第26話 いたずら好きな腹黒先輩

 空き教室でのできごとから一週間ほどが経った。その間、二人は過度なスキンシップや誘惑をしてくることはなかった。

 

 いまだ烈華れっか白咲しらさきは羞恥に悶えていたからだ。

 

 恥じらう妹たちは名状しがたい可愛さに溢れているが、こう一週間も避けられると少し悲しい。

 

 だがそれを口に出してしまうと、二人が調子に乗って再び襲いかかってくるかもしれないので心に秘めておく。

 

 

 そんなある日の放課後、俺は部活動で部室を訪れていた。

 

「やぁ穂高ほだかくん、小テストの結果はどうだったかね?」

 

 入室早々、じゅん先輩がそんな上からな質問を投げかけてきた。

 

 俺は鞄を椅子に置きながら「普通ですよ」と答える。

 

「その返答は困るぞ。なにせ人によって〝普通〟の基準は様々だからな。わたしの普通と君の普通は必ずしも同一とは限らない、むしろかけ離れているはずだと断言することも──」

 

「あ、はい。長くなりそうなんで結構です」

 

 だんだん熱が入ってきた先輩に、俺は素早くそう切り込んで話を中断させる。

 

 すると先輩は大人びた面持ちを崩し、拗ねて子供のように頬を膨らませた。

 

 だがすぐにため息を吐いて落ち着くと、先輩は「ところで」と口を開く。

 

「妹さんたちは一緒ではないのかい?」

 

「あー、はい。そうですね」

 

「部活があることは話してませんよ」よ答えると、純先輩は「それは残念だ」と言葉通り肩を落とす。

 

 先日はあれほど火花を散らしていたが、もしかしたら割りと気に入っていたのか……?

 

 それなら連れてくればよかったと後悔していると、

 

「せっかく新しいおも──話し相手ができたのに」

 

「今おもちゃって言いかけませんでした?」

 

 間髪入れずにそう突っ込みを入れると、先輩は「なんのことかな?」とわざとらしく首を傾げる。

 

 まったく、この人は……。

 

 見た目は大人、中身は子供と某名探偵とは真逆な先輩にため息を溢す。

 

 

「それで、今日はなにか依頼は入ってるんですか?」

 

「いや、まだ来ていないな。新学期が始まってまだ一週間だからね」

 

「じゃあ帰っていいですか?」

 

「ダメに決まっているだろう?」

 

 即答だった。しかも当然のことのように。

 

 なぜ活動がないのに帰ってはいけないのか。ちょっと俺わかんない。

 

「でもすることないんですよね?」

 

「そうだね、でも帰る理由にはならない」

 

「いや充分すぎる理由ですよ」

 

 暴論を振りかざす先輩に、俺は思わず苦笑を浮かべる。

 

 活動がないのに帰ってはならないとか、ブラック企業も驚きの部活だ。

 

「そうだな、ならわたしの遊び相手になってくれないかな?」

 

「え、普通に嫌ですよ」

 

 今度は俺が即答すると、先輩はなぜといった顔で硬直する。

 

 どことなく、ガーンという効果音が聞こえてきそうだ。

 

「な、なせだい? わたしのことがきっ、嫌いなのかい……?」

 

 捨てられた子犬のように瞳を潤ませ、不安そうに震えた声で尋ねてくる。

 

 その姿が、あの日の二人と重なって見えた。

 

 弱った俺は、頬を掻きながら答える。

 

「べ、べつに嫌いじゃないですよ」

 

「ほう、ならわたしのおも──遊び相手になってくれてもいいだろう?」

 

 すると一転、純先輩はケロッと笑顔を浮かべて尋ね返してきた。

 

「もしかして……さっきのは演技だったんですか?」

 

「ふふっ、以前少しだけ演技について学んでいてね」

 

「コツなどは抑えてあるさ」と自慢気に胸を張る先輩に、引きった笑みが漏れる。

 

 どうしよう、また先程のような演技をされたら見破れる気がしない。

 

 そんな危機感を覚えていると、先輩は席を立ち──

 

「さて、わたしと遊ぼうじゃないか」

 

 そう言って抱きついてきた。

 

 白咲と同じくらいのたわわな果実が押しつけられ、上品な花のような香りが舞う。

 

 烈華と白咲である程度慣れ始めたとはいえ、やはりこうして抱きつかれると心臓に悪い……っ。

 

「ふふっ、なんだ緊張しているのかい? 本当に可愛いな、君は」

 

 言葉を詰まらせる俺を見て、心底楽しそうに先輩は笑う。

 

 この人は……ホント人をからかうことが好きだな!

