第27話 妹と選択肢

「……なぁ、近くないか?」

 

「そんなことないよ?」

 

「ん、至って普通」

 

 同日の夜。夕食を済ませ、ソファーに腰掛け特に目的もなくテレビを眺めている中。

 

 なぜか、いつかの昼すぎのように俺は烈華れっか白咲しらさきに挟まれていた。

 

 同じような会話を繰り返し、俺は窮屈さにため息を溢す。

 

 怒っている……わけではないか。でもなにか、拗ねているような、張り合ってるような……なんでだ?

 

 帰宅するときも連行されるように両腕を掴まれてたし、今もこうして逃がさないと言わんばかりに挟まれてる。

 

 理由は……じゅん先輩だろう。というかそれ以外に思い当たる節がない。

 

 でもさぁ、それに付き合わされる俺の身にもなってくれよ。


 なんて口には出せない文句を心の中で吐露しながら、特別面白くない漫才にため息を溢す。

 

「な、なぁ、番組変えていいか?」

 

「べつにいいよー」

 

「ん、この人たちつまんない」

 

 白咲のコメントに烈華が「確かに面白くないねー」と同調する。

 

 なんと辛辣な妹たちだろうか。と、俺のことは棚に置いておく。

 

 それにしても息が詰まる。なんというか、めっちゃ怖い。

 

 あー、いつまでこの空間にいなきゃいけないんだ……。

 

 

 

 それからしばらく。入浴時間が差し迫ってきた頃。

 

「えっと、そろそろ風呂入ったらどうか?」

 

 俺の両サイドで沈黙している二人に尋ねる。

 

 すると突然二人が立ち上がり、俺の前に立ち塞がった。

 

「お兄ちゃんに選択肢を出します」

 

「ん、絶対にどれか選んで」

 

「え、なに突然」

 

 いきなりの急展開に驚きを隠せない。

 

 そんな俺を置いて、二人は息を合わせ選択肢を提示してきた。

 

「一、あたしたちと一緒にお風呂に入る」

 

「二、私たちと一緒に寝る」

 

「三、一週間毎日、あたしたちに朝と夜二回キスをする」

 

「四、私たちと子作りする」

 

「「さぁ、選んで」」

 

「……」

 

 え、なにその四択。どれもバッドエンドじゃない?

 

 選択肢の全てがバッドエンドに繋がってるとかいう八方塞がり。

 

 えっと、これ選ばないって手はアリなのか?

 

「ついでに、どれも選ばなかったら全部実行してもらうから」

 

「ん、私たちとしては、選ばなくていい」

 

 心を読んだように烈華が補足する。白咲に至っては、欲望丸出しだ。

 

 さて、どうしたものか。

 

 選ばないという手は烈華の補足によって途絶え、一から四の選択肢は全てバッドエンドに直通。

 

 ……あれ、詰んでね?

 

 仮に勇気を出して選択を拒否してみたとしよう。追いかけるのが面倒という理由だけで監禁する二人のことだ、あのときよりも厳重に管理され、言明通り選択肢の全てを遂行するだろう。

 

 ならどれか選択肢を選んだとしたら、どうだろうか。

 

 一を選んだ場合。裸体で誘惑してくるか、俺の裸体に興奮した二人が襲いかかってきてバッドエンド。

 

 二を選んだ場合。ベッドという密着を強いられる空間で、二人曰く天然の媚薬らしい俺の体臭を嗅いで発情しバッドエンド。

 

 三を選んだ場合。一週間前二人はキスを恥じらったが、習慣的にすれば必ず慣れていずれ襲いかかってくる。つまりバッドエンドだ。

 

 四を選んだ場合。考えるまでもなくバッドエンド。

 

 ……え、完全に詰んでるじゃん。

 

 もはや絶望すら覚えず、真顔でその結論に至る。

 

 逃げるか。

 

 そんな第五の選択肢が脳裏を過ったとき、

 

「逃げたらあたしたちの子供ができるまで監禁するから」

 

「ん、兄さんは何人ほしい?」

 

 そんな脅しをされてしまった。

 

 もう逃げたい……。

 

「ねぇお兄ちゃん、どうするの?」

 

「ん、あと三分だけ待ってあげる」

 

 あ、意外と余裕がある。

 

 そんな感想が出るのは、俺の感覚が麻痺している証拠なのだろうか?

 

 いや、今はそんなことどうでもいいのだ。

 

 今考えるべきは、どの選択肢が一番平和かということだ。

 

 まず四と三はナシ、確実にバッドエンド行きだから。

 

 残るは一と二、入浴か就寝か。

 

 

「あと一分だよー」

 

「わくわく」

 

「露骨に兄を追い込むの止めてくれない?」

 

 催促してくる二人にそうお願いして、再び考え込む。

 

 一を選択して水着着用を条件にするか? でも結局露出面積が広いし俺はほぼ全裸だから意味がなさそう……。

 

「あと三十秒ー」

 

「タイムアップなら全部」

 

 そんな地獄のカウントダウンを聞き流す。

 

 二を選んで絶対に襲わないことを約束させるか?

 でも理性失ったらそんな約束意味ないよな……。

 

 どうすべきか? どちらを選択すべきか?

