 できれば始めないでいただきたい。

 

 そんな悲痛な願いが届くはずもなく、司会を担当する先輩が自己紹介から説明に入った。

 

『さて、例年様々な催し物がされてきましたが、今年は各グループでトランプゲームをしてもらいたいと思います!』

 

 レクリエーションの内容に歓声や拍手が上がる中、俺はまた一つため息を吐く。

 

 めちゃくちゃサボってるじゃん! そんな面倒ならもうなしでいいだろ!?

 

 手抜きすぎるとげんなりしていると、不機嫌そうな梓が「完全に手抜きね」と呟いた。

 

 小声だったため他の班には聞こえていないが、うちの班のメンバーは揃って苦笑を浮かべる。

 

 そして男子の先輩が「すまないね」と申し訳なさそうに謝罪してきた。

 

 

 その後各グループにトランプが配られたのだが、即始めとはいかない。なにせまだ自己紹介すら済んでないのだ。

 

 なのでどこの班も、自己紹介から始め出した。

 

「えっと、三年の伊角いすみ俊一しゅんいちです。よろしくね」

 

「同じく三年の黒原くろはら純だ、よろしく頼むね。ところで一年生たち、ボランティア部には興味ないかい?」

 

「さらっと勧誘するの止めましょう、純先輩」

 

 ごく自然な流れで勧誘をしだす先輩に、慌てて止めに入る。

 

 勧誘したいなら、ちゃんと部活勧誘のときにすればよかったんだ。

 

「……二年の小鳥遊たかなし梓よ、よろしくね」

 

 いまだ不機嫌な梓は、それでも後輩を怖がらせまいと笑顔で自己紹介をした。

 

「えっと、俺は二年の新稲にいな穂高ほだかだ、よろし──」

 

「知ってますよ」

 

 梓からの流れで自己紹介をしていると、なぜか後輩男子に遮られてしまった。

 

 突然のことに戸惑っていると、当の本人が自己紹介を始める。

 

「一年の青柳あおやぎ正人まさとです。新稲先輩のことはよく知ってますよ、烈華さんや白咲さんのお兄さんですよね」

 

「そ、そうだけど」

 

 やけに刺々しい言葉に、つい怯んでしまう。

 

 ただ、さっきから睨まれていた理由はわかった。

 

 たぶん、青柳くんも二人のことが好きなのだろう。

 

 うーん、嫉妬って怖いなぁ。

 

 向けられる鋭い視線に苦笑していると、最後の一人が自己紹介を始める。

 

「う、うちは小雀こすずめ早苗さなえっていいます。よろしくお願いしまひゅっ」

 

 あ、噛んだ。

 

 小雀さんは羞恥に赤面し俯いてしまう。

 

 なんだろう、小動物みたいで可愛いな。

 

 恥ずかしがる小雀さんの姿に和んでいると──不意に心臓をつらぬくような殺気を向けられた。

 

 慌ててそちらの方を向くと、烈華と白咲が獣を射殺すような鋭い目つきでこちらを見ていた。

 

 まさかとは思うが、俺が小雀さんのことを〝可愛い〟って思ったのを読み取った、のか?

 

 それならある意味すごいわ。それ以上に怖いけど。

 

 とりあえず二人のことはなかったことにして、いまだ震えている小雀さんに声をかける。

 

「えっと、小雀さん大丈夫? 気にしなくていいよ」

 

「あぅ、ありがとうございますー」

 

 涙目で頷く小雀さん。

 

 少し噛んだだけで大袈裟な気がする。もしかして小雀さんは恥ずかしがり屋なのだろうか。

 

 ふむ、なるべくフォローを入れるようにしよう。

 

 

 

 さて、一応全員の自己紹介も終わったことだし、ようやくトランプゲームに入る。

 

 俺たちのグループがやるのは多人数でできるババ抜き。

 

 伊角先輩がカードを配り、ゲームスタート。

 

 俺の手札にはババはない。なら誰が──

 


「……っ」



 ……………………。

 

 梓の顔が、まるで般若のようだった。

 

 わかりやすいなぁ。

 

 ポーカーフェイスとは無縁すぎる梓に、思わず微笑を漏らしてしまう。

 

 その姿に他のみんなも気づいているようで、どこか空気が和やかになった。

 

 うん、このまま楽しめたらいいな。

 

 

 

 そして何巡めか。意外にもババがプレイヤーを回り梓、伊角先輩が上がった。

 

 残るは俺、青柳くん、小雀さん、そして純先輩の四人。

 

 そして……とてつもなく涙目になっていることから、小雀さんがババを持っていることがわかる。

 

 子供のようにババらしきカードを高く上げ、潤んだ瞳で取ってと訴えかけてくる。これはとって上げたい。

 

「……っ、はぁぁぁ」

 

 飛び抜けたカードを引くと案の定ババで、小雀さんは安堵したように深く息を吐いた。

 

 うん、可愛い。

 

「ふふっ、穂高くんは相変わらず優しいね」

 

「そりゃどーも」

 

 小雀さんからババを引いた俺は、手札を隣の純先輩に向ける。

 

 すると純先輩はまるで完全にわかっているかのように、引いたばかりのババを引き抜いた。

 

 そして口角を上げて色っぽく微笑んだ。

 

 まったく、なにを考えてるのかわかんない。

 

 

 そんなこんなで、意外にも歓迎会は平穏に終わったのであった。

 

 ついでに俺は五番目に上がった。ビリは終始俺を睨み続けていた青柳くんだ。可哀想に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る