 

「さぁ、妹さんたちは来ないようだし、じっくりたっぷり楽しもうか……っ」

 

 俺の頬に手を這わせ、先輩は愉快そうに口を開く。

 

「ちょっ、なにする気ですか!?」

 

「ふふっ、年頃の男女が人気なのない一室で二人っきりとなれば、することは一つだろう?」

 

 目を細め口角を上げて舌舐めずりをすると、先輩はゆっくりと顔を近づけてきて──

 

 

「そこまでです!」

 

「ん、そうは問屋が卸さない」

 

 

 あと少しで口と口が触れ合うというところで、扉が勢いよく開かれた。

 

 そこには、怒り心頭に発するといった様子で烈華と白咲が仁王立ちしていた。めっちゃ怖い。

 

 正直助かったが……、

 

「ふ、二人とも? どうしてここにいるんだ?」

 

「教室行ったらいなくて」

 

「ん、本条ほんじょうさんに聞いた」

 

 不本意ながらと語る妹たち。さっきから凄まじい怒気がひしひしと伝わってくる。

 

「それよりも! 腹黒先輩っ、早くお兄ちゃんから離れてください!」

 

「ん、兄さんに近づくのは不許可」

 

 声を荒らげ、二人は力ずくで純先輩を引き剥がした。

 

 すると先輩はわざとらしく「あらら」と残念がる。

 

「お兄ちゃんはあたしたちのお兄ちゃんなんだから!」

 

「ん、腹黒先輩の入る隙はない」

 

「その、なんだ。わたしの名字は腹黒ではなくて黒原くろはらなんだが」

 

「そんなことは知りません。意地悪な先輩なんて腹黒先輩で充分です!」

 

「ん、なんなら呼び捨てしてもいい」

 

 それだと原形をとどめていないんだが。

 

「ふふっ、本当に嫌われているね、わたしは。少し穂高くんに手を出しただけじゃないか」

 

「ダメです! お兄ちゃんとイチャイチャしていいのはあたしたちだけですから!」

 

「ん、腹黒先輩には触れる権利すらない」

 

 二人は先輩を睨みつけ、自分の物だと主張するよう両腕に抱きついてきた。

 

「ふふふっ、両手に花もとい両手に妹だね」

 

 そんな感想を口にしながら、先輩は「くふふっ」と小さく笑声を漏らす。

 

 どうやら笑いを堪えているようだが、ほとんど漏れてしまっている。

 

 笑いの我慢はできないのか、ふむ。

 

「この状況で笑うとか、ホント性格悪いですね」

 

「ん、どうして普通に高校生ができてるのか不思議」

 

 いや、そこまでではないだろ。

 

 そんな突っ込みを胸中で入れつつ、俺は「仲良くできないのか?」と二人に尋ねる。

 

「できない」

 

「無理」

 

 即答だった。

 

 さて、どうしたものか。そう頭を悩ませていると、

 

 

「ふむ、これはこれで面白そうだな」

 

 純先輩がそう呟いた。

 

 その言葉を聞いて、烈華と白咲はドン引きしたように顔を引き攣らせる。

 

「お兄ちゃん、もう帰ろ!」

 

「ん、これ以上ここにいたらどんな目に遭うかわからない」

 

「え、ちょっ、二人とも!?」

 

 二人は先輩から距離を取るように、俺を引っ張って部室を出た。そして入ってきたときのように、勢いよく扉を閉める。

 


 

「まったく、お兄ちゃんにはもっとしっかりしてほしいよ」

 

「ん、易々と腹黒先輩のところに行くなんて、身の程知らず」


 帰路の途中、俺はなぜかふたりに説教をされていた。

 

 本当になぜだろう。

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