 

 一般レベルの脳をフル回転させ、どちらがより安全か、どちらがよりなにも起きないか考える。

 

「じゅー」

 

「きゅう」

 

「はーち」

 

「なな」

 

「ろーく」

 

「ごー」

 

「よーん」

 

「「さーん」」

 

「「にー」」

 

「「いーち」」

 

 

「──、────」

 

 

 

   ─  ◇ ♡ ◇  ─

 

 

 

「……」

 

 時刻は十時を回り、就寝時間が近づいてきている頃。

 

 俺は自室のベッドに腰掛け煩悩退却を念じ、延々と円周率を唱えていた。

 

 なお、俺は3.14から数桁程度しか覚えていないので、某検索サイトに力を借りている。

 

 今、何桁目なんだろうか。

 

 そんな疑問を数分おきに浮かべて、ただただ無心に徹していると、

 

 

「お兄ちゃん、待った?」

 

「兄さん、お待たせ」

 

 

 風呂上がりの烈華と白咲がやって来た。

 

「……なぜ」

 

 部屋に入ってきた二人の姿に、思わずそんな疑問が口から溢れる。

 

「え? だってお兄ちゃんが一緒に寝ることを選んだんでしょ?」

 

「ん、だから私たちはお風呂で入念に体洗ってきた」

 

 いや確かに一緒に寝ることを選んだけれども。

 

「なにその格好」

 

 続けてそう尋ねると、二人は小首を傾げ普通な様子で、

 

「ネグリジェだけど?」


「ん、ただのパジャマ」

 

「え、マジ? マジで言ってんの?」

 

 二人が身にまとっているのは、ラノベのヒロインが大抵所持している主人公を悩殺する系のパジャマだった。

 

 烈華はセクシーな黒、白咲は清楚な白。どちらも薄地でうっすらと体が透けていた。

 

 これが普通のパジャマって言い張れる二人に、正直驚きを通り越して偉大さまで感じてしまう。

 

 たぶん、俺は予想以上に動揺しているのだ。

 

 じゃないと機械的に二人の姿を分析するようなことはできない。

  

 そう動転しているうちに、二人はごく自然な流れで俺の両サイドに座った。

 

 途端、シャンプーとは違う、甘い匂いが鼻腔を刺激する。

 

 肌は風呂上がりだからか紅潮していて、触れ合う二の腕や太ももからはいつもより少し高い体温が伝わってきた。

 

 無理矢理にでも、女の子を感じさせられる。

 

「ねぇお兄ちゃん、そろそろ寝よ?」

 

「ん、もう眠い」

 

「その前に一つ確認するぞ」

 

 目を輝かせる二人に、俺はそう切り出す。

 

「一緒に寝るにあたって、二人は──」

 

「服を脱がない、脱がせない」

 

「発情しない。もし発情した場合は起こしてそれを伝え、別々の部屋で寝る」

 

「……あぁ、そうだ」

 

 それはあの選択肢を提示されたとき、俺が二番目の選択肢を選んだとき出した条件だ。

 

 もちろん二人が約束を守る保証はないが、そのとき「約束を守る二人が好きだなー」と言っておいた。二人のことだから、きっと守ってくれるだろう。

 

「よし、じゃあ寝るか」

 

「寝るだなんて、お兄ちゃんのえっち♪」

 

「ん、兄さん大胆……♪」

 

「バカか」

 

 勝手に盛り上がる二人を置いて、部屋の電気を消し布団に潜り込む。

 

 そして当然のことのように二人は俺を挟む。

 

「っ──!?」

 

 なんということでしょう。先程触れた体温が、籠った空間の、そしてより密着したこの状況で、温かく、生々しく感じられる。

 

 加えて距離が近くなったことで、よりいっそう漂ってくる甘い匂い。それが否応なしに鼻腔を刺激し、俺は甘ったるさに目眩を覚えた。

 

 そしてなにより、押しつけられる二人の胸がヤバい。

 

 ネグリジェが薄地だから、だけではない。そう、これはきっと──

 

「お兄ちゃん、気づいた?」

 

「私たち、ブラつけてない」

 

「なにやってんの!?」

 

 夜中だというのに、俺は思わず大声を上げてしまう。

 

「脱ぐのがダメなら、あらかじめ脱いできちゃった」

 

「ん、というかつけてないから脱いですらない」

 

 妹たちの発想に、俺絶句。

 

「えへへ~♪ お兄ちゃんの匂いー」


「ん、幸せ」

 

 硬直した俺を無視して、二人は勝手に楽しみ始めた。

 

「こらにおいを嗅ぐな。もう寝るぞ」

 

「はーい」

 

「ん、わかった」

 

 そうして頷いた二人は、

 


「すぅ、すぅ……」

 

「くひゅー」

 

 

 すぐに寝てしまった。

 

 意識を手放した二人が無意識に体を動かし、その度に体が触れ合う。

 

 大小二つの果実が何度も押しつけられ、心臓に悪い。

 

 あーもう、俺の選択間違いなんだろうか!

 

 

 

 そんな生殺しの状況で眠りに就けるわけもなく、翌日俺は寝坊した。